ラテ飼育格闘日記(728)
毎年11月の声を聞くと初めてラテと会った日の事を思い出さざるを得ない…。すべてはその2006年11月12日の日曜日から始まった。横浜市都筑区のとある動物病院で開催される里親会を紹介してもらったので女房と出かけた結果、ラテと巡り会うことになった。
ワンコを飼うことを決めてそれまで26年住み慣れた埼玉県川口市から東京都多摩市に引っ越ししたのは良いが、肝心のワンコが見つからなかった。慣れないというか、詰めが甘いというかドジな話である。

※気温が低くなってきたのでラテは嬉しそう
ワンコを譲るという里親ウェブサイトを見ると沢山のワンコたちが登録されていた。これなら思い通りのワンコを手に入れるのは容易ではないかと早とちりしたが、それもいくつか制約があったりして上手くいかなかったのだ。
そうした経緯はこの日記にも何度もご紹介したから今回は略すが、ともあれただただワンコを飼いたいという強い願望だけで、経験も知識も無いままに本屋で関連図書を数冊読んでラテを向かえることにした…。
いやはや、相応の覚悟はしていたものの数日の内に大変さを思い知らされた(笑)。

※我が家にやってきた当日の夜、ラテは電気マッサージチェアの座面で爆睡した
なにしろ一週間も経たないうちにオトーサンの左腕と足の膝が悲鳴を上げ始めた。一日三回の散歩によるものであることは明白だった。
ものの本によればワンコにとって飼い主との散歩は変えがたい物で、ワンコが世間を知ると共に飼い主との絆を深めるのに必要だと書かれ、飼い始めというか子犬時代は一日に三度外に連れ出すと良いとあったのでオトーサンはそれに従ったわけだ。

※近隣も紅葉が始まってきた
まだ生後6ヶ月の幼犬だったラテは両耳が垂れ至極痩せていて狐みたいだった(笑)。引き取ってからすぐに動物病院へ連れて行くと医師は「少し太らせるように」と言ったほどだった。
散歩に出るとリードを強く引き、オトーサンの前へ前へと進む。それは是正しなければと思ったが、垂れている両耳が後ろから見ると常にヒラヒラとたなびいてとても可愛かった。
ラテと名付けたこの子犬がワンコとして従順なのか、それともそうでないのかもオトーサンにはわからなかったが、良い意味で感情表現が豊かで好き嫌いが激しく食い意地がはっていた…。
世話をして下ったボランティアの方は「ラテちゃんは餌の食いつきが良いからオヤツで良い訓練ができますよ」と言われたほどだ。

※可愛がってくださるご夫婦にご挨拶
ともかく表向きは反抗といった行動は取らなかったが、いま思えば本当の意味でオトーサンたちに気を許すのには一年ほどかかったようだ。なぜなら日々写真を撮り続けてきたがそれらを見てみると1年未満のラテの表情は実に厳しい表情をしている。しかしそれ以降は表情が豊かになり、成犬になったということもあるのだろうが笑顔も多くなった。ともあれ感情豊かといえばそうなのだが、自己主張もきっちりとするようなワンコになっていく。

※こうして水を飲ますと、サンキューとばかりオトーサンの指を舐める
今では良き思い出だが、1年半程度は拾い食いと甘噛みにオトーサンは悩まされたものだ。だからオトーサンは散歩のときは下ばかり見ていた(笑)。そして両手は傷だらけだったし電気マッサージチェアのリクライニングレバーが木製だったから囓られて半分無くなってしまった。
そうした毎日の中で小さな出来事が繰り返されて積み重なり、オトーサンと共にラテも経験を積んでいった。それから14年、オトーサンも歳を取ったが、ラテも当然のこと14歳半になろうとしている。
その間、オトーサンたちは寝られないほど心配したこともあったし、涙を流したこともあった。しかしそれ以上に笑い合って楽しい毎日が続き今日に至っている。すでにラテは一匹のワンコというよりオトーサンたちの子供だ。些か手のかかる言うことを聞かない娘ではあるが、これからもお互いに元気で過ごしたいものである。
ワンコを飼うことを決めてそれまで26年住み慣れた埼玉県川口市から東京都多摩市に引っ越ししたのは良いが、肝心のワンコが見つからなかった。慣れないというか、詰めが甘いというかドジな話である。

※気温が低くなってきたのでラテは嬉しそう
ワンコを譲るという里親ウェブサイトを見ると沢山のワンコたちが登録されていた。これなら思い通りのワンコを手に入れるのは容易ではないかと早とちりしたが、それもいくつか制約があったりして上手くいかなかったのだ。
そうした経緯はこの日記にも何度もご紹介したから今回は略すが、ともあれただただワンコを飼いたいという強い願望だけで、経験も知識も無いままに本屋で関連図書を数冊読んでラテを向かえることにした…。
いやはや、相応の覚悟はしていたものの数日の内に大変さを思い知らされた(笑)。

※我が家にやってきた当日の夜、ラテは電気マッサージチェアの座面で爆睡した
なにしろ一週間も経たないうちにオトーサンの左腕と足の膝が悲鳴を上げ始めた。一日三回の散歩によるものであることは明白だった。
ものの本によればワンコにとって飼い主との散歩は変えがたい物で、ワンコが世間を知ると共に飼い主との絆を深めるのに必要だと書かれ、飼い始めというか子犬時代は一日に三度外に連れ出すと良いとあったのでオトーサンはそれに従ったわけだ。

※近隣も紅葉が始まってきた
まだ生後6ヶ月の幼犬だったラテは両耳が垂れ至極痩せていて狐みたいだった(笑)。引き取ってからすぐに動物病院へ連れて行くと医師は「少し太らせるように」と言ったほどだった。
散歩に出るとリードを強く引き、オトーサンの前へ前へと進む。それは是正しなければと思ったが、垂れている両耳が後ろから見ると常にヒラヒラとたなびいてとても可愛かった。
ラテと名付けたこの子犬がワンコとして従順なのか、それともそうでないのかもオトーサンにはわからなかったが、良い意味で感情表現が豊かで好き嫌いが激しく食い意地がはっていた…。
世話をして下ったボランティアの方は「ラテちゃんは餌の食いつきが良いからオヤツで良い訓練ができますよ」と言われたほどだ。

※可愛がってくださるご夫婦にご挨拶
ともかく表向きは反抗といった行動は取らなかったが、いま思えば本当の意味でオトーサンたちに気を許すのには一年ほどかかったようだ。なぜなら日々写真を撮り続けてきたがそれらを見てみると1年未満のラテの表情は実に厳しい表情をしている。しかしそれ以降は表情が豊かになり、成犬になったということもあるのだろうが笑顔も多くなった。ともあれ感情豊かといえばそうなのだが、自己主張もきっちりとするようなワンコになっていく。

※こうして水を飲ますと、サンキューとばかりオトーサンの指を舐める
今では良き思い出だが、1年半程度は拾い食いと甘噛みにオトーサンは悩まされたものだ。だからオトーサンは散歩のときは下ばかり見ていた(笑)。そして両手は傷だらけだったし電気マッサージチェアのリクライニングレバーが木製だったから囓られて半分無くなってしまった。
そうした毎日の中で小さな出来事が繰り返されて積み重なり、オトーサンと共にラテも経験を積んでいった。それから14年、オトーサンも歳を取ったが、ラテも当然のこと14歳半になろうとしている。
その間、オトーサンたちは寝られないほど心配したこともあったし、涙を流したこともあった。しかしそれ以上に笑い合って楽しい毎日が続き今日に至っている。すでにラテは一匹のワンコというよりオトーサンたちの子供だ。些か手のかかる言うことを聞かない娘ではあるが、これからもお互いに元気で過ごしたいものである。
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