新刊「スティーブ・ジョブズ驚異のプレゼン」を十分活用する心得

新刊「スティーブ・ジョブズ驚異のプレゼン~人々を惹きつける18の法則」を買ってみた。昨今はAppleという企業が注目を浴びてきたこともあってその代表者でありCEOでもあるスティーブ・ジョブズのプレゼンを参考にしようとする書籍も多い。しかしへそ曲がりの私はこの種の法則といったものを信用していない(笑)。

 
本書だけではないが、この種のノウハウ本はジョブズの極意を知り、それを勉強すれば貴方もジョブズ並の魅力あるプレゼンテーションができるようになると説く。
確かに人を惹きつけるしゃべり方というものは存在するし、そのスライドの作り方も真似すればそれなりに分かりやすい告知は可能だろうが事はそんなに単純ではない...。
そう、本書が文字通り真理なら本書の筆者カーマイン・ガロ氏はスティーブ・ジョブズ以上に魅力あるプレゼンができる理屈だが...さてどうなのだろうか(笑)。

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※日経BP社刊「スティーブ・ジョブズ驚異のプレゼン~人々を惹きつける18の法則」表紙


僭越だが私はAppleという企業やその製品に対する知識、そして歴代のCEOたちのプレゼンやらを体現してきたということなら人後に落ちない。
実際にジョン・スカリーのプレゼン、スティーブ・ジョブズのプレゼン、アラン・ケイのプレゼン、ギル・アメリオ、ビル・アトキンソンたちのプレゼンを眼前に見てきたしその長所短所だって比較もできる。そして確かにスティーブ・ジョブズのプレゼンが天下一品であることは認めるが単純に真似事をしたからといって文字通り上手くいくとは考えていない。そして私自身、全盛期には全国を飛び歩き、日々プレゼンテーションや講演、あるいはブースに立って製品のデモを行っていたし幸いそれらは高い評価をいただいてきた。そうした経験・体験からこれまでにもプレゼンをテーマにした何編かのトピックを書いてきたので参考にしていただければ幸いである。

・上手なプレゼンは「上質のジャズ演奏のように…」が理想
・スティーブ・ジョブズのプレゼンテーション秘話
・全国Mac行脚の旅…私のエバンジェリスト物語

さて「スティーブ・ジョブズ驚異のプレゼン〜人々を惹きつける18の法則」をパラパラと眺めてみると面白いことに気づく。それはここで好例として紹介されているスティーブ・ジョブズによるプレゼンテーションとはかつてのMacworld ExpoやWWDCあるいはプライベートイベントなどによるいわゆる基調講演、キーノートを意味しているということだ。勿論ジョブズはそうした要となる催事でしか登壇しないのだが...。

ではまず基調講演とは何なのか? それは催しや主張すべきことがらの基本的な路線を示し、来場者の興味を引き対象となるものが製品なら購買意欲に結びつけるための講演ということになる。
まだ記憶に新しい今年のWWDCにおける基調講演はiPhone 4の話題一色といってもよかったが、実際には冒頭はWWDCについて、そしてiPadの話しを含めAppleという企業の好調さをアピールしている。

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※2010年6月開催のWWDC基調講演におけるスティーブ・ジョブズ氏


さて、本書では基調講演やキーノートという場をプレゼンの目的のように解説されているものの果たして貴方は基調講演を行う立場にあるのだろうか...。
ここでいいたいことは一言でプレゼンというが、壇上に上がり集まった聴衆に新製品発表をするだけがプレゼンではないということだ。そして一般的にはいわゆる基調講演ではなく例えば展示会のブースにおける製品デモ...といった場面で通りかかる不特定多数の人々の注意を引き、足を止めさせ、デモを見る気にさせ、そして購買意欲を起こさせるといったことの方が我々には一般的かも知れない。
言葉の綾でなくプレゼンはKeynoteでスライドを作り、そしてそれを送りながら巧妙な話術を展開するだけのものではないということをまず知って欲しいし、繰り返せばほとんどの方は幸いにも基調講演を行うというチャンスには恵まれないだろう(笑)。
したがってプレゼンといっても社内の小さなサークルを対象にしたものから、何らかの展示会のブースで製品デモを行うといった広い範囲に役立つ練習を積み、ノウハウを自分のものにしていかなければならない。そこには単なるスライドの魅力的な作り方といった以前に話し手である貴方がいかに魅力的な話術を持っているかが問われるのだ。
大切なことはたくさんある。声の調子、抑揚、間の取り方、表情、ボディランゲージなどなど...すべてが調和したとき聴衆は足を止め注目し貴方の話を聞いてみようと思う。そもそもスティーブ・ジョブズに極意などあるはずはないのだ。彼が自身で努力し会得したように貴方も貴方らしいプレゼン、貴方でなければできないプレゼンを作り出すといった気持ちで事に当たらなければならない。

では早速私流プレゼンテーション心得というものをご紹介しよう。

[人前であがらないこつなどない、ただ十分な練習あるのみ]
では魅力的なプレゼンとは一体どんなものなのだろうか。
まず私たちのほとんどは欧米の人たちのように人前で自身の意見を理論然と述べるという教育も受けていなければ練習をしたこともないはずだ。したがってまず大勢の前で萎縮せずに明瞭な声を出すことからはじめなければならない。
このことは言うのは簡単だが、実践あるのみ...練習するしかない。無論闇雲でよいはずはない。
ただしレジュメに従い、喋ることはできたとしても人前で話すとなればあがってしまって思うように喋れないということになるかも...。この人前に出てあがらないこつがあるとすれば後述するいくつかのことをきちんと認識することから始まる。
そのひとつはどのような有名人、例えばスティーブ・ジョブズだとしても壇上にあがる前には猛烈に緊張するはずだ。この世の中で大勢の前に出て喋ろうとして...特に重要なプレゼンであればあるほど...あがらない人間はまずいないということを知っておこう。

アンドレス・セゴビアというクラシックギターの大家に「演奏時にあがらない方法を教えてほしい」という質問をした人がいた。彼は即座に「そんな妙案があるなら私こそ教えて欲しい」といったそうだ。
誰でもあがるものだ。まずはそれを認識し、それを克服するには自分の話っぷりに自信を持てるほど繰り返し、時計を見ながら練習するしかないのである。そして十分な練習をすることでプレゼンを自身が楽しみとすることができるまで咀嚼することだ。そして後述するようにテーマとなる対象を120%理解し、そして自身が素晴らしいもの(こと)だと核心していることが、あがらない一番の妙薬なのだ。

[アクシデントをイメージトレーニングで克服]
そもそも実際の場面では総じて事前の計画どおりにことは運ばないものだ(笑)。
喋っている途中でプロジェクターが故障したりパソコンが言うことを聞かなくなったり、あるいは聴衆が話し中にぞろぞろと出て行ったり、ヤジが飛んだりと練習時には考えもしないアクシデントが起こる可能性もある。
我々はそうした予想もしなかった出来事を前にすると臆してしまい、言うべきことを忘れ戸惑い、その結果支離滅裂な結果になりがちだ。
こうした間違いを事前に無くす妙薬は残念ながらないが、最善の方法は十分な練習と共にその練習中にさまざまなアクシデントが入り込む可能性をイメージトレーニングしておくことだ。
またプレゼン時の設備に関するアクシデントに対しては同じ関連設備を複数用意することで避けることが出来る。
昔、スティーブ・ジョブズがNeXT時代に行ったプレゼンテーションのとき、開口一番彼は「プレゼン時におけるアクシデントの確率は聴衆の数とその期待度に正比例します」と言いながら2つのシステムを用意している旨を紹介したことがあった。さすがである...。

[訴える熱意に耐えうる対象であるかどうか]
次に重要なのはこれから喋る内容、対象に対して本心から人に伝えたい、沢山の顧客に知ってもらいたいという熱意があるかどうかだ。
どこかの政治家や社長のように部下が書き下ろした原稿を棒読みするような姿勢では決して人々はついてこないだろう。
さらにプレゼンを成功させる最大の武器はプレゼンターが訴える対象をどれだけ理解しているか、そして心底その対象を好きであるか...という熱意である。
実はスティーブ・ジョブズによるプレゼンの魅力...強みは彼自身が当該製品開発の最初から最後まで関わっていることでもあり細部に至るまで熟知していること、そして自身の熱意で製品化したものであるからして自らが一番のユーザーという点なのだ。

そして逆説的だが、客観的にも(これが問題だが)訴えたい対象が本当に素晴らしいもの(こと)であるか...も大いに重要な問題となる。
「スティーブ・ジョブズ驚異のプレゼン~人々を惹きつける18の法則」の帯に「iPhone, iPad, iPodを成功に導いたプレゼンの極意を解き明かす」とあるが、私流の考えではこれは大きな間違いだ。決して彼の基調講演が直接製品の成功を導いたわけではない。

ちょっと考えていただきたい...。我々は確かにスティーブ・ジョブズのプレゼンは素晴らしいと絶賛するが、それは彼が単に舞台俳優のようにその場を上手にこなし我々を楽しませてくれるからではない。
忘れてもらっては困るが、彼が「素晴らしい」と誇示するMacintoshやiPod、iPhoneやiPadが例え好き嫌いはあってもそれらは確かに素晴らしい製品であることがまず前提だ。
もし多くのユーザーの手に渡った後にブーイングされるような製品をAppleが作ってきたのなら市場やユーザーはスティーブ・ジョブズの基調講演に良い席を取ろうと列んで待つような愚行は決してしないだろう。
我々はかつてMacintoshの登場も含め、iPhone, iPad, iPodが素晴らしく魅力のある製品だからこそそれらを求め、またそれらを鼓舞するスティーブ・ジョブズの物言いを信用するのだ。
我々ユーザーは決して馬鹿ではない。少しも面白くない製品をただただプレゼンの名手といわれるスティーブ・ジョブズが薦めたから買うのだろうか。無論そんなことはない。
「スティーブ・ジョブズ驚異のプレゼン〜人々を惹きつける18の法則」の帯にある物言いはiPhone, iPad, iPodユーザーに失礼であろう。

こうしたことは結果論だが忘れがちであり、プレゼンのノウハウ本などには書かれていることはほとんどないが重要なことである。つまらないものを大げさに鼓舞するだけならそれは詐欺である(笑)。観客は一度ならだませるかも知れないが次の熱狂を期待することはできない。そしてプレゼンター自身がその製品を120%知り尽くし、画期的で素晴らしい製品だと心から思っていなければ上辺だけの演技による熱意など聴衆にすぐ見破られてしまうだろう。
どこかのメーカーの社長のように、自信満々に掲げた新製品が上下逆さまだったというようなていたらくではプレゼンが上手下手以前の問題なのだ。

[プレゼンする相手により話し方や内容は変わることを知れ]
それに文字通り基調講演といった大がかりな場ではないケースでは聴衆はさまざまだ。
Macworld ExpoとかWWDCならそこに集まっている人たちが何を期待しているのかは分かっているが、場合によっては懐疑的な人たちが多い場所でのプレゼンだってあり得る。大切な事だが万人に受けるプレゼンというものはほとんど成立しない。
その場にどのような人々が集まるのかをきちんと認識し、その人たちに見合う話し方をしなければ決して支持されないだろう。
私自身の経験からいえば、基調講演のような壇上に立ってのプレゼンは比較的易しい部類に属す。なぜなら集まっている人たちはそこで何が起きるのかを知っているし、こちらも観客が何を期待しているかを分かっているからだ。

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※筆者による自社プライベートイベントのプレゼンの一コマ。個人的には壇上にあがる大規模なものより聴衆が眼前にいるこうした小規模プレゼンの方が難しい


逆に難しいのは街頭や展示会などで不特定多数の行き来する人たちの注意を引き、足を止めさせ、ブース周りに近づいてもらうことだ。
要は壇上でスピーチするやり方と街頭や展示会場...ブース内でのデモといった場所では規模の大小はともかく基調講演と同じ話し方では絶対にうまくいかない。

だから、スティーブ・ジョブズをプレゼンテーションの好例とすることは良いとしても、「基調講演のプレゼンをお手本にしましょう」というだけでは発展もなければ応用もきかずオリジナリティも生まれない。
昨今はスティーブ・ジョブズもAppleという会社も一昔前とは雲泥の違いでメジャーな存在になった。だからこそジョブズの名前を冠につければ書籍に限らず目立つし注目もされる。しかし我々はジョブズではないのであり、彼にならって黒いシャツにジーパンで登壇したからといって受けるわけではない(笑)。

[好感を持たれるような演出を]
基調講演もそうだが、聴衆に好感を持ってもらうためにはただ話しが上手であれば良いというものではない。服装、歩き方をはじめとしたボディランゲージ、表情などにも神経を使う必要がある。壇上の人物はそれだけでも偉そうなのに態度がどこか不遜と受け取られては大きなマイナス点である。
かつてAppleのCEOであったジョン・スカリーはMacworld Expo基調講演時、西海岸のサンフランシスコではTシャツ、東海岸のボストンではスーツにネクタイとスタイルを分けて演出していた。無論ボストンでTシャツ姿のときもあったが...。

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※Tシャツ姿のジョン・スカリー氏によるプレゼンテーション


個人的にはTシャツ姿のスカリーはどこか痛々しくて気の毒な感じもしたが、西海岸では堅苦しい雰囲気を与えないように、そして東海岸では旧来の大企業およびそれらのCEOたち、銀行や投資家たちを意識した演出だった。
したがって具体的には練習時に全身が写る鏡の前でやってみることも大切だし、幾度かは自分の姿をビデオに撮り全体の雰囲気や表情を研究するとよい。

[健康でなければならない]
最後にプレゼン...すなわち滑舌よく明瞭にそしてよどみなく喋るためにとても重要なことがあるのでそれに触れておきたい。
それは自身の口唇や歯の健康についてである。
毎日喋りが多かった時代、私はよく舌を傷つけたことがある。一度は声帯を傷つけ声がまったく出なくなったことがある。
その原因は虫歯を治療し金属を被せた歯にどういうわけか舌がよく当たったからだ。舌に小さな傷がついただけで喋りは大変辛いものとなるだけでなく滑舌が回らなくなる。
またお恥ずかしい話し、現在加齢も関係し歯の具合が良くないので遅ればせながら長期戦を覚悟して歯科医院に通っているが、1本歯を抜くと思うように喋れなくなるのだから困ったことだ。
したがって良いプレゼンを行うにはこれまで述べたいわゆるノウハウと同時に歯を健康に保つことが重要である。勿論人前で魅力的に振る舞うには歯だけでなくまずは健康でなければ話しにならない。風邪で咳き込んでいる人物に上手なプレゼンができるはずもない。

こんなあれこれを考えながら「スティーブ・ジョブズ驚異のプレゼン〜人々を惹きつける18の法則」をひとつの参考書とするのは確かにステップアップに寄与することになるだろう。しかし理想はあくまでも「スティーブ・ジョブズのように」ではなく「貴方だけにしかできない」プレゼンテーションを演出していただきたいと願っている。

スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン〜人々を惹きつける18の法則
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Author:mactechlab
主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。また直近では「木挽町お鶴捕物控え」を発表している。
2018年春から3Dプリンターを複数台活用中であり2021年からはレーザー加工機にも目を向けている。ゆうMUG会員