再びルネサンスリュートを始めるにあたり雑感を…

数年前、指が腱鞘炎やバネ指などで動かなくなり、楽しんでいたリュートが弾けなくなった。加齢も含め治るのか治らないのかも分からない状況に気持ちを吹っ切る意味で愛用のリュートを手放した。2017年2月のことだった。いまも左手中指はその掌に触れるまでは曲がらないが、幸い右手はトレモロも奏することができるまでになった。これなら易しい曲なら弾くことができると思ったが、リュートがない(笑)。


■リュート熱が再燃
私にリュート歴などという立派なものはないが10年近く前、何も知らずにネット検索で見つけたEMS(The Early Music Shop)で8コースのルネサンスリュートを手に入れた。無事に届いたときには驚喜したが、調弦しいざ何かしらの曲を弾こうとしたとき大きな問題に気づいた。

それは1コースの単弦位置が必要以上にネック端寄りになっていて、フレットの1コースを押さえようとすると指が外れてしまうのだ。まさかブリッジを剥がして…というわけにもいかず、ナット位置を調節することで何とかなるのではと試みたがそれで直るレベルではなかった。

なるほどEMSで販売されているリュートの評判は芳しくなく、なるべくなら手にしないように…という話しも多々見受けられたが後の祭りである。そこで何とか手持ちの予算の範囲で実用的な楽器はないかと探し続けていたとき、楽器店のサイトに中古のリュートを見つけた。それがクリス・エガートン作の6コース、ルネサンスリュートだった。

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※クリス・エガートン作の6コース、ルネサンスリュート。四年半ほど前に手放した


簡素な作りで修復跡もあったが非常に弾きやすい楽器で、なるほど良質の楽器とはこうしたものか…とよい勉強にもなった。
今回も改めて探してみたが、そうそうこちらの都合の良いリュートが転がっているはずもない。何しろ文字通りに受け取っていただきたいが、加齢や体調を考えると後10年も体と頭が言うことを聞くとは思えない(笑)。だから贅沢はできないのだ。

よく専門家の中には、なるべくよい楽器を手にすべきだと力説される人がおられる。それは正論であり間違いないことだが、一人の消費者、年金生活者の立場になればそう言われるほどことは容易な話ではない。
安価な楽器は「リュートの形だけの楽器だ」とか「歴史的な製作ではない」といった話しを力説される場合もあるが、面白い事にクラシックギターを始めようとする方に「それは安物でギターの形だけで良くない楽器だ」とアドバイスする話しはあまり聞かない。それがリュートとなると…無論リュートは歴史的な古楽器だという立場があるが…俄然口うるさくなるのは面白い(笑)。

■諦めるか、それとも…
そもそも私は高校一年の夏、一ヶ月のアルバイト代を叩き、3000円ほどのギターを買ったことからクラシックギターを始めた。時代と言えばそれまでだが、スチール弦をナイロン弦に張り替え「古賀政男ギター独習」といった教則本で練習をはじめたのである。
その後、就職して数年後に池袋ヤマハ楽器店でまずまずのギターを手に入れたし、一時期フラメンコギターを習っていたときにはホセ・ラミレスのペグ式の楽器を愛用していた。さらに勤務先が御茶ノ水近くだったことでもあり、幾多の楽器店で名だたる名器を試奏させていただく機会もあった。

したがってそこそこ、良い楽器というものを知っているつもりでいるが今般あらためてリュートを…と考えると無理は出来ない。無論新品を手に入れるつもりはないが、それでも中古といえど「まとも」と言われる楽器はそれなりの価格だ。
となれば選択肢はふたつだ。リュートを諦めるか、あるいは使えそうであれば専門家が眉をしかめるような楽器でも手にするか…だ。で、今般私は後者を選んだ(笑)。

もしどうしようもない楽器なら捨てるしかないが、自分でメンテできる範囲の出来の悪さならそれも楽しみとして修理を試みようと思った。若い頃には出来はともかく10弦ギターやラウンドバック型のリュートギターまで自作したこともあったわけだし、ペグボックスくらいならまだ自分でも作れるぞっ…と一人怪気炎を上げたところ、その晩に覗いたYahooオークションが私の背中を押した…。

■オークションで落札したリュートとは…
それはすでに30年前に売り出したときから一部で「リュートであってリュートにあらず」といった評価も受けていた荒井貿易が販売開始したAriaブランドの楽器だった。出品されていたのは弦長60cm、10コースのシャントルレライダーおよびバスライダーを備えたルネサンスリュートだった。
6コースを弾いていたときから8コースや10コースの曲も弾いてみたいと思っていたし…と俄然興味が増した。

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※新たに手に入れたAria10コース・ルネサンスリュート


問題は落札できたとして、多少のことはともかく弾ける楽器なのか…だ。こればかりは実際に楽器を手にしてみなければ分からないが、ひとつその気になった点としては出品者が個人ではなく商品到着より7日間の初期保証を謳う企業だったことだ。
出品の説明全てが正しく信頼できる出品者であるかどうかは正直不明だったが、長い間Yahooオークションを利用してきた感と経験を含んで考え入札した結果、そのまま落札できた。

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※10コースリュートを正面から


さて、届いたリュートは見かけ大きな問題はないように思えた。割れたり剥がれたりした部分は無くネックも反ってはいないしほとんど傷もない。ただし弦とフレットは順次全部取り替える必要がある。附属品としてAriaブランドの交換用弦がいくつかあったが、ここはガットとまではいかないにしてもまともな弦をと別途オーダーした。
そして抱えたときのバランスも悪くない。ちなみに重さは弦を含めて1,005g なのでまずまずの作りのようだが唯一心配は調弦だ…。

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※10コースリュートを背面から


ペグボックスの出来はともかく、ベグそのものが細すぎることに加え経時変化で弱くなっている部分は力を入れすぎるとねじ切れてしまいそうな感じがする。それらを踏まえ調弦がスムーズにできるようにとまずはヴァイオリン属でも使われ、廻り具合、止まり具合共にちょうど良い摩擦性を持つベグ用コンポジションを塗って馴染ませた。

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※弦交換前のペグボックス


なお調弦は強度が少々心配なのでまずは440Hzではなく415Hzで合わせことにした。
そして肝心の音だが、きちんと撥弦すれば私見ながらまずまずリュートらしい音はでる。そして弾きやすさについての評価は今少し時間が必要かと思うが、こんなものではないだろうか…。

繰り返すが、リュートは古楽器だからして歴史的なものに準じて製作された必要だという話しは無論理解できる。ただしもしここで数十万円投資して国内の製作家の楽器を買えたからといって、作りは万全でもそれが歴史的な楽器に忠実な逸品であるかどうかは素人には分からない。
また音に関してはそれ以上に評価は難しい。いわゆる歴史的な楽器の実器を研究し名工が制作したリュートと比べるのは酷というものだが、そもそも例えば17世紀だって使われていたのは名器ばかりであったはずはない。民衆が集い歌いながら奏でられた多くのリュートらは簡素で安価なものであったに違いない。そしていま博物館などに保存されてきた数少ない楽器たちは材質が象牙であるとか、所有者が有名だったというように何らか価値ある楽器と知られていたからこそ大事にされ結果残ったのだ。

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※ケースも剥がれが目立ったので修復


このことは楽器だけでなく日本刀や他のアイテムでも同じであり、博物館に貯蔵されていたリュートと同じレベルの楽器がそのまま広く民衆にまで普及されていたと考えるのは無理がある。
繰り返すが当時でも安物の楽器はいくらでもあったに違いない…。
だからという訳ではないが、このAria製10コース・ルネサンスリュートの音も調弦がばっちりならまずまず心地よい音が期待できると思っている。

■私がリュートに興味を持ったのは1970年初頭だった
そういえぱ、約2世紀もの間、忘れ去られたリュートを、当初は歴史的な楽器ではなかったにせよジュリアン・ブリームがレコーディングを行い1950年代からルネサンス・リュート音楽に大衆の眼を向けさせその復興に大きく寄与してくれたことは忘れてはならない。そして彼の録音は1963年度にはグラミー賞も受賞している。
また歴史的楽器復興の動きとしては20世紀後半からヴァルター・ゲルヴィヒ、ミヒャエル・シェーファー、オイゲン・ミュラー=ドンボワなどの貢献は忘れられない。そういえば私がリュートを知り、その音楽に惹かれたのは意外かも知れないが、ヴァルター・ゲルヴィヒ、ミヒャエル・シェーファー、オイゲン・ミュラー=ドンボワのレコードだったのである。

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※私がリュートを知ったのはジュリアン・ブリームはもとよりだが、オイゲン・ミュラー=ドンボワやミヒャエル・シェーファらのレコードだった


ともあれAriaリュートという一連の製品が売り出されたのは1970年代半ばだ。いま手元にある楽器が正確なところいつ製作されたかは分からないが(シリアルナンバーから推論するに1979年製かも知れない)、よくもまあほぼ無傷で残っていたものだ。少し調べて見るとAria製10コースで型番が L-125 という製品はロゼッタやペグボックスのデザイン違いで数種あるようだ。製作年代の違いかと思うが、ものがものだけに資料不足なのが残念だ。またラベルには制作者の名として “門野巌” とあるが、失礼ながらその製作本数をと考えてみるに実在の製作家の名というより、製作を請け負った複数の方達のチーム名であったような気もする。
ということで結論としてこのAria製10コース・ルネサンスリュートはEMSのそれより実用的で見かけもよく出来ていることがわかった。

■無論問題点がないわけではない
さてAria製10コース・ルネサンスリュートをばらして見たわけではないから内部構造などは不明だ。ただしラウンドバックのボディやネックの材質はともあれ全体的に見ても雑な仕上げではない。したがって強度的にも不安はない。ただひとつ言えることはペグボックスというよりペグそのものが柔いようだ。
材質云々というより、ペグが細い。無論調弦に耐えられる強度はあるが、古い代物でもあり保管状態も理想的であったとはいえないだろうから力を入れすぎると捻り切ってしまいそうな気がする箇所がある。したがって調弦は間違いなくできるが、少々手心を加えながら優しく扱わないとならない。

それからペグボックスに関してだが、1コース専用のシャントルレライダーおよびバスライダーが備わっているがボックス本体を見ると底がない…と友人から指摘があった。これでは強度的に弱いし、そもそもボックスと名が付くだけに箱を連想させるような底が付いているのが普通だと彼は言う。
無論私自身も学者ではないし多くのリュートを確認してきたわけではないから、どうあるべきなのかについては何とも言えない。確かに価格を落とし工作時間を短縮するためでもあったのかと思ったが、こうした底がないペグボックスを持ったリュートも現実にあったようだ。

前記したように私は一時代前の演奏家によるリュート演奏からリュートに魅せられた一人だが、例えば若くして亡くなったミヒャエル・シェファーのLPジャケットを見ると、彼が抱えている13コースに見えるバスライダーを備えたバロックリュートのペグボックスはまさしくAria製10コース・ルネサンスリュートと同じく底はなく背景がそのまま見えている…。
ただしレコードジャケットによる解説によれば実際に録音に使った楽器は11弦のバロックリュートでイギリスのマイケル・ロウ製作(1976年)のものだというが。

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※前記したミヒャエル・シェーファのLPジャケットに載っているリュートのペグボックスは底がないタイプのようだ


マイケル・ロウ氏といえばずいぶんと前になるが、現代ギター誌に彼のインタビュー記事が載っていた記憶がある。その記憶が間違いなければ記事は竹内太郎氏が書かれていたと思う。そしてその製作にあたっては、文献は勿論実物をきちんと当たって作られているといった内容だった。
そのマイケル・ロウ氏製作のリュートを愛したミヒャエル・シェファーだからこそジャケット撮影に所持したリュートもいい加減な代物ではないだろうし、そのリュートのペグボックに底がないのであれば、そうした歴史的な楽器があったと考えても自然ではなかろうか。
まあ、個人的には正直どちらでもよいのだが、Ariaリュートは「安かろう悪かろう」のイメージが早々に付いてしまったからか、あれもこれもコストダウンのためだといった誤った風評が流れたのは残念だ。

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※小さなペグを正確に巻き上げるのはなかなか難しいので2Dプリンターで補助具としてのペグ回しを作ってみた


それに、繰り返すが1970年頃に国内でリュートを欲しいと考えても出来合のものはまずなかった。したがってどこかの工房へ注文し製作してもらう必要があった。その点Ariaリュートは既製品の楽器であり当然のこと仕様も価格も公開されていたから飛びついた方も多かったのではないか。
当時のカタログの実物が手元にないのが歯痒いが、ネットで分かった範囲では6コース、7コース、8コース、そして10コースのルネサンスリュートがラインナップされ、デザインが違うものの今般私が手にした型番と同じ L-125 という10コースは当時の価格で125,000円と明記されている(ケース代は別)。

明らかにその価格は製作家に依頼するよりずっと安価ではある。しかし調べて見ると例えば1975年の大卒初任給は89,300円であり、その時代の125,000円は極端に安価な印象ではない。
ちなみに2021年度の大卒求人初任給は総合職で218,000円ほどだという。単純比較はあまり意味がないとは承知ながら1975年と比較してみれば125,000円のAriaリュート価格は305,151円となる訳で「安い、安い」と叫ぶほどメチャ安い額ではない…。

■まずは楽しんでみようではないか!
というわけでまずはこの楽器でリュートとその音楽を楽しみ、問題があれば昔ギターを手作りした際の道具類も残っているし、レーザー刻印機や3Dプリンターまでをも駆使して整えてみたい。それもまた老人の楽しみとしては面白いかと思っている。ただし弦はすべて新品を調達し張り替えたし、順次フレットも巻き直しが必要だ…。
それにしても正直このAria製10コース・ルネサンスリュートにそれほど期待はできなかった…。それだけに手元に届き、いま一通りのメンテナンスを済ませた楽器に至極満足している自分をとても嬉しく感じている。
材質だが、表面板はスプルースだろうしリブはトチノキ、ネックはよく分からないが塗装された材木で指板は3ミリほどのローズウッドを貼ってあるように見える。そしてペグボックスはブナでペグはローズウッド、ナットは牛骨といったところか…。
素人の見立てなので不確かだが、メチャクチャな材料は使っていないようだ。
左手の指はまだ完全に動かないし、この4年5ヶ月のブランクは大きく四苦八苦しているがそれもまた楽しみだ。




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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。
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