「ジョブズ伝説」著者、高木利弘氏独占インタビュー(後編)
新刊「ジョブズ伝説」の筆者であるメディアプロデューサーでMACLIFE誌編集長だった高木利弘さんへの独占インタービュー後編をお届けする。本インタビューはこの11月27日(日曜日)にFaceTimeを使って行われたものだが、話しは次第に白熱し組織論に至る...。インタビューは1時間半以上にも及んだ。
高木 ジョブズはそういうタイプの人物ですが、その強さってのは凄いですよね。退かないわけですから。「ジョブズ伝説」では触れなかったのですが、例のストックオプションの価格変更問題がそうなんですね。2000年くらいに、Appleが、ジョブズの功績に対してストックオプションを出すと決めたわけですが、その変更に対して、普通では理解できない「こだわり」を示したのです。
松田 そうですね。それが後々大問題になりますが…。

※高木利弘著「ジョブズ伝説」三五館刊の表紙
高木 商法違反ではないかといった問題になるわけですね。でも、あの「こだわり」というのは非常に奇妙な話です。年俸は1ドルでいいといっているジョブズが、なぜ、そんなことに拘るのか。つまり普通の常識では考えられない「こだわり」です。
松田 普通だったら、まあいいか…の世界ですね。
高木 そうそうそう。しかしなぜこだわったか。彼にとって減額されたことが問題ではなく、決めたことを変えられた、そのことが問題だったんですね。
松田 うんうん。
高木 たぶんジョブズ自身、変えられないことだと思うんですよ。そういう確信を持って信念を突き進むという性格だったからこそ、これだけ偉大なことができたわけじゃあないですか。
松田 そういうことですね。
高木 まあ、いいや…では出来得なかったわけですよ…(爆)。
松田 ジョブズ自身のことについては後でもお話ししていただきたいのですが、そう「ジョブズ伝説」から外れますが、1986年からこれまでずっとメディアの立場でAppleを見て、そして付き合ってこられたわけですね。そして読者に大きな影響を与えてこられた当人として…ジョブズと言うより25年ほどもアップル、Appleという会社に対しての…無論ジョブズのいないときといる時がありますが、トータルな印象をお聞かせください。
高木 …ジョブズはAppleという会社も自分の作品だと言っているわけですね。
松田 ええ。
高木 まさにそういう意味においていうと、彼は…コンピュータも一種の組織で動作しますよね。ハードウェアとしての組織(organization)…。で、人間の組織が会社ということですから、組織作りの理想を目指した中でひとつの理想を実現したのは間違いないわけですね。どういうことかというと、ジョブズがCEOを辞任する2週間前くらいですね、Appleの時価総額が世界一になった。あのガレージから始めて、35年間で時価総額世界一の会社を作れる人間はそういない。
松田 まったく創立者の命が無くなるという直前にね…。先ほどの話しではないけど小説だったら巧すぎますよね。
高木 上場企業の社長が追い出されて、戻ってきてそこを立て直して世界一の会社にする。そんな小説、書けませんよ、普通は(笑)。でですね、彼のポリシーを受けたもの凄く強い「チーム」という言い方をしていますね、非常に強いチーム作り。それにジョブズという1人の…まあ監督ですよね、鬼の監督がいてですね、そこにいるチームスタッフは…たぶん僕のイメージでは…アメリカンフットボールの最強チーム。
松田 うん。

※Think differentとしても使われたMacintoshの主な開発チームメンバーたち
高木 ひとりとひとりの個人能力が高いだけでなく、チームプレイができるもの凄いチームだと思います。ただしこれは、製品作りということではね…このチームでいいと思うんですよ。つまり良いものが作れますから。でもやっぱり色々と問題だなと感じるのは、その…カスタマーとのコミュニケーション…。つまりカスタマーは皆天才でもないし…。
松田 ビジネスといっても作る部門だけでは成り立ちませんからね。
高木 そうです。
松田 売らなければならないし、マニュアルも作らなければ、そしてサポートもしなければならない。
高木 そういうところにまでジョブズの「こだわり」は徹底できないだろうと。そこの矛盾というのを随所に感じてきました。たとえば、アップルジャパンに何を言っても埒があかないという経験を何度もしました。これって、ジョブズの理想なのかな…という気はします。
松田 はい。
高木 で、やはりジョブズという希有の天才がね完璧な組織を目指す、それで結果を出したことは素晴らしいけれども…そう例えばローリーン・パウエル…「スティーブ・ジョブズ」の中にティナ・レドセ…自分が愛した女性はローリーンとレドセの2人だけだという話しがありますね。そのレドセの言葉で非常に印象的だったのは、「自分は自分の美学を人に押しつけるものではないと思っている」と。で「ジョブズは自分の美学を押しつける人だ」という表現をしています。ですから、ジョブズの美学を受け入れられる人はいいけれども、受け入れられない人もたくさんいる。
松田 そうですね。
高木 で、そういう人たちに対してAppleという会社は今後どうするんだろうという思いはあります。たとえば、AppStoreでは、アプリを1つ1つ審査するわけですが、電子書籍を許可するしないという問題が起きました。
松田 はい。
高木 中身がAppleのポリシーに合わないとリジェクトするいうことが起きました。
松田 はい。
高木 普通に書店で売られているものでもダメ。そして、それぞれの国ごとにカルチャーの違いがあるわけですが、それを一律にアメリカの価値観で切ってしまう。
松田 はい。
高木 アメリカの価値観、Appleの価値観を押し付ける形で、書店をやるというのは無理ではないかと思うんですね。その点は、アマゾンのほうが柔軟です。
松田 なるほど。
高木 ですから、これからもAppleには素晴らしい製品を作り続けていって欲しいわけですが、やはりサービスと、カスタマーリレーションに関しては、今のスタイルというのは行く行く限界が出てくるのではないかという懸念があります。
松田 う〜ん。まあもうひとつ別の質問として、ジョブズがいなくなったAppleの近未来はどのように予想されますか…というのを用意していたんですけどね。それにも通じる今のお話しですが、続けて補足などがあれば…。
高木 そうですね。ひとつオープンかクローズかという議論があるわけですね。
松田 はい。
高木 Appleはクローズであると…。
松田 ええ。
高木 で、インターネットはオープンなので、オープンな時代が来ると。しかしこれは単純な問題ではないなあと思ったんですね。
松田 はい。
高木 で、それはジョブズにとってオープンとかクローズという単純な問題ではないと…。ジョブズ自身は、「統合か分離かの問題である」という言い方をしています。
松田 なるほど。
高木 私は、ジョブズの言い方のほうが正しいと思います。つまりソフトウェアとハードウェア、サービスなどを全部統合して、最高のものを提供するという考え方と、これらを分離する考え方の対立があるわけです。そして、分離したウィンドウズで、歴史に残るような名機があっただろうかと。ないですよね(笑)。では、アンドロイドはどうか、アンドロイドで歴史に残る名機は出てくるのだろうかということになるわけです。
松田 考えられないでしょうね。
高木 (笑)。ということは、ジョブズのいう「統合」が正しいあり方なのです。
松田 う〜ん。
高木 ただし、統合したサービスを提供するという考え方は正しいし、これが最高のものを作る上で必要不可欠だということは間違いないんですけど、その時にAppleがビッグブラザーにならないという保証はないんですね。
松田 そういうことですね。ということは、そうなると…私の偏屈な持論でもあるんですが、昨今ジョブズの知名度も高くなり私から見るとビジネスになるからと何でもかんでもジョブズを題材にした本や雑誌が多々登場してきましたね。その中でジョブズを天才と呼んだり神と呼んだりするケースも見受けられ…正直カチンとくるものもあるんですよ。ただこうした偉人、優れた人物から何かを学ぼうとすることは尊いことですけどジョブズはジョブズ以外の誰でもなく、先ほどの統合といった思惑を知れば知るほど、彼のプレゼンを真似ればビジネスが成功し一流の経営者になれるというわけでは決してないように思うんですよ(笑)。
高木 そうですね。はい。
松田 そうなりますと、どうなんでしょうか。我々はジョブズから学べることはあるんでしょうか。
高木 「魂の入った製品作り」これを我々日本人は忘れていませんか、ということを言いたいですね。
松田 はい。
高木 機械は機械なんだけども、完成度の高さを追求するということだと思うのです。「機械なのだから、機械のままでいい」という妥協を、ジョブズはしなかったわけです。
松田 う〜ん。
高木 で、つまりより完成度の高い製品を作るということが、「魂が入った製品作り」ということなのですが、それを実現するためには、最高のテクノロジーと最高のリベラル・アーツの交差点にいないとできない。
松田 例えば、そのAppleがここまで成功し、ソニーが一時代前の輝き・勢いを完全に失っている。で、禅の精神や職人気質を尊ぶといったDNAは現在の我々の中にも脈々と存在する…持ってるはずだと思っているのですが、ソニーや他の大会社もそうした点が重要だということに気がつかないはずはないとも思うんですよ。頭がよい方達が沢山いらっしゃるはずですから…。
高木 ジョブズが着ているあの黒いタートルネックは、三宅一生の作ったものなわけですが、そこには深い意味があったんですね。ジョブズがソニーの盛田さんに「なぜ社員はみんな制服を着てるんですか」と聞いたときに、盛田さんが恥ずかしそうに、「戦後まもないころは、会社が服を用意しなければならなかった」と答えたのだそうなんですね。戦後の焼け野原で何もない時代に、皆で力を合わせてソニーという会社を作っていった。
松田 はい。
高木 で、そのときに制服は「協調」、つまり「コラボレーション」のシンボルだったんですね。
松田 確かに制服というのは本来企業でなく学校でも良い意味で共同体の絆を強くするシンボルですよね。
高木 そうですね。ジョブズは、ずっと盛田さんのことを尊敬していたし、盛田さんが亡くなったときに、プレゼンテーションの中で追悼もしてますよね。
松田 はい。

※1999年Apple Special EventのKeynote冒頭でソニーの盛田昭夫氏を追悼するスティーブ・ジョブズ
高木 井深さん、盛田さんのソニーと、今のソニーは違ってきてしまっているわけです。なぜ、ソニーがダメになっていったか。Appleでは、部門間の採算というのはなく、全社的に利益を出すという形でコラボレーションしないとその部門長は首になるというのです。ところが、日本の大企業では、部門間の足の引っ張り合いが当たり前のように行なわれているじゃないですか。
松田 はい。
高木 と、すごく当たり前のことなわけですが、部門間で足の引っ張り合いをしていて成功するわけはないですよね。
松田 私自身会社をやっているときにそうした経験をしたことがありまして…。キヤノンのまったく別の部門から…確かスキャナ関係の企画だったと記憶してますが同じような製品開発を進めていて、そのMacintosh用のアプリケーションを作って欲しいという依頼が別々に来たことがありました。キヤノンの親しい方に差し支えのない範囲でその旨をお伝えしたのですが、その方いわく自分たちの会社は多くの部門を抱えているが、各部門は他の部門の先を越そうと努力しているもののコラボレーションはほとんどしていないと。だから他の部門が何をやっているのかという情報は得られず、自分たちはこの状態を「縄のれん状態」と呼んで戒めているがなかなか巧くいかないと…。
縄のれんの下がっている紐の一本一本が部門だとして、通常はそれぞれ触れ合うことがない…。ただし誰かが縄のれんをくぐって手を触れると紐と紐が触れ合い部門間の情報が交差することがあるんですよと。うまいことをいうなあとその時は笑いましたが、これは大企業ほど切実な問題のようです。そこまで理解しているのに組織としてはうまくいかない…。
高木 ですから組織論なんですよ。ジョブズから学ぶべき事はね。組織はどうあるべきか…。
松田 なるほどね。
高木 ジョブズはAppleという会社を作って、ベンチャーから大きくなったわけですから…当初内部はめちゃくちゃだったんでしょう。そんな中にヒューレットパッカードなどから優秀な…MBAを持った人材が来たわけじゃあないですか。それでなおぐちゃぐちゃになったという経験をしています。

※Apple本社エントランス。2000年に松田が撮影。まだ6色Appleロゴが輝いていた
松田 Lisaプロジェクトのリーダーだったジョン・カウチなんかも本来は優秀な人材だったわけです。
高木 そう。その中でジョブズが学んだのは、学歴とか大企業にいたという経験ではないんだと。それよりもパイレーツですよ。海軍ではなく海賊になろうですよ。
松田 うん。
高木 パイレーツが少人数でしかも自分たちの能力を超えたものを作るという組織が事を成すんだと。それを実際にやったわけじゃあないですか。ジェフ・ラスキンなんかは「あいつは盗んだ」とか言ってますが、ラスキンの弟子のビル・アトキンソンはそんなことはないと言ってますよね。つまりジョブズがいなかったらあのチームはまとまらなかった。
松田 そうですね。あのMacintoshも生まれなかったと。
高木 ですから、そのチームをまとめる…で例えば…合宿をしますよね。合宿をして、例えば、ホテルのプールで女の子が素っ裸で泳いでいるというシーンがあるんですよ。ですからメチャクチャなわけですよね。でもそれは解放の部分であってミーティングはもの凄く、スタンフォード出の優秀な連中にフリーディスカッションを仕切らせるわけです。そのディスカッションは、どの部門であるかにかかわらず、徹底的に問題の洗い出しをするのですね。
松田 はい。
高木 それをまとめていく…。でそれで製品を作っていくわけですね。で、こういう…なんて言うんですかね、垣根を越えたチームワーク、それをひとつにまとめていくリーダーがいるわけですね。つまりリーダーシップのもとでディスカッションさせ、最終的にはリーダー達が決めていくと。そういうチームワークといったものがなければMacintoshは出来なかったわけですね。たぶんLisaの場合もApple IIIの場合も、僕の書いた委員会方式というのがあるんですよ。
松田 委員会?
高木 委員会って何か聞こえはいいじゃあないですか。委員が皆出てね、ご意見を言ってね…。しかしろくなものはできませんよ。
松田 ふふふっ(笑)。
高木 ねぇ。で、その委員会方式で国も運営されているし、あらゆる企業もその形で運営されている…。で、ろくでもないものを作っているではないですか。これはものに対してのアンチテーゼなんですね。で、このチームワークの合宿の原点というのはジョブズにとってコミューンだと思うんですよ。ヒッピーの…。
松田 はい。
高木 ヒッピーの…あの反体制の連中が理想に燃えてコミューンを作っていくというところから彼は学習していて、それをビジネスに応用したのが3回くらいやったチーム合宿なんだと…。そのチーム合宿の中でMacintoshは完成していくわけですよね。そう考えると僕はそこにビジネスに対してひとつのヒントがあると。なんて言うんですかね、まさに委員会方式といった体裁だけ形式だけの民主主義みたいなのはダメだと…。
松田 …。
高木 ということですね。それで歴史は面白くて共和主義と帝国制というのが繰り返すんですよ。まあ、皆の意見を取り入れますと民主主義をやるんだけど、どうにも機能しなくなって戦争が始まったりすると強い独裁的なリーダーが望まれるわけですね。これはAppleだけの問題ではなく、我々人間というものが組織を作って…どう理想的な組織を作るのかという問題で、その時にジョブズという存在はひとつの理想をみせたな…と。で、要するにそのプロのスポーツチームのチームプレーというのはそういったものですよね。
松田 はい。
高木 それぞれが凄い能力を持っているけれども、コラボレーションしなかったら勝てない。というような、ある目標に向かって最高の結果を出すために全体がコラボレーションする仕組み…というのはMacintosh開発の中で行われたことだし、Appleという会社の中でも行われてきたことだと思うんですね。それを…ひとつの学ぶべき事、つまり何故我々はスポーツを見て感動するのか。民主主義的な手続きを踏んでなんていっているスポーツなんて面白くないですよね(笑)。
松田 勝つにはどうしたらよいかがポイントですからね。
高木 そうそう、そこに感動が生まれるわけじゃあないですか。ということはそこにひとつの理想があるのではないかと思うんですね。チームのあり方、組織のあり方に対して彼が我々に対して突きつけたひとつの命題ではないかと思うんです。つまり、ソニーがダメになっているのは、その縄のれんだからで、日本の企業は全部縄のれんなわけですよね。マネジメントがダメなわけです。オリンパスや大王製紙は氷山の一角にすぎません。
松田 そうですね。
高木 旧来からの、実は江戸時代からの話しなんですけど…江戸時代というのはですね、変化してはいけないわけですね。
松田 体制側は変化を望まないわけですね。
高木 はい。そのためになにをやったかというと、まさに合議制なんですよ。あらゆる役職に2人ずつつけて合議しなければ進まないようにしたから全部進まないんですよ。それは止めるための仕組みですよね。
松田 はい…。
高木 そのシステムというのがいまだに生きていると思うんですね。つまり誰も責任を取らずに言うことだけ言ってね、言いっ放し…といったようなことが許されてしまう仕組みに問題がある。
松田 なるほど。
高木 今、日本が直面している問題は、きちんと目標に向かって強いチームを作ってチームワークで結果を出していくという組織に変わらない限り、この国はもう危ないぞという状況にあるわけです。そういうところをジョブズに学ばなければいけませんよね。
松田 そのためには、ジョブズの真似というのは語弊がありますけど、チームをまとめるかなり優秀な監督が不可欠ですよね。
高木 ええ…。
松田 それは、そうしたことは我々にもできるものでしょうか。
高木 できると思います。というのは、まず思ったのは大松監督だなと…。
松田 鬼ですか(笑)。
高木 (笑)。鬼の大松監督です。だけど、なでしこジャパンの佐々木則夫監督でもいいわけですよ要は、どういうスタイルであれ、チームをまとめ引っ張っていくリーダーが必要で、そうした人材は日本にもたくさんいると思います。
松田 う〜ん。別にワンパターンである必要は無いと…。
高木 いろいろなパターンがあってよいし、大松監督ばっかりでなくてもいい。
松田 全部がジョブズである必要は無いと…。方法はいろいろあると。
高木 そうです。要するに有機的な連携ということです。有機的な連携を実現している世界か、無機的な連携していない世界かいうことなのです。有機的な連携が出来るチーム作りをできるリーダーが必要なのです。で歴史が示しているのは、そうしたリーダーがいないのではなく、いるのだけど選ばれないということが問題なのです。
松田 ええ。
高木 それは何かというと、まあ我々がいうのもなんなのですが、老害なわけです(笑)。社会のシステムが固まっているときには、優秀なリーダーはなかなか出てこない。それが、戦国時代とか明治維新とか、戦後の焼け野原とかという時期には、出てくるんですね。
松田 ええ…。
高木 いるし、いるんだけど潰されている…今はね。そのリーダーとなるべき人間を見つけ出し、リーダーと担いで組織を作り直すというように切り替わればですね、日本も切り替われると思います。
松田 この閉塞感の中でそろそろ新しい形の…幕末のリーダーみたいな人たちが出てくる時代になってきたんですかね。
高木 そう思いますね。
松田 ジョブズがこれだけ求められるというのはやはり意識的、潜在的に彼のようなリーダーが必要だと…。
高木 そうですよね。なぜいま世界中でジョブズがね、これだけ読まれているかといえばまさに待望論ですよね。
松田 待望論ね…。
高木 で、500年前にも同じ事が起きているんですね。まず、印刷技術革命という情報技術革命があって、それが宗教革命、産業革命、市民革命へつながっていくという歴史を我々は体験している…。情報革命がなぜそれだけのことを起こすかというと、社会組織は情報交換で成り立っているからです。組織の中でまず情報の仕組みが変わるというのが重要ですよね。そうするとそれに基づいた新しいチーム作りができるようになんるんですけども、そのとき我々が体験したのは…流血の歴史ですよね。
松田 う〜ん...はい。
高木 フランス革命もそうですし、第一世界大戦、第二次世界大戦を経て、現代の地域紛争にも繋がっている。こうした流血の歴史を経なければ、我々は変化してこれなかった。ジャスミン革命というのは、IT革命の次にきた宗教革命ですよね。
松田 ほんとですね。
高木 意識が変わればこれだけ変わるということなんですね。で、但しこの後出てくるのはイスラム革命なんですよね。フランス革命のとき、自由、平等、博愛を掲げる革命軍は、スペインに行って残虐行為を行なった。それをゴヤが描いたわけですよね。
松田 確かにねぇ…。
高木 我々は今、IT革命の中を生きている。IT革命はよく「大航海」にたとえられるのですが、その中でどういう方向に行けばいいか、それを示す「羅針盤」がジョブズであると思うのです。我々はいま、どこへ向かうべきか方向を見失い、漂っていますよね。そうしたときに、ジョブズに立ち返って考えることが、とても重要なことではないかと。
松田 なるほど。…よい〆になってきましたね。
高木 はい(笑)。
松田 で、ご質問としては最後になりますがこのインタビューは勿論「ジョブズ伝説」という本をより多くの方々によんでいただくきっかけづくりなわけですが、最後に著者からお勧めの言葉でも…いただければと。売り言葉を(笑)。
高木 ジョブズがやったこと、Appleが成し遂げたことというのは、日本の思想や文化なりに触発されて出したものだということを、ぜひ認識して欲しいと思うわけです。
松田 そうするとまあ、うがった見方になりますけど我々の自信回復にも繋がるという気がしますよね。
高木 「ジョブズ伝説」を読んで、我々日本人の原点に立ち返ってほしい、元気なってもらいたいということを言いたいです。そして、その中のキーワードは「魂が入った製品作り」というものです。
松田 なるほど。
高木 それから、「魂の入った組織作り」ですね。

※Face Timeで会話中の高木利弘さん。「魂の入った製品」「魂の入った組織作り」を熱く語る
松田 はい。
高木 何故、今、日本の製品が売れないのか、それは、「魂が入った製品作り」を忘れてしまったからです。何故、今、日本の組織はダメになっているのか、それは「魂が入った組織作り」を忘れてしまったからです。非常に説明するのは簡単です。しかし、この問題を解決するには、まさにもの凄い高度なテクノロジーともの凄い高度なリベラル・アーツを融合させることが必要なわけです。職人芸、職人魂というのは、そう簡単に会得できるものではありません。でも、その原点が遠いところにあるのではなく、我々の歴史の中にあるということを知ることが大切ですね。
松田 我々のDNAに刻まれていると。
高木 そうなんですよ。で、ジョブズが凄いなあと思うのは、フェイスブックのザッカーバーグや、あれだけ敵視していたグーグルであっても、ラリー・ページが訪ねて来たり、あるいは、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグが訪ねてくると、親身になってアドバイスをしていますよね。
松田 はい。
高木 で、そういう意味で言うと、日本でも、世界を変えたいというような志を持っている若い連中がいたら、どんどんアドバイスをし、彼らが活躍できる場を提供する仕組みを作ればいいのです。そうすれば、きっと日本は元気になると思います。
松田 …。
高木 世界的に見てこんな恵まれている国はないと思います。優秀な人材はたくさんいるのです。問題は、それをどう組織化するかだけなのですから。
松田 ええ。
高木 ジョブズは「世界を変える」と言い続けて、本当に世界を変えてしまいました。
松田 はい。
高木 理想的な方向に変えたいという願いを強く持って実現するということが大事なんですね。そして、そのために皆が力を合わせることが。結構いまのインターネットって、方向感を見失っていますよね。若者は職がない。経済危機も起きている。これは、旧来の仕組みとが制度疲労を起こしているということだけでなく、インターネットが職を奪っているという側面もあります。
松田 確かにね。
高木 インターネットが普及したから、本屋の店員さんが職を失うということもあるわけです。情報化というのは、従来の職業を無にしてしまうところがある。一方、新しい職業が生まれる種もそこにあるわけです。
松田 そうですね。先に例としておっしゃったグーテンベルグの登場にしてもまさにそういうことですよね。
高木 そうです。
松田 印刷というテクノロジーが登場したおかけでそれまで本を筆記していた職業がいらなってしまったわけですし、それは近年のDTPにしても同じですね。
高木 新しいIT技術が、従来の職業を全部リセットして、新しい職業を作る段階でなわけですが、それを速やかに良い方向へ向けて進めないと、悲惨な事態が待っているわけです。強制的に、理不尽なやり方で行なうということになりかねない。
松田 はい、はい。
高木 オープンといえば聞こえがいいけど、オープンというのは実は無責任につながるんですよ。実際、アンドロイドでそうした問題が起きていますよね。
松田 うん。
高木 ウィルスに感染したり、詐欺にあったりとか。大谷和利さんは、中世の城塞都市に住むのがいいか、荒野の無法地帯に住むのがいいかといった例え方をしています(笑)。
松田 (笑)。
高木 何でも知っていて自分でできるという人にはいいですが、普通の人にとって荒野は、危険なだけです。
松田 (荒野に)解き放されたってねぇ、何ができるかってことですね。
高木 いまのインターネットもそういう状態だと思います。皆解き放たれて、失落する自由しかない。
松田 なるほどね。
高木 あなたは、機械のように使い捨てにされてもいいですか、それともちゃんと人間らしく扱ってもらいたいですか、ということにつながっていくと思います。
松田 はい、そうですね…。ありがとうございました。高木さんがお書きになった「ジョブズ伝説」は我々が直面している問題をあらためて直視していかにしたら製品や組織というものに魂を吹き込むことができるか、日本の社会を良くしていくことができるかということを再考するきっかけになると思います。
(完)
高木 ジョブズはそういうタイプの人物ですが、その強さってのは凄いですよね。退かないわけですから。「ジョブズ伝説」では触れなかったのですが、例のストックオプションの価格変更問題がそうなんですね。2000年くらいに、Appleが、ジョブズの功績に対してストックオプションを出すと決めたわけですが、その変更に対して、普通では理解できない「こだわり」を示したのです。
松田 そうですね。それが後々大問題になりますが…。

※高木利弘著「ジョブズ伝説」三五館刊の表紙
高木 商法違反ではないかといった問題になるわけですね。でも、あの「こだわり」というのは非常に奇妙な話です。年俸は1ドルでいいといっているジョブズが、なぜ、そんなことに拘るのか。つまり普通の常識では考えられない「こだわり」です。
松田 普通だったら、まあいいか…の世界ですね。
高木 そうそうそう。しかしなぜこだわったか。彼にとって減額されたことが問題ではなく、決めたことを変えられた、そのことが問題だったんですね。
松田 うんうん。
高木 たぶんジョブズ自身、変えられないことだと思うんですよ。そういう確信を持って信念を突き進むという性格だったからこそ、これだけ偉大なことができたわけじゃあないですか。
松田 そういうことですね。
高木 まあ、いいや…では出来得なかったわけですよ…(爆)。
松田 ジョブズ自身のことについては後でもお話ししていただきたいのですが、そう「ジョブズ伝説」から外れますが、1986年からこれまでずっとメディアの立場でAppleを見て、そして付き合ってこられたわけですね。そして読者に大きな影響を与えてこられた当人として…ジョブズと言うより25年ほどもアップル、Appleという会社に対しての…無論ジョブズのいないときといる時がありますが、トータルな印象をお聞かせください。
高木 …ジョブズはAppleという会社も自分の作品だと言っているわけですね。
松田 ええ。
高木 まさにそういう意味においていうと、彼は…コンピュータも一種の組織で動作しますよね。ハードウェアとしての組織(organization)…。で、人間の組織が会社ということですから、組織作りの理想を目指した中でひとつの理想を実現したのは間違いないわけですね。どういうことかというと、ジョブズがCEOを辞任する2週間前くらいですね、Appleの時価総額が世界一になった。あのガレージから始めて、35年間で時価総額世界一の会社を作れる人間はそういない。
松田 まったく創立者の命が無くなるという直前にね…。先ほどの話しではないけど小説だったら巧すぎますよね。
高木 上場企業の社長が追い出されて、戻ってきてそこを立て直して世界一の会社にする。そんな小説、書けませんよ、普通は(笑)。でですね、彼のポリシーを受けたもの凄く強い「チーム」という言い方をしていますね、非常に強いチーム作り。それにジョブズという1人の…まあ監督ですよね、鬼の監督がいてですね、そこにいるチームスタッフは…たぶん僕のイメージでは…アメリカンフットボールの最強チーム。
松田 うん。

※Think differentとしても使われたMacintoshの主な開発チームメンバーたち
高木 ひとりとひとりの個人能力が高いだけでなく、チームプレイができるもの凄いチームだと思います。ただしこれは、製品作りということではね…このチームでいいと思うんですよ。つまり良いものが作れますから。でもやっぱり色々と問題だなと感じるのは、その…カスタマーとのコミュニケーション…。つまりカスタマーは皆天才でもないし…。
松田 ビジネスといっても作る部門だけでは成り立ちませんからね。
高木 そうです。
松田 売らなければならないし、マニュアルも作らなければ、そしてサポートもしなければならない。
高木 そういうところにまでジョブズの「こだわり」は徹底できないだろうと。そこの矛盾というのを随所に感じてきました。たとえば、アップルジャパンに何を言っても埒があかないという経験を何度もしました。これって、ジョブズの理想なのかな…という気はします。
松田 はい。
高木 で、やはりジョブズという希有の天才がね完璧な組織を目指す、それで結果を出したことは素晴らしいけれども…そう例えばローリーン・パウエル…「スティーブ・ジョブズ」の中にティナ・レドセ…自分が愛した女性はローリーンとレドセの2人だけだという話しがありますね。そのレドセの言葉で非常に印象的だったのは、「自分は自分の美学を人に押しつけるものではないと思っている」と。で「ジョブズは自分の美学を押しつける人だ」という表現をしています。ですから、ジョブズの美学を受け入れられる人はいいけれども、受け入れられない人もたくさんいる。
松田 そうですね。
高木 で、そういう人たちに対してAppleという会社は今後どうするんだろうという思いはあります。たとえば、AppStoreでは、アプリを1つ1つ審査するわけですが、電子書籍を許可するしないという問題が起きました。
松田 はい。
高木 中身がAppleのポリシーに合わないとリジェクトするいうことが起きました。
松田 はい。
高木 普通に書店で売られているものでもダメ。そして、それぞれの国ごとにカルチャーの違いがあるわけですが、それを一律にアメリカの価値観で切ってしまう。
松田 はい。
高木 アメリカの価値観、Appleの価値観を押し付ける形で、書店をやるというのは無理ではないかと思うんですね。その点は、アマゾンのほうが柔軟です。
松田 なるほど。
高木 ですから、これからもAppleには素晴らしい製品を作り続けていって欲しいわけですが、やはりサービスと、カスタマーリレーションに関しては、今のスタイルというのは行く行く限界が出てくるのではないかという懸念があります。
松田 う〜ん。まあもうひとつ別の質問として、ジョブズがいなくなったAppleの近未来はどのように予想されますか…というのを用意していたんですけどね。それにも通じる今のお話しですが、続けて補足などがあれば…。
高木 そうですね。ひとつオープンかクローズかという議論があるわけですね。
松田 はい。
高木 Appleはクローズであると…。
松田 ええ。
高木 で、インターネットはオープンなので、オープンな時代が来ると。しかしこれは単純な問題ではないなあと思ったんですね。
松田 はい。
高木 で、それはジョブズにとってオープンとかクローズという単純な問題ではないと…。ジョブズ自身は、「統合か分離かの問題である」という言い方をしています。
松田 なるほど。
高木 私は、ジョブズの言い方のほうが正しいと思います。つまりソフトウェアとハードウェア、サービスなどを全部統合して、最高のものを提供するという考え方と、これらを分離する考え方の対立があるわけです。そして、分離したウィンドウズで、歴史に残るような名機があっただろうかと。ないですよね(笑)。では、アンドロイドはどうか、アンドロイドで歴史に残る名機は出てくるのだろうかということになるわけです。
松田 考えられないでしょうね。
高木 (笑)。ということは、ジョブズのいう「統合」が正しいあり方なのです。
松田 う〜ん。
高木 ただし、統合したサービスを提供するという考え方は正しいし、これが最高のものを作る上で必要不可欠だということは間違いないんですけど、その時にAppleがビッグブラザーにならないという保証はないんですね。
松田 そういうことですね。ということは、そうなると…私の偏屈な持論でもあるんですが、昨今ジョブズの知名度も高くなり私から見るとビジネスになるからと何でもかんでもジョブズを題材にした本や雑誌が多々登場してきましたね。その中でジョブズを天才と呼んだり神と呼んだりするケースも見受けられ…正直カチンとくるものもあるんですよ。ただこうした偉人、優れた人物から何かを学ぼうとすることは尊いことですけどジョブズはジョブズ以外の誰でもなく、先ほどの統合といった思惑を知れば知るほど、彼のプレゼンを真似ればビジネスが成功し一流の経営者になれるというわけでは決してないように思うんですよ(笑)。
高木 そうですね。はい。
松田 そうなりますと、どうなんでしょうか。我々はジョブズから学べることはあるんでしょうか。
高木 「魂の入った製品作り」これを我々日本人は忘れていませんか、ということを言いたいですね。
松田 はい。
高木 機械は機械なんだけども、完成度の高さを追求するということだと思うのです。「機械なのだから、機械のままでいい」という妥協を、ジョブズはしなかったわけです。
松田 う〜ん。
高木 で、つまりより完成度の高い製品を作るということが、「魂が入った製品作り」ということなのですが、それを実現するためには、最高のテクノロジーと最高のリベラル・アーツの交差点にいないとできない。
松田 例えば、そのAppleがここまで成功し、ソニーが一時代前の輝き・勢いを完全に失っている。で、禅の精神や職人気質を尊ぶといったDNAは現在の我々の中にも脈々と存在する…持ってるはずだと思っているのですが、ソニーや他の大会社もそうした点が重要だということに気がつかないはずはないとも思うんですよ。頭がよい方達が沢山いらっしゃるはずですから…。
高木 ジョブズが着ているあの黒いタートルネックは、三宅一生の作ったものなわけですが、そこには深い意味があったんですね。ジョブズがソニーの盛田さんに「なぜ社員はみんな制服を着てるんですか」と聞いたときに、盛田さんが恥ずかしそうに、「戦後まもないころは、会社が服を用意しなければならなかった」と答えたのだそうなんですね。戦後の焼け野原で何もない時代に、皆で力を合わせてソニーという会社を作っていった。
松田 はい。
高木 で、そのときに制服は「協調」、つまり「コラボレーション」のシンボルだったんですね。
松田 確かに制服というのは本来企業でなく学校でも良い意味で共同体の絆を強くするシンボルですよね。
高木 そうですね。ジョブズは、ずっと盛田さんのことを尊敬していたし、盛田さんが亡くなったときに、プレゼンテーションの中で追悼もしてますよね。
松田 はい。

※1999年Apple Special EventのKeynote冒頭でソニーの盛田昭夫氏を追悼するスティーブ・ジョブズ
高木 井深さん、盛田さんのソニーと、今のソニーは違ってきてしまっているわけです。なぜ、ソニーがダメになっていったか。Appleでは、部門間の採算というのはなく、全社的に利益を出すという形でコラボレーションしないとその部門長は首になるというのです。ところが、日本の大企業では、部門間の足の引っ張り合いが当たり前のように行なわれているじゃないですか。
松田 はい。
高木 と、すごく当たり前のことなわけですが、部門間で足の引っ張り合いをしていて成功するわけはないですよね。
松田 私自身会社をやっているときにそうした経験をしたことがありまして…。キヤノンのまったく別の部門から…確かスキャナ関係の企画だったと記憶してますが同じような製品開発を進めていて、そのMacintosh用のアプリケーションを作って欲しいという依頼が別々に来たことがありました。キヤノンの親しい方に差し支えのない範囲でその旨をお伝えしたのですが、その方いわく自分たちの会社は多くの部門を抱えているが、各部門は他の部門の先を越そうと努力しているもののコラボレーションはほとんどしていないと。だから他の部門が何をやっているのかという情報は得られず、自分たちはこの状態を「縄のれん状態」と呼んで戒めているがなかなか巧くいかないと…。
縄のれんの下がっている紐の一本一本が部門だとして、通常はそれぞれ触れ合うことがない…。ただし誰かが縄のれんをくぐって手を触れると紐と紐が触れ合い部門間の情報が交差することがあるんですよと。うまいことをいうなあとその時は笑いましたが、これは大企業ほど切実な問題のようです。そこまで理解しているのに組織としてはうまくいかない…。
高木 ですから組織論なんですよ。ジョブズから学ぶべき事はね。組織はどうあるべきか…。
松田 なるほどね。
高木 ジョブズはAppleという会社を作って、ベンチャーから大きくなったわけですから…当初内部はめちゃくちゃだったんでしょう。そんな中にヒューレットパッカードなどから優秀な…MBAを持った人材が来たわけじゃあないですか。それでなおぐちゃぐちゃになったという経験をしています。

※Apple本社エントランス。2000年に松田が撮影。まだ6色Appleロゴが輝いていた
松田 Lisaプロジェクトのリーダーだったジョン・カウチなんかも本来は優秀な人材だったわけです。
高木 そう。その中でジョブズが学んだのは、学歴とか大企業にいたという経験ではないんだと。それよりもパイレーツですよ。海軍ではなく海賊になろうですよ。
松田 うん。
高木 パイレーツが少人数でしかも自分たちの能力を超えたものを作るという組織が事を成すんだと。それを実際にやったわけじゃあないですか。ジェフ・ラスキンなんかは「あいつは盗んだ」とか言ってますが、ラスキンの弟子のビル・アトキンソンはそんなことはないと言ってますよね。つまりジョブズがいなかったらあのチームはまとまらなかった。
松田 そうですね。あのMacintoshも生まれなかったと。
高木 ですから、そのチームをまとめる…で例えば…合宿をしますよね。合宿をして、例えば、ホテルのプールで女の子が素っ裸で泳いでいるというシーンがあるんですよ。ですからメチャクチャなわけですよね。でもそれは解放の部分であってミーティングはもの凄く、スタンフォード出の優秀な連中にフリーディスカッションを仕切らせるわけです。そのディスカッションは、どの部門であるかにかかわらず、徹底的に問題の洗い出しをするのですね。
松田 はい。
高木 それをまとめていく…。でそれで製品を作っていくわけですね。で、こういう…なんて言うんですかね、垣根を越えたチームワーク、それをひとつにまとめていくリーダーがいるわけですね。つまりリーダーシップのもとでディスカッションさせ、最終的にはリーダー達が決めていくと。そういうチームワークといったものがなければMacintoshは出来なかったわけですね。たぶんLisaの場合もApple IIIの場合も、僕の書いた委員会方式というのがあるんですよ。
松田 委員会?
高木 委員会って何か聞こえはいいじゃあないですか。委員が皆出てね、ご意見を言ってね…。しかしろくなものはできませんよ。
松田 ふふふっ(笑)。
高木 ねぇ。で、その委員会方式で国も運営されているし、あらゆる企業もその形で運営されている…。で、ろくでもないものを作っているではないですか。これはものに対してのアンチテーゼなんですね。で、このチームワークの合宿の原点というのはジョブズにとってコミューンだと思うんですよ。ヒッピーの…。
松田 はい。
高木 ヒッピーの…あの反体制の連中が理想に燃えてコミューンを作っていくというところから彼は学習していて、それをビジネスに応用したのが3回くらいやったチーム合宿なんだと…。そのチーム合宿の中でMacintoshは完成していくわけですよね。そう考えると僕はそこにビジネスに対してひとつのヒントがあると。なんて言うんですかね、まさに委員会方式といった体裁だけ形式だけの民主主義みたいなのはダメだと…。
松田 …。
高木 ということですね。それで歴史は面白くて共和主義と帝国制というのが繰り返すんですよ。まあ、皆の意見を取り入れますと民主主義をやるんだけど、どうにも機能しなくなって戦争が始まったりすると強い独裁的なリーダーが望まれるわけですね。これはAppleだけの問題ではなく、我々人間というものが組織を作って…どう理想的な組織を作るのかという問題で、その時にジョブズという存在はひとつの理想をみせたな…と。で、要するにそのプロのスポーツチームのチームプレーというのはそういったものですよね。
松田 はい。
高木 それぞれが凄い能力を持っているけれども、コラボレーションしなかったら勝てない。というような、ある目標に向かって最高の結果を出すために全体がコラボレーションする仕組み…というのはMacintosh開発の中で行われたことだし、Appleという会社の中でも行われてきたことだと思うんですね。それを…ひとつの学ぶべき事、つまり何故我々はスポーツを見て感動するのか。民主主義的な手続きを踏んでなんていっているスポーツなんて面白くないですよね(笑)。
松田 勝つにはどうしたらよいかがポイントですからね。
高木 そうそう、そこに感動が生まれるわけじゃあないですか。ということはそこにひとつの理想があるのではないかと思うんですね。チームのあり方、組織のあり方に対して彼が我々に対して突きつけたひとつの命題ではないかと思うんです。つまり、ソニーがダメになっているのは、その縄のれんだからで、日本の企業は全部縄のれんなわけですよね。マネジメントがダメなわけです。オリンパスや大王製紙は氷山の一角にすぎません。
松田 そうですね。
高木 旧来からの、実は江戸時代からの話しなんですけど…江戸時代というのはですね、変化してはいけないわけですね。
松田 体制側は変化を望まないわけですね。
高木 はい。そのためになにをやったかというと、まさに合議制なんですよ。あらゆる役職に2人ずつつけて合議しなければ進まないようにしたから全部進まないんですよ。それは止めるための仕組みですよね。
松田 はい…。
高木 そのシステムというのがいまだに生きていると思うんですね。つまり誰も責任を取らずに言うことだけ言ってね、言いっ放し…といったようなことが許されてしまう仕組みに問題がある。
松田 なるほど。
高木 今、日本が直面している問題は、きちんと目標に向かって強いチームを作ってチームワークで結果を出していくという組織に変わらない限り、この国はもう危ないぞという状況にあるわけです。そういうところをジョブズに学ばなければいけませんよね。
松田 そのためには、ジョブズの真似というのは語弊がありますけど、チームをまとめるかなり優秀な監督が不可欠ですよね。
高木 ええ…。
松田 それは、そうしたことは我々にもできるものでしょうか。
高木 できると思います。というのは、まず思ったのは大松監督だなと…。
松田 鬼ですか(笑)。
高木 (笑)。鬼の大松監督です。だけど、なでしこジャパンの佐々木則夫監督でもいいわけですよ要は、どういうスタイルであれ、チームをまとめ引っ張っていくリーダーが必要で、そうした人材は日本にもたくさんいると思います。
松田 う〜ん。別にワンパターンである必要は無いと…。
高木 いろいろなパターンがあってよいし、大松監督ばっかりでなくてもいい。
松田 全部がジョブズである必要は無いと…。方法はいろいろあると。
高木 そうです。要するに有機的な連携ということです。有機的な連携を実現している世界か、無機的な連携していない世界かいうことなのです。有機的な連携が出来るチーム作りをできるリーダーが必要なのです。で歴史が示しているのは、そうしたリーダーがいないのではなく、いるのだけど選ばれないということが問題なのです。
松田 ええ。
高木 それは何かというと、まあ我々がいうのもなんなのですが、老害なわけです(笑)。社会のシステムが固まっているときには、優秀なリーダーはなかなか出てこない。それが、戦国時代とか明治維新とか、戦後の焼け野原とかという時期には、出てくるんですね。
松田 ええ…。
高木 いるし、いるんだけど潰されている…今はね。そのリーダーとなるべき人間を見つけ出し、リーダーと担いで組織を作り直すというように切り替わればですね、日本も切り替われると思います。
松田 この閉塞感の中でそろそろ新しい形の…幕末のリーダーみたいな人たちが出てくる時代になってきたんですかね。
高木 そう思いますね。
松田 ジョブズがこれだけ求められるというのはやはり意識的、潜在的に彼のようなリーダーが必要だと…。
高木 そうですよね。なぜいま世界中でジョブズがね、これだけ読まれているかといえばまさに待望論ですよね。
松田 待望論ね…。
高木 で、500年前にも同じ事が起きているんですね。まず、印刷技術革命という情報技術革命があって、それが宗教革命、産業革命、市民革命へつながっていくという歴史を我々は体験している…。情報革命がなぜそれだけのことを起こすかというと、社会組織は情報交換で成り立っているからです。組織の中でまず情報の仕組みが変わるというのが重要ですよね。そうするとそれに基づいた新しいチーム作りができるようになんるんですけども、そのとき我々が体験したのは…流血の歴史ですよね。
松田 う〜ん...はい。
高木 フランス革命もそうですし、第一世界大戦、第二次世界大戦を経て、現代の地域紛争にも繋がっている。こうした流血の歴史を経なければ、我々は変化してこれなかった。ジャスミン革命というのは、IT革命の次にきた宗教革命ですよね。
松田 ほんとですね。
高木 意識が変わればこれだけ変わるということなんですね。で、但しこの後出てくるのはイスラム革命なんですよね。フランス革命のとき、自由、平等、博愛を掲げる革命軍は、スペインに行って残虐行為を行なった。それをゴヤが描いたわけですよね。
松田 確かにねぇ…。
高木 我々は今、IT革命の中を生きている。IT革命はよく「大航海」にたとえられるのですが、その中でどういう方向に行けばいいか、それを示す「羅針盤」がジョブズであると思うのです。我々はいま、どこへ向かうべきか方向を見失い、漂っていますよね。そうしたときに、ジョブズに立ち返って考えることが、とても重要なことではないかと。
松田 なるほど。…よい〆になってきましたね。
高木 はい(笑)。
松田 で、ご質問としては最後になりますがこのインタビューは勿論「ジョブズ伝説」という本をより多くの方々によんでいただくきっかけづくりなわけですが、最後に著者からお勧めの言葉でも…いただければと。売り言葉を(笑)。
高木 ジョブズがやったこと、Appleが成し遂げたことというのは、日本の思想や文化なりに触発されて出したものだということを、ぜひ認識して欲しいと思うわけです。
松田 そうするとまあ、うがった見方になりますけど我々の自信回復にも繋がるという気がしますよね。
高木 「ジョブズ伝説」を読んで、我々日本人の原点に立ち返ってほしい、元気なってもらいたいということを言いたいです。そして、その中のキーワードは「魂が入った製品作り」というものです。
松田 なるほど。
高木 それから、「魂の入った組織作り」ですね。

※Face Timeで会話中の高木利弘さん。「魂の入った製品」「魂の入った組織作り」を熱く語る
松田 はい。
高木 何故、今、日本の製品が売れないのか、それは、「魂が入った製品作り」を忘れてしまったからです。何故、今、日本の組織はダメになっているのか、それは「魂が入った組織作り」を忘れてしまったからです。非常に説明するのは簡単です。しかし、この問題を解決するには、まさにもの凄い高度なテクノロジーともの凄い高度なリベラル・アーツを融合させることが必要なわけです。職人芸、職人魂というのは、そう簡単に会得できるものではありません。でも、その原点が遠いところにあるのではなく、我々の歴史の中にあるということを知ることが大切ですね。
松田 我々のDNAに刻まれていると。
高木 そうなんですよ。で、ジョブズが凄いなあと思うのは、フェイスブックのザッカーバーグや、あれだけ敵視していたグーグルであっても、ラリー・ページが訪ねて来たり、あるいは、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグが訪ねてくると、親身になってアドバイスをしていますよね。
松田 はい。
高木 で、そういう意味で言うと、日本でも、世界を変えたいというような志を持っている若い連中がいたら、どんどんアドバイスをし、彼らが活躍できる場を提供する仕組みを作ればいいのです。そうすれば、きっと日本は元気になると思います。
松田 …。
高木 世界的に見てこんな恵まれている国はないと思います。優秀な人材はたくさんいるのです。問題は、それをどう組織化するかだけなのですから。
松田 ええ。
高木 ジョブズは「世界を変える」と言い続けて、本当に世界を変えてしまいました。
松田 はい。
高木 理想的な方向に変えたいという願いを強く持って実現するということが大事なんですね。そして、そのために皆が力を合わせることが。結構いまのインターネットって、方向感を見失っていますよね。若者は職がない。経済危機も起きている。これは、旧来の仕組みとが制度疲労を起こしているということだけでなく、インターネットが職を奪っているという側面もあります。
松田 確かにね。
高木 インターネットが普及したから、本屋の店員さんが職を失うということもあるわけです。情報化というのは、従来の職業を無にしてしまうところがある。一方、新しい職業が生まれる種もそこにあるわけです。
松田 そうですね。先に例としておっしゃったグーテンベルグの登場にしてもまさにそういうことですよね。
高木 そうです。
松田 印刷というテクノロジーが登場したおかけでそれまで本を筆記していた職業がいらなってしまったわけですし、それは近年のDTPにしても同じですね。
高木 新しいIT技術が、従来の職業を全部リセットして、新しい職業を作る段階でなわけですが、それを速やかに良い方向へ向けて進めないと、悲惨な事態が待っているわけです。強制的に、理不尽なやり方で行なうということになりかねない。
松田 はい、はい。
高木 オープンといえば聞こえがいいけど、オープンというのは実は無責任につながるんですよ。実際、アンドロイドでそうした問題が起きていますよね。
松田 うん。
高木 ウィルスに感染したり、詐欺にあったりとか。大谷和利さんは、中世の城塞都市に住むのがいいか、荒野の無法地帯に住むのがいいかといった例え方をしています(笑)。
松田 (笑)。
高木 何でも知っていて自分でできるという人にはいいですが、普通の人にとって荒野は、危険なだけです。
松田 (荒野に)解き放されたってねぇ、何ができるかってことですね。
高木 いまのインターネットもそういう状態だと思います。皆解き放たれて、失落する自由しかない。
松田 なるほどね。
高木 あなたは、機械のように使い捨てにされてもいいですか、それともちゃんと人間らしく扱ってもらいたいですか、ということにつながっていくと思います。
松田 はい、そうですね…。ありがとうございました。高木さんがお書きになった「ジョブズ伝説」は我々が直面している問題をあらためて直視していかにしたら製品や組織というものに魂を吹き込むことができるか、日本の社会を良くしていくことができるかということを再考するきっかけになると思います。
(完)
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