「iPhone」にも酷評があるようだが...いつものことだ!
AppleがMacworld Expoの基調講演で発表したiPhoneは世界中のメディアが取り上げたが、褒めることを知らない人たちも多々存在するらしく酷評もあるという(笑)。 その最たるものに「iPhoneの技術は目新しいものではない」とする業界関係者がいるという...。バカを言ってはいけない!
あのiPhoneに関して私自身は大いに賞賛を惜しまない一人だが、アナリストの一部や業界関係者、専門家と称する人たちの中には様々な酷評を唱える人もいるという。
その最たるものに「iPhoneの技術は目新しいものではない」という物言いがある。また「500ドルもするバカ高い携帯など誰が買うか?」といった意見もある(笑)。しかし2001年にあのiPodが登場したときもアナリストや専門家の多くは「1,000曲も持ち歩く必要性がどこにあるか」とか「単なるMP3プレーヤーとしては高すぎる」といった酷評を宣ったことを忘れてはならない。
それに「iPhoneの技術は目新しいものではない」といった物言いは、それこそコロンブスの卵であり、後付の物言いだ。
確かに現時点ではiPhoneに関する機能の細部まで検証できてはいないが、目新しい技術であろうとなかろうと、携帯電話が登場してからこの方、これほどの製品をどのメーカーが発表できたのか...。無論、ありはしない。
携帯電話が日本で初めて見られたのは、1970年の大阪万博でのことだという。ただし実際の移動が可能な電話機としては1979年にNTTの前進である日本電信電話公社がサービスを開始した自動車電話である。そして現在まで、私たちは小型軽量化とデザインのあれこれは体現してきたが、携帯電話の機能やインターフェースはまるでキャリア各社やメーカーが申し合わせたように画一化し、同じ次元のものでしかない...。現在もそうである。
私自身、NTTから出た「ムーバー」を1993年前後から使い始めた。したがって早くも携帯電話歴は14,5年ほどになるが、その間に今回のiPhoneほど物欲を刺激する携帯電話機はなかった。これまで、機能を選べばデザインは妥協...あるいはデザイン重視で選ぼうとすれば機能は妥協...という連続だったと言って良い。
「iPhoneの技術は目新しいものではない」というのなら、なぜA社もB社も、そしてC社からも1970年代からの30年間、iPhoneに匹敵するエキサイティングな製品をただの一度も出せなかったのか。メーカー各社はこれまで何をやっていたのか...少しは反省して欲しいと思う(笑)。

※Macworld Conference & Expo 2007のキーノートスピーチで、誇らしげにiPhoneを発表するスティーブ・ジョブズ CEO
テクノロジーは人のためにある。そして人間の成し遂げたい事、欲求あるいは希望は昔から基本的には変わっておらず、テクノロジーの進化は発明ではなく新たな再発見/再発明の部分が多いものだ。当サイトの主張も「テクノロジーに期待と畏敬の念を持ちつつ、どのようなテクノロジーにもルーツが存在し、新製品や新しいアイデアも過去の業績の上に成り立っていることを認識すること」とアバウトページに記しているが、基礎技術を積み重ねてひとつの製品を作り上げると言うことは本来そうした意味を含んでいるものだ。
「iPhoneの技術は目新しいものではない」と切り捨てるのはやさしいだろうが、そういう物言いしかできない人たちは、スティーブ・ジョブズがあのゼロックス・パロアルト研究所(PARC)を訪れ、Lisa開発のヒントを得たという歴史的現実から何も学んでいない。
例えiPhoneに採用されているテクノロジーの一部が、過去に存在していたとしても、誰もそうしたものを活かすすべを知らなかったことは事実なのだ。繰り返すが、iPhoneのテクノロジーの多くがこれまで先達たちの努力とインスピレーションの賜であるとしても、iPhoneという具体的な製品を開発した成果は間違いなくAppleの、あるいはスティーブ・ジョブズの「再発明」だと言ってよい。Appleは...いや、スティーブ・ジョブズは、私たちが何を欲し、喜ぶかを見通しているかのようだ。
残念ながら日本市場にiPhoneが登場する時期は分からない。しかし米国では6月にリリースとのことなので、市場の反応がどのようなものになるか、大変楽しみである。
あのiPhoneに関して私自身は大いに賞賛を惜しまない一人だが、アナリストの一部や業界関係者、専門家と称する人たちの中には様々な酷評を唱える人もいるという。
その最たるものに「iPhoneの技術は目新しいものではない」という物言いがある。また「500ドルもするバカ高い携帯など誰が買うか?」といった意見もある(笑)。しかし2001年にあのiPodが登場したときもアナリストや専門家の多くは「1,000曲も持ち歩く必要性がどこにあるか」とか「単なるMP3プレーヤーとしては高すぎる」といった酷評を宣ったことを忘れてはならない。
それに「iPhoneの技術は目新しいものではない」といった物言いは、それこそコロンブスの卵であり、後付の物言いだ。
確かに現時点ではiPhoneに関する機能の細部まで検証できてはいないが、目新しい技術であろうとなかろうと、携帯電話が登場してからこの方、これほどの製品をどのメーカーが発表できたのか...。無論、ありはしない。
携帯電話が日本で初めて見られたのは、1970年の大阪万博でのことだという。ただし実際の移動が可能な電話機としては1979年にNTTの前進である日本電信電話公社がサービスを開始した自動車電話である。そして現在まで、私たちは小型軽量化とデザインのあれこれは体現してきたが、携帯電話の機能やインターフェースはまるでキャリア各社やメーカーが申し合わせたように画一化し、同じ次元のものでしかない...。現在もそうである。
私自身、NTTから出た「ムーバー」を1993年前後から使い始めた。したがって早くも携帯電話歴は14,5年ほどになるが、その間に今回のiPhoneほど物欲を刺激する携帯電話機はなかった。これまで、機能を選べばデザインは妥協...あるいはデザイン重視で選ぼうとすれば機能は妥協...という連続だったと言って良い。
「iPhoneの技術は目新しいものではない」というのなら、なぜA社もB社も、そしてC社からも1970年代からの30年間、iPhoneに匹敵するエキサイティングな製品をただの一度も出せなかったのか。メーカー各社はこれまで何をやっていたのか...少しは反省して欲しいと思う(笑)。

※Macworld Conference & Expo 2007のキーノートスピーチで、誇らしげにiPhoneを発表するスティーブ・ジョブズ CEO
テクノロジーは人のためにある。そして人間の成し遂げたい事、欲求あるいは希望は昔から基本的には変わっておらず、テクノロジーの進化は発明ではなく新たな再発見/再発明の部分が多いものだ。当サイトの主張も「テクノロジーに期待と畏敬の念を持ちつつ、どのようなテクノロジーにもルーツが存在し、新製品や新しいアイデアも過去の業績の上に成り立っていることを認識すること」とアバウトページに記しているが、基礎技術を積み重ねてひとつの製品を作り上げると言うことは本来そうした意味を含んでいるものだ。
「iPhoneの技術は目新しいものではない」と切り捨てるのはやさしいだろうが、そういう物言いしかできない人たちは、スティーブ・ジョブズがあのゼロックス・パロアルト研究所(PARC)を訪れ、Lisa開発のヒントを得たという歴史的現実から何も学んでいない。
例えiPhoneに採用されているテクノロジーの一部が、過去に存在していたとしても、誰もそうしたものを活かすすべを知らなかったことは事実なのだ。繰り返すが、iPhoneのテクノロジーの多くがこれまで先達たちの努力とインスピレーションの賜であるとしても、iPhoneという具体的な製品を開発した成果は間違いなくAppleの、あるいはスティーブ・ジョブズの「再発明」だと言ってよい。Appleは...いや、スティーブ・ジョブズは、私たちが何を欲し、喜ぶかを見通しているかのようだ。
残念ながら日本市場にiPhoneが登場する時期は分からない。しかし米国では6月にリリースとのことなので、市場の反応がどのようなものになるか、大変楽しみである。
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