Mac誕生10周年記念特別号「MACWORLD JAPAN」誌を振り返る
スティーブ・ジョブズの死去にともない彼の業績はもとよりAppleという企業の再評価や今後の行方を予測する情報が毎日多く寄せられている。そんな中、私はいま一冊の古い雑誌を入手しむさぼり読んだ…。それは1994年にMac生誕10周年記念特別号として出版された「MACWORLD JAPAN」(1994年3月号)である。
本誌はリアルタイムに購入して所持していたが2度の引っ越しのためか行方知れずになりどうしても見つからないので手元にある一冊はネットオークションで探したものなのだ...。
「MACWORLD JAPAN」誌の本号はMacintoshがリリースされた1984年から10年経った1994年に発刊されたものでその特集は「徹底検証 マッキントッシュ伝説」と題し、2人のヒッピーが生み出したコンピュータは、社会に何をもたらしたのか…を検証しようと試みた号なのである。

※「MACWORLD JAPAN」(1994年3月号)表紙
そして現地取材としてスティーブ・ウォズニアック、ジム・ウォーレン、レジス・マッケナ、ジョン・カウチ、ジェフ・ラスキン、アラン・ケイ、ダグラス・エンゲルバート、ビル・アトキンソン、ジョアンナ・ホフマンらへのインタビューが載っている貴重なものでもあった。
実はこれらの取材の成果は量的にも本誌にその全部を載せるわけにもいかず、CD-ROM版および書籍「マッキントッシュ伝説」(斎藤由多加著)となったことが本誌や書籍「マッキントッシュ伝説」に記されている。したがってインタビューの内容は基本的に書籍「マッキントッシュ伝説」と同じであるが書籍の方がその内容が多いし掲載されている人も若干違っている。


※「MACWORLD JAPAN」の特集インタビューを網羅した同名のCD-ROM(上)と書籍「マッキントッシュ伝説」アスキー出版局刊表紙
人の違いを記してみると、まず雑誌のインタビューに載っているが書籍に含まれていない人物として福島正也、前田達重、ボブ・ホック、ポール・サッフォーがいる。反対に書籍に載っているが「MACWORLD JAPAN」に載っていない人にジェームス比嘉、大河内勝司がいる。これらの違いというか相違にどのような意味があるのは知る由もないが、雑誌に載っていない例えばジェームス比嘉、大河内勝司の両氏は書籍化に当たり後で追加インタビューしたものなのかも知れない。
無論この「MACWORLD JAPAN」(1994年3月号)で見るべきものはこれらのインタビュー記事だけではない。色々な視点から「パーソナルコンピュータのルーツ」「ヒューマンインターフェースへのアプローチ」「新世代マシン LISA & Mac の誕生」「日本語化への道」そして「Macintoshの文化とその未来」といったことに関して検証がなされているわけだ。そして他にもガイ・カワサキ、スティーブン・レヴィなどのコラムや記事を読めるのも本誌ならではの魅力だが、17年も後になって当時を俯瞰するとそれぞれの立場や見方の違いが分かってより興味深い。
ところで本誌「MACWORLD JAPAN」(1994年3月号)の表紙に使われている写真をご覧いただきたい。
これはレジス・マッケナとスティーブ・ジョブズのツーショットだが、事情を知らない人にこの写真を見せて2人はどんな話しをしているところか?と質問してみると面白い。

※前記表紙の写真部位を拡大してみた...
この写真がどういう場所でどのようなシチュエーションで撮られたのかは不明だが、私が数人に試みた範囲では、すべて右側の「スティーブ・ジョブズにレジス・マッケナが叱られている場面」という答えが返ってきた(笑)。
この写真は書籍「マッキントッシュ伝説」によれば当のレジス・マッケナから提供されたものだというからまさか彼にとって苦い経験の思い出の一枚ではないと考えているのだが...。
レジス・マッケナは Regis McKenna Inc.の社長でありAppleの6色ロゴをデザインし、マイク・マークラをジョブズに紹介した人物だ。そしてAppleの創業時にさまざまなアドバイスを通じて支えてくれた人だっただけでなくあのウォルター・アイザックソン著「スティーブ・ジョブズ」の中にも登場しジョブズの人生とビジネスを最後まで支えた重要人物でもありジョブスにとっても恩人である。
その人物と相対しているこの写真だけを見ればジョブズはどこか不機嫌そうにレジス・マッケナに強い視線を浴びせているし、反対にレジス・マッケナはジョブズを直視せず目を伏せている。そうした印象から前記したような想像が出てくるのだが、当時ジョブズの傍若無人ぶりの一端が生き生きと表れている写真なのかも知れない。
さて本誌が出版された1994年といえば17年も前の話だ。その時代にMacintosh関連の雑誌だとはいえこうした企画を載せたところで注目したのは我々のような当時のMacintoshユーザーでありAppleフリークだけであっていわゆるマスコミが同調した記憶はない。
なにしろMacintoshが発売された1984年には早くも「Macは1985年か遅くとも1987年には無くなるだろう」といった観測もあったほどその評価は一部のものでしかなかったのである。
この17年も前の本誌の検証ならびに評価あるいは未来への展望を現在の視点からみて当たっているかどうかに興味があるものの、現在の一般的な評価や評論より具体性があり中身が濃い点は注目だ。ただし細部が気になる私としては本誌の表紙、すなわち前記した写真の背景にMacintosh Plusが使われている点はいただけないと思う。
申し上げるまでもなく本号のコンセプトは「Mac生誕10周年」を祝うものであるからしてここは絶対にMacintosh 128Kの写真でなければならないと思うのだが…。
本誌が発刊された1994年にはご承知のようにAppleにスティーブ・ジョブズはいなかったしその後彼がAppleに復帰するなど本人も含めて誰も想像だにしなかった時代である。それでもスティーブン・レヴィは「世界を変えたパーソナルコンピュータ」という記事の中で「Macintoshは世界を変えた」と言い切り、その影響は21世紀になっても電話その他のパーソナル通信機器、さらには冷蔵庫、自動車、クレジットカードなどなど、みんなMacintoshの進化の上に作られるだろうと予測している点はさすがである。そして彼はMacintoshをこれほど人気者にしたのは技術の力だけではなく、ユーザーの力でもあると言っている。
当時のユーザーは積極的に悪習を捨て、融通のきかないハイテク専門家が「おもちゃ」と馬鹿にした頃にいち早くMacを購入し、自ら進んでその魔法にかかった。
Macintoshは本当に世界を変えたが「それはマウスを手に握った大勢のユーザーの支持があってこそだと思う」と記事を結んでいる。
それから17年後、残念ながらスティーブ・ジョブズは亡くなったがAppleは時価総額で世界一の企業になった。
世間はスティーブ・ジョブズの功績を唱い、Appleの優れた点を検証し、少しでもその成功にあやかりたいと足掻いているが、そうした中で誰も褒めてはくれないものの、数え切れないほどのMacintoshを買い込み、毎日エキサイティングな日々を過ごしてきた私達アップルフリークは単に歴史の生き証人というだけでなく紛れもなくApple成功の歴史に力を尽くしたのだ。そのことをもっと声を大にして叫び、誇りに思うことにしよう!
本誌はリアルタイムに購入して所持していたが2度の引っ越しのためか行方知れずになりどうしても見つからないので手元にある一冊はネットオークションで探したものなのだ...。
「MACWORLD JAPAN」誌の本号はMacintoshがリリースされた1984年から10年経った1994年に発刊されたものでその特集は「徹底検証 マッキントッシュ伝説」と題し、2人のヒッピーが生み出したコンピュータは、社会に何をもたらしたのか…を検証しようと試みた号なのである。

※「MACWORLD JAPAN」(1994年3月号)表紙
そして現地取材としてスティーブ・ウォズニアック、ジム・ウォーレン、レジス・マッケナ、ジョン・カウチ、ジェフ・ラスキン、アラン・ケイ、ダグラス・エンゲルバート、ビル・アトキンソン、ジョアンナ・ホフマンらへのインタビューが載っている貴重なものでもあった。
実はこれらの取材の成果は量的にも本誌にその全部を載せるわけにもいかず、CD-ROM版および書籍「マッキントッシュ伝説」(斎藤由多加著)となったことが本誌や書籍「マッキントッシュ伝説」に記されている。したがってインタビューの内容は基本的に書籍「マッキントッシュ伝説」と同じであるが書籍の方がその内容が多いし掲載されている人も若干違っている。


※「MACWORLD JAPAN」の特集インタビューを網羅した同名のCD-ROM(上)と書籍「マッキントッシュ伝説」アスキー出版局刊表紙
人の違いを記してみると、まず雑誌のインタビューに載っているが書籍に含まれていない人物として福島正也、前田達重、ボブ・ホック、ポール・サッフォーがいる。反対に書籍に載っているが「MACWORLD JAPAN」に載っていない人にジェームス比嘉、大河内勝司がいる。これらの違いというか相違にどのような意味があるのは知る由もないが、雑誌に載っていない例えばジェームス比嘉、大河内勝司の両氏は書籍化に当たり後で追加インタビューしたものなのかも知れない。
無論この「MACWORLD JAPAN」(1994年3月号)で見るべきものはこれらのインタビュー記事だけではない。色々な視点から「パーソナルコンピュータのルーツ」「ヒューマンインターフェースへのアプローチ」「新世代マシン LISA & Mac の誕生」「日本語化への道」そして「Macintoshの文化とその未来」といったことに関して検証がなされているわけだ。そして他にもガイ・カワサキ、スティーブン・レヴィなどのコラムや記事を読めるのも本誌ならではの魅力だが、17年も後になって当時を俯瞰するとそれぞれの立場や見方の違いが分かってより興味深い。
ところで本誌「MACWORLD JAPAN」(1994年3月号)の表紙に使われている写真をご覧いただきたい。
これはレジス・マッケナとスティーブ・ジョブズのツーショットだが、事情を知らない人にこの写真を見せて2人はどんな話しをしているところか?と質問してみると面白い。

※前記表紙の写真部位を拡大してみた...
この写真がどういう場所でどのようなシチュエーションで撮られたのかは不明だが、私が数人に試みた範囲では、すべて右側の「スティーブ・ジョブズにレジス・マッケナが叱られている場面」という答えが返ってきた(笑)。
この写真は書籍「マッキントッシュ伝説」によれば当のレジス・マッケナから提供されたものだというからまさか彼にとって苦い経験の思い出の一枚ではないと考えているのだが...。
レジス・マッケナは Regis McKenna Inc.の社長でありAppleの6色ロゴをデザインし、マイク・マークラをジョブズに紹介した人物だ。そしてAppleの創業時にさまざまなアドバイスを通じて支えてくれた人だっただけでなくあのウォルター・アイザックソン著「スティーブ・ジョブズ」の中にも登場しジョブズの人生とビジネスを最後まで支えた重要人物でもありジョブスにとっても恩人である。
その人物と相対しているこの写真だけを見ればジョブズはどこか不機嫌そうにレジス・マッケナに強い視線を浴びせているし、反対にレジス・マッケナはジョブズを直視せず目を伏せている。そうした印象から前記したような想像が出てくるのだが、当時ジョブズの傍若無人ぶりの一端が生き生きと表れている写真なのかも知れない。
さて本誌が出版された1994年といえば17年も前の話だ。その時代にMacintosh関連の雑誌だとはいえこうした企画を載せたところで注目したのは我々のような当時のMacintoshユーザーでありAppleフリークだけであっていわゆるマスコミが同調した記憶はない。
なにしろMacintoshが発売された1984年には早くも「Macは1985年か遅くとも1987年には無くなるだろう」といった観測もあったほどその評価は一部のものでしかなかったのである。
この17年も前の本誌の検証ならびに評価あるいは未来への展望を現在の視点からみて当たっているかどうかに興味があるものの、現在の一般的な評価や評論より具体性があり中身が濃い点は注目だ。ただし細部が気になる私としては本誌の表紙、すなわち前記した写真の背景にMacintosh Plusが使われている点はいただけないと思う。
申し上げるまでもなく本号のコンセプトは「Mac生誕10周年」を祝うものであるからしてここは絶対にMacintosh 128Kの写真でなければならないと思うのだが…。
本誌が発刊された1994年にはご承知のようにAppleにスティーブ・ジョブズはいなかったしその後彼がAppleに復帰するなど本人も含めて誰も想像だにしなかった時代である。それでもスティーブン・レヴィは「世界を変えたパーソナルコンピュータ」という記事の中で「Macintoshは世界を変えた」と言い切り、その影響は21世紀になっても電話その他のパーソナル通信機器、さらには冷蔵庫、自動車、クレジットカードなどなど、みんなMacintoshの進化の上に作られるだろうと予測している点はさすがである。そして彼はMacintoshをこれほど人気者にしたのは技術の力だけではなく、ユーザーの力でもあると言っている。
当時のユーザーは積極的に悪習を捨て、融通のきかないハイテク専門家が「おもちゃ」と馬鹿にした頃にいち早くMacを購入し、自ら進んでその魔法にかかった。
Macintoshは本当に世界を変えたが「それはマウスを手に握った大勢のユーザーの支持があってこそだと思う」と記事を結んでいる。
それから17年後、残念ながらスティーブ・ジョブズは亡くなったがAppleは時価総額で世界一の企業になった。
世間はスティーブ・ジョブズの功績を唱い、Appleの優れた点を検証し、少しでもその成功にあやかりたいと足掻いているが、そうした中で誰も褒めてはくれないものの、数え切れないほどのMacintoshを買い込み、毎日エキサイティングな日々を過ごしてきた私達アップルフリークは単に歴史の生き証人というだけでなく紛れもなくApple成功の歴史に力を尽くしたのだ。そのことをもっと声を大にして叫び、誇りに思うことにしよう!
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