高月靖著「南極1号伝説」読書雑感

いきなりだが、私は役者としての武田鉄矢という人に関して知っていることは大ヒットTVドラマ「金八先生」の先生役だった…という程度だ。また彼を「理屈っぽくてバラエティなどでも先生面するから嫌い」という人のいることも知っているが、個人的には文化放送で続いている「武田鉄矢 今日の三枚おろし」という蘊蓄トーク番組は好きでYouTubeなどに載っているものも聞くことがある。【敬称略】


少し前にその番組で高月靖著「南極1号伝説」という書籍があることを知った。2008年の刊行だそうだがこれまでその存在すら知らなかった。
「南極1号」と聞いて男性の方ならニヤリとするか、あるいは女性の方なら眉をひそめるかも知れないが、そもそもタブーな存在でもあり公に語られることもあまり無かったから文字通り伝説でもありその存在の真偽もあやふやだった。
念のため記せば、「南極1号」とは男ばかりの南極越冬隊員の性欲処理のために開発されたと言われているダッチワイフのことだがWikipediaによれば実際の所、使われるまでには至らなかったようだ。
ちなみに本書の副題は「ダッチワイフからラブドールまで~特殊用途愛玩人形の戦後史」というものだ。

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※高月靖著「南極1号伝説」2008年バジリコ(株)


「武田鉄矢 今日の三枚おろし」の番組の中で武田は本書の中身を独自の語り口で紹介したが、例えば「オリエント工業の悪戦苦闘はあのプロジェクトXに匹敵する偉業」といった意味のことを言っていたので知的好奇心に火が付き俄然興味がわいた。オリエント工業は知る人ぞ知る…現在も我が国トップのラブドールメーカーである。

まずはそのダッチワイフという言葉の語源をご存じだろうか…。かくいう私も知らなかったが、”dutch wife” を直訳すれば「オランダ人の妻」ということになる。どうにもオランダの方々には不名誉でネガティブな話しだが、これにはかつてイギリスとオランダが争った歴史が関わっているという。
両国は17世紀に海上貿易の覇権を巡り激しく対立し、三次にも及ぶ英蘭戦争にまで発展…。こうした歴史的な背景から英語にはオランダを貶めるような表現が多々残っているらしい。
「オランダの」を意味する “Dutch” は「ケチな、質が悪い」を表す接頭語にさえなっているという。

さてそのダッチワイフだが、そもそもどこかの植民地での話しだと思うが、オランダ人が夜の寝苦しさを解消するために用いた竹で編んだ中空の駕籠を意味したらしい。抱き枕のようなものだったらしい…。それを見たイギリス人が揶揄を込めて「オランダ人の女房」と呼び始め、それがいつしか性処理用の人形の意味を帯びたらしい。しかし英語圏でセックスの代用人形を指す場合、普通 “sex doll” といった名称を使うことから本書の著者は、一種の和製英語といって良いのでは…と主張している。

この種の人形は「我妻形人形(あづまがたにんぎょう)」などと言い、江戸時代にもあったそうだし、ヒトラーの命によりドイツ軍がリアルな女性型人形の開発もなされていたようだ。特にドイツ軍がこの種の人形の開発を命じたのは親衛隊たちの性病リスクをなくす目的だったという。
とにかく「人形愛」だのといえば陰湿で怪しい感じを受けるのが大方のところだろうが、ピグマリオン伝説が示すように生身の女性ではなく人形に愛情を感じる人も存在するわけだし、私も歳をとったからかラブドールといっても嫌悪感より興味の方が強くなった(笑)。

そういえば本書「南極1号伝説」にも記載されているが、松本零士、石ノ森章太郎、手塚治虫といった漫画界の巨人達もいわゆるダッチワイフを題材にした漫画を作品として発表していた。
手塚の場合は「地球を呑む」で人工皮膚をまとった精巧なダッチワイフが登場するし、「火の鳥 復活編」ではセクシーな玩具用ロボットが描かれている。さらに「やけっぱちのマリア」や「不思議なメルモ」「アポロの歌」も知られている。
これら一部は当時有害図書として激しく非難されもしたが、表現者としてダッチワイフや性の問題は避けては通れないものだったに違いない。
また当ブログを丹念にご覧いただいている方ならご承知だろうが、私自身ここの数年写真撮影用のリアルな等身大の女性マネキンを造型してきた関係もあり、より良い物作りのなにかヒントがあるのかも…といった点にも本書に興味がわいた。

私の造型してきたマネキンは紆余曲折を経てシリコン製のトルソー(両腕はある)に好みのヘッドマネキンの頭を組み合わせたもので一応完成形としたが、残念ながらラブドールではない(笑)。しかしそれでも当初は友人知人からも「いい歳こいて、なに怪しいことをやっているのか」と疑惑の目でみられたが、例えそれがラブドールであったとしてもとやかく言われる筋合いのものではないのだが…。

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※トルソーとヘッドマネキン頭部とを3Dプリンターによるジョイントで繋いで製作した私が理想とするオリジナルモデル。元々バストアップ写真のモデル代わりとして考案したもので、トルソーだからして太腿から下肢はない


そしてなによりも男の端くれとして「南極1号」という言葉は知ってはいたが、よき機会だから正確な情報を知りたいと好奇心に任せて本書を探してみたもののすでに古書しか見つからなかった。

一通り読んでみての感想だが、書籍はかなり誤植が目立ったものの読み物としては面白かった。しかしこの世界も日進月歩のようだから、現在のラブドールとかリアルドールの出来は本書出版から12年経っていることでもあり、はるかに良くなっているに違いないし、その実体は不明ながらAmazonでもある種のラブドールが売られている時代になった。
そういえば写真家の篠山紀信がオリエント工業のラブドールをモデルとして写真集を出したことを以前に知ったがさもありなんと思った。それだけ造型がよく出来ているということだ。

ともあれ特にオリエント工業という企業についての発展の章および創業者土屋日出夫の話しは面白かった。
オリエント工業は、同社HPによれば1977年に特殊ボディーメーカーとして東京・上野に創業とあるが、「南極1号伝説」によると新宿の区役所通りに友人がアダルトショップの店を開いたので手伝ったのが業界に入るきっかけだったという。そして30歳で独立したというが、その土屋の孤軍奮闘が実に興味深い。

ちゃちな浮き袋式のダッチワイフでも売りっぱなしにせず、客が壊れたと持ち込めば誠実に自分で直してあげるというのが土屋の気性だった。結局こうして顧客を大切にしたコミュニケーションの集まりから自社でダッチワイフを作ることになったという。
1977年に最初のダッチワイフ「微笑」から始まり、1982年の「面影」、1987年「影身」、1992年「影華」、1997年には好みで頭部を選べるようにした「華三姉妹」と翌年の「キャンディガール」…。
こうした進化進歩は材料の問題、強度の問題、造型や肌触りやリアリティを追求した結果であったが、その過程の努力と工夫は冒頭に武田鉄矢がいみじくも言ったように「プロジェクトX」で取り上げても良いと思わせる内容だった。

とにかくユーザーを大切にしその意見に真摯に耳を傾ける土屋の執念と企業姿勢には頭が下がる。
もっと掘り下げてみたいがネタバレになるし、そもそもラブドールの実物を見たこともない者がとやかく言えないだろうから遠慮する。したがって本書の著者高月靖があとがきの最後に述べている言葉で筆を置くが、思わず頷いてしまった。
「人形とともに、プライベートな時間を過ごすマニアたち。静かな孤独のなかで目の前の対象に愛情を注ぐという行為は、多くの人にも共有可能な普遍的な癒やしを与えてくれる。そこでその対象との『実践』が可能だっとして、拒む理由には何が思い浮かぶだろうか」



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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。
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