書籍「幕末諸役人の打明け話 〜 旧事諮問録」考
いま脇机の上に開かれているのが青蛙房刊「幕末諸役人の打明け話 〜 旧事諮問録」(以下旧事諮問録)という400ページを超える書籍である。「旧事諮問録」は「きゅうじしもんろく」と読むが別途「ふるきこと たずねし きろく」ともふりがながつけられている。
「旧事諮問録」は、明治維新から二十余年、文明開花、欧化主義の嵐が静まり過去の歴史への反省が生まれる頃、それまで否定してきた德川の幕政へ新たな検討が始まった…。そして東京帝国大学の当代トップクラスの学者グループが、政治・経済・法政・外交の各般にわたり、旧幕古老たちにたずねた問答体の速記録である。

歴史は勝者の記録とはよく言われるが、明治維新のような大きな変化があったときは尚更のこと、100年…いや50年もすればそれ以前の社会のあれこれなど忘れ去られてしまうものだ。特に明治維新はそれまでの幕政体勢を完全否定したわけだから文明開花、欧化主義への変化だけでなく、それまでの文化や体勢といったものは否定され急速に忘れられていった。
さらに当時は現在のように動画で世情や人々の暮らしを記録することなどできようもなかったから、往時を生きた人々が亡くなれば生の記憶は完全消滅する。
そうしたことを学問の立場から危惧したのであろう、帝大の中にあった史談会という学者グループの有志が集まり「旧事諮問会」が発足したのだった。
要は失われるであろう幕政のあれこれを記録し後世に残すべしと考えた「旧幕勤仕の古老に物を聞く会」である。そして明治二十三年秋冬のころより毎月一回、その職を旧幕府に奉じ、事務に練達せる耆老を招聘して未だ文書にあらわれざる事実を質問する事となった。
その内容は多義に渡り、役向きの勤めぶりや諸般の慣習、風俗を知る以外に奇話や秘聞に属するものも多い。
内容を目次に従い大別すると「将軍の日常生活」「勘定所の話」「評定所の話」「大奥の話」「目付・町奉行・外国奉行の話」「御側御用取次・外国奉行の話」「八州取締・代官手代の話」「昌平坂学問所の話」「欧州派遣使節・奥御右筆の話」「御庭番の話」そして「町与力の話」と様々だ。
しかし「旧事諮問録」は一般的な回顧録とは違う。大概の回顧談は自叙か聞書かによって生まれたが、本書は座談会形式という珍しい例であり、かつ当時流行だったという速記術によって記録されたものだったからだ。
さらに諮問会会員の氏名リストも載っているが、我が国初の博士号を授与された者も含めて五十九名であり、私などが見ても分からないが当時の錚々たる顔ぶれであるという。
さてさて問題の中身であるが往時を知りたい者にとってまさしく一級の資料であり他に類の無い内容だといえよう。
例えば「将軍の日常生活」を覗いても着るものから夜具の揃えの話があったり、将軍はだいたい一日のうち三分の二以上は中奥に在しているとか、ご飯は蒸飯だとか、食事の器物も粗末なもので椀のごときは世間に売っている普通の椀であるなどひとつひとつの問答が実に興味深い。
また有徳院(八代将軍德川吉宗)は実際に相手の身分が低い者であっても構わず話しをする人で、書生同様大坂などを歩いていたというし、厩の掃除をする者に酒を与えるくらい開けた公方であったという。こうした事実が暴れん坊将軍といった魅力あるフィクションを生む背景だったに違いない。
なぜ学者でもない者がこうした書籍を手にしたかといえば、それは時代小説を書く中でフィクションはフィクションとしても時代考証や史実の登場人物、例えば八代将軍吉宗や南町奉行大岡越前守忠相などなどの活躍ぶりをできるだけきちんと描きたかったからだ。
なお「旧事諮問録」というと、岩波文庫版が知られているようだ。しかし旧仮名遣いであることから私はあえて本書三好一光校注の青蛙房版を選んだ。本書は三好一光氏が解題末に述べているようにすべて話し言葉の記録であること、一部の研究者のためというより一般に読んで貰いたいということで現代語調に改められている。
ということで、旧幕府の役人たちの肉声が詰まっている「旧事諮問録」は歴史を学ぶ者、興味を持っているすべての人たちの宝でありタイムカプセルだといえよう。
「旧事諮問録」は、明治維新から二十余年、文明開花、欧化主義の嵐が静まり過去の歴史への反省が生まれる頃、それまで否定してきた德川の幕政へ新たな検討が始まった…。そして東京帝国大学の当代トップクラスの学者グループが、政治・経済・法政・外交の各般にわたり、旧幕古老たちにたずねた問答体の速記録である。

歴史は勝者の記録とはよく言われるが、明治維新のような大きな変化があったときは尚更のこと、100年…いや50年もすればそれ以前の社会のあれこれなど忘れ去られてしまうものだ。特に明治維新はそれまでの幕政体勢を完全否定したわけだから文明開花、欧化主義への変化だけでなく、それまでの文化や体勢といったものは否定され急速に忘れられていった。
さらに当時は現在のように動画で世情や人々の暮らしを記録することなどできようもなかったから、往時を生きた人々が亡くなれば生の記憶は完全消滅する。
そうしたことを学問の立場から危惧したのであろう、帝大の中にあった史談会という学者グループの有志が集まり「旧事諮問会」が発足したのだった。
要は失われるであろう幕政のあれこれを記録し後世に残すべしと考えた「旧幕勤仕の古老に物を聞く会」である。そして明治二十三年秋冬のころより毎月一回、その職を旧幕府に奉じ、事務に練達せる耆老を招聘して未だ文書にあらわれざる事実を質問する事となった。
その内容は多義に渡り、役向きの勤めぶりや諸般の慣習、風俗を知る以外に奇話や秘聞に属するものも多い。
内容を目次に従い大別すると「将軍の日常生活」「勘定所の話」「評定所の話」「大奥の話」「目付・町奉行・外国奉行の話」「御側御用取次・外国奉行の話」「八州取締・代官手代の話」「昌平坂学問所の話」「欧州派遣使節・奥御右筆の話」「御庭番の話」そして「町与力の話」と様々だ。
しかし「旧事諮問録」は一般的な回顧録とは違う。大概の回顧談は自叙か聞書かによって生まれたが、本書は座談会形式という珍しい例であり、かつ当時流行だったという速記術によって記録されたものだったからだ。
さらに諮問会会員の氏名リストも載っているが、我が国初の博士号を授与された者も含めて五十九名であり、私などが見ても分からないが当時の錚々たる顔ぶれであるという。
さてさて問題の中身であるが往時を知りたい者にとってまさしく一級の資料であり他に類の無い内容だといえよう。
例えば「将軍の日常生活」を覗いても着るものから夜具の揃えの話があったり、将軍はだいたい一日のうち三分の二以上は中奥に在しているとか、ご飯は蒸飯だとか、食事の器物も粗末なもので椀のごときは世間に売っている普通の椀であるなどひとつひとつの問答が実に興味深い。
また有徳院(八代将軍德川吉宗)は実際に相手の身分が低い者であっても構わず話しをする人で、書生同様大坂などを歩いていたというし、厩の掃除をする者に酒を与えるくらい開けた公方であったという。こうした事実が暴れん坊将軍といった魅力あるフィクションを生む背景だったに違いない。
なぜ学者でもない者がこうした書籍を手にしたかといえば、それは時代小説を書く中でフィクションはフィクションとしても時代考証や史実の登場人物、例えば八代将軍吉宗や南町奉行大岡越前守忠相などなどの活躍ぶりをできるだけきちんと描きたかったからだ。
なお「旧事諮問録」というと、岩波文庫版が知られているようだ。しかし旧仮名遣いであることから私はあえて本書三好一光校注の青蛙房版を選んだ。本書は三好一光氏が解題末に述べているようにすべて話し言葉の記録であること、一部の研究者のためというより一般に読んで貰いたいということで現代語調に改められている。
ということで、旧幕府の役人たちの肉声が詰まっている「旧事諮問録」は歴史を学ぶ者、興味を持っているすべての人たちの宝でありタイムカプセルだといえよう。
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