「アンナ・マグダレーナ・バッハの楽譜帳」ファクシミリ版入手
いまでこそリュートに凝っている私だが、かつてはピアノ教室に1年半通ったこともありバッハが息子フリーデマンの学習用に作曲したという「インベンションとシンフォニア」に挑戦したこともあった。また「アンナ・マグダレーナ・バッハの楽譜帳」からいくつかのメヌエットを練習したこともあるが、今般その「アンナ・マグダレーナ・バッハの楽譜帳」手稿のファクシミリ版を入手することができた。
「アンナ・マグダレーナ・バッハの楽譜帳」《アンナマグダレーナのためのクラヴィーア小曲集》はご存じの通り、ヨハン・セバスティアン・バッハが後妻であるアンナ・マグダレーナに贈った楽譜帳である。本来バッハが妻に送った楽譜帳は2巻あったが、1722年のものは四散し完全な形で残っているのは1725年のものである。
この「アンナ・マグダレーナ・バッハの楽譜帳」に収録されている作品についてはすでに多々出版されたり録音されたりして良く知られているが、バッハ自身が作曲したパルティータやコラールのクラヴィーア曲、息子カール・フィリップ・エマヌエルのチェンバロの独奏曲、クープランなど他の作曲家の作品や作曲者不詳の曲などが記されているだけでなくアンナ・マグダレーナの執筆も多い。
収録されている楽曲などに関しては前記したようにすでに多くの資料もあり、鑑賞することもできるが、私の凝り性な性分からして出来ることなら楽譜帳の原本…オリジナルを見てみたいと考えていた。
なにしろバッハ及びその音楽への興味は勿論だが、その愛妻であったアンナ・マグダレーナという人物に大いなる興味を抱いたからである。
無論一介の素人が手稿を眺めたところで新しい発見があるわけではないが、印刷された楽譜を何度眺めても得られない何かを感じることが出来るのではないかと思っているからだ。事実この楽譜帳はバッハ家における家庭音楽の貴重な証しであり、バッハ一家の生活の一端を照らし出すものに違いないからである。
この「アンナ・マグダレーナ・バッハの楽譜帳」の原本は現在西ベルリン国立図書館に所蔵されているとはいうもののおいそれと出かけるわけにもいかない(笑)。それにインターネットで詳しく手稿のそのものに関する情報を得ようと考えたが意外に適切な資料は少ないのである。
そんなとき新たに購入して読み始めた礒山雅氏著「J・S・バッハ」(講談社現代新書刊)の「妻のための楽譜帳」の項(60ページ)に当該第2巻目の楽譜帳は緑の地に金の縁取りのハードカバーという美しい装丁のまま現存していると記されていただけでなく「最近カラーでファクシミリ化された」という記述を目にした…。
その情報は知らなかったので目が点になったが “最近” とはあるものの本書の初版は1990年10月であり、すでに12年も経っているからして入手は難しいとも考えたが、いろいろと調べた結果…嬉しいことに手に入れることができたのである。ちなみにドイツの音楽出版社として知られているベーレンライター(Bärenreiter-Verlag)刊だが、私はニューヨークのジュリアード音楽院に併設されている「The Juilliard Store」から購入した。

※ニューヨークのジュリアード音楽院に併設されているジュリアード・ストア(カタログより抜粋)
ちなみに「ファクシミリ版」の意味だが、以前レオナルド・ダ・ヴィンチの「マドリッド手稿」でも記したことを繰り返すと…このファクシミリという言葉は現在では通信回線を通して情報を遠隔地に伝送する機器、あるいは仕組みのことを意味するが、ラテン語の fac simile (同じものを作れ)という facere(写す)+ simile(同一)が語源であるという。したがって「ファクシミリ版」は単なる量産の印刷物と一線を画する意味で用いられるレプリカと同義な「同じもの」という意味なのだ。
したがって直接拝むことがほとんど不可能なオリジナルの代わりに研究者たち、あるいは愛書家がその息づかいを知る最も重要な資料がこれら「ファクシミリ版」なのである。
ということでファクシミリ版というのは学術的な研究材料として、あるいは愛書家の蔵書として、オリジナルの完全な代替品を意図して製作されるものであり極細部にいたるまで忠実な再現を求められるため必然的に一般書籍より高価になる。 ただし「アンナ・マグダレーナ・バッハの楽譜帳」はファクシミリ版と評してはいるもののレオナルド・ダ・ヴィンチのそれらのようなページの不揃いさ、装丁の徹底的な再現といった厳密な作りは目指していないようだ。

※「アンナ・マグダレーナ・バッハの楽譜帳」アンナマグダレーナのためのクラヴィーア小曲集のファクシミリ版表紙
実際に届いた「アンナ・マグダレーナ・バッハの楽譜帳」を少々ドキドキしながら手にしてみたが、確かに黄緑色に金色の縁取りがなされたハードカバー、そして中央にこれまた金文字でアンナ・マグダレーナ・バッハの頭文字 ”AMB”そして送った年である”1725" という文字、さらに息子のカール・フィリップ・エマニュエルにより加えられたという話もある手書き字の表紙を見て笑みがこぼれた…。
早速開いて見ると、冒頭にはバッハの直筆による「フランス組曲」の譜があるしアンナ・マグダレーナの手になる書き込みも多い。勿論一介の素人がバッハの楽曲を研究しようとするものではないが、私の興味はひとえに「アンナ・マグダレーナ・バッハの楽譜帳」そのものなのだ。なおサイズは約275×212mmの横型で厚みは17mmほどだが、ファクシミリとしての原本ページの後に解説ページが含まれている。

※最初のページはバッハの直筆による「パルティータ第3番 イ短調 BWV.827」だ
さてフィクションだとはいえ小説『マグダレーナ・バッハ~バッハの思い出』の著者であるエステル・メイネルは夫バッハから贈られたこの2冊目の楽譜帳を喜んだアンナ・マグダレーナに次のように言わせている(山下肇氏訳)。
「それはまた緑色の装丁のたいへん綺麗なものでして、表紙にはわたしの名前が金文字と唐墨の筆で、彼自身の手で、1725年という文字と一緒に書かれてありました。この本はふたりで一緒に使おう、と彼は申しました。わたくしは自分で特別に気に入った曲をそれに書きこめばよいし、彼はわたくしのために新しい作曲を書きつけよう、というのです。(中略) 彼はよく蝋燭を身近に引きよせ、鵞ペンを手にとって、口を開くのでした。『マグダレーナ、緑の本をとっておくれ、あの中にある曲はみんな、おまえが弾いてもすぐ退屈してしまうような、古臭いものばかりだろう。おまえをもっと進歩させるような新しいものを、一つ書きこんでやろう。』そこでわたくしも、新しい宝物がわたくしの本に加わるのだと思うと、もう夢中になってとんで行くのでした」

※ピアノを弾く人なら1度は練習したであろう「ト長調のメヌエット 」。アンナ・マグダレーナの直筆
こうして「アンナ・マグダレーナ・バッハの楽譜帳」のページは綴られていった…。
実際には息子のカール・エマニエル・バッハの筆なども加わり、アンナ・マグダレーナの物というより次第にバッハ家の音楽に関する作業ノート的な存在になっていく。
この「アンナ・マグダレーナ・バッハの楽譜帳」については考察を続けたいと思う。
「アンナ・マグダレーナ・バッハの楽譜帳」《アンナマグダレーナのためのクラヴィーア小曲集》はご存じの通り、ヨハン・セバスティアン・バッハが後妻であるアンナ・マグダレーナに贈った楽譜帳である。本来バッハが妻に送った楽譜帳は2巻あったが、1722年のものは四散し完全な形で残っているのは1725年のものである。
この「アンナ・マグダレーナ・バッハの楽譜帳」に収録されている作品についてはすでに多々出版されたり録音されたりして良く知られているが、バッハ自身が作曲したパルティータやコラールのクラヴィーア曲、息子カール・フィリップ・エマヌエルのチェンバロの独奏曲、クープランなど他の作曲家の作品や作曲者不詳の曲などが記されているだけでなくアンナ・マグダレーナの執筆も多い。
収録されている楽曲などに関しては前記したようにすでに多くの資料もあり、鑑賞することもできるが、私の凝り性な性分からして出来ることなら楽譜帳の原本…オリジナルを見てみたいと考えていた。
なにしろバッハ及びその音楽への興味は勿論だが、その愛妻であったアンナ・マグダレーナという人物に大いなる興味を抱いたからである。
無論一介の素人が手稿を眺めたところで新しい発見があるわけではないが、印刷された楽譜を何度眺めても得られない何かを感じることが出来るのではないかと思っているからだ。事実この楽譜帳はバッハ家における家庭音楽の貴重な証しであり、バッハ一家の生活の一端を照らし出すものに違いないからである。
この「アンナ・マグダレーナ・バッハの楽譜帳」の原本は現在西ベルリン国立図書館に所蔵されているとはいうもののおいそれと出かけるわけにもいかない(笑)。それにインターネットで詳しく手稿のそのものに関する情報を得ようと考えたが意外に適切な資料は少ないのである。
そんなとき新たに購入して読み始めた礒山雅氏著「J・S・バッハ」(講談社現代新書刊)の「妻のための楽譜帳」の項(60ページ)に当該第2巻目の楽譜帳は緑の地に金の縁取りのハードカバーという美しい装丁のまま現存していると記されていただけでなく「最近カラーでファクシミリ化された」という記述を目にした…。
その情報は知らなかったので目が点になったが “最近” とはあるものの本書の初版は1990年10月であり、すでに12年も経っているからして入手は難しいとも考えたが、いろいろと調べた結果…嬉しいことに手に入れることができたのである。ちなみにドイツの音楽出版社として知られているベーレンライター(Bärenreiter-Verlag)刊だが、私はニューヨークのジュリアード音楽院に併設されている「The Juilliard Store」から購入した。

※ニューヨークのジュリアード音楽院に併設されているジュリアード・ストア(カタログより抜粋)
ちなみに「ファクシミリ版」の意味だが、以前レオナルド・ダ・ヴィンチの「マドリッド手稿」でも記したことを繰り返すと…このファクシミリという言葉は現在では通信回線を通して情報を遠隔地に伝送する機器、あるいは仕組みのことを意味するが、ラテン語の fac simile (同じものを作れ)という facere(写す)+ simile(同一)が語源であるという。したがって「ファクシミリ版」は単なる量産の印刷物と一線を画する意味で用いられるレプリカと同義な「同じもの」という意味なのだ。
したがって直接拝むことがほとんど不可能なオリジナルの代わりに研究者たち、あるいは愛書家がその息づかいを知る最も重要な資料がこれら「ファクシミリ版」なのである。
ということでファクシミリ版というのは学術的な研究材料として、あるいは愛書家の蔵書として、オリジナルの完全な代替品を意図して製作されるものであり極細部にいたるまで忠実な再現を求められるため必然的に一般書籍より高価になる。 ただし「アンナ・マグダレーナ・バッハの楽譜帳」はファクシミリ版と評してはいるもののレオナルド・ダ・ヴィンチのそれらのようなページの不揃いさ、装丁の徹底的な再現といった厳密な作りは目指していないようだ。

※「アンナ・マグダレーナ・バッハの楽譜帳」アンナマグダレーナのためのクラヴィーア小曲集のファクシミリ版表紙
実際に届いた「アンナ・マグダレーナ・バッハの楽譜帳」を少々ドキドキしながら手にしてみたが、確かに黄緑色に金色の縁取りがなされたハードカバー、そして中央にこれまた金文字でアンナ・マグダレーナ・バッハの頭文字 ”AMB”そして送った年である”1725" という文字、さらに息子のカール・フィリップ・エマニュエルにより加えられたという話もある手書き字の表紙を見て笑みがこぼれた…。
早速開いて見ると、冒頭にはバッハの直筆による「フランス組曲」の譜があるしアンナ・マグダレーナの手になる書き込みも多い。勿論一介の素人がバッハの楽曲を研究しようとするものではないが、私の興味はひとえに「アンナ・マグダレーナ・バッハの楽譜帳」そのものなのだ。なおサイズは約275×212mmの横型で厚みは17mmほどだが、ファクシミリとしての原本ページの後に解説ページが含まれている。

※最初のページはバッハの直筆による「パルティータ第3番 イ短調 BWV.827」だ
さてフィクションだとはいえ小説『マグダレーナ・バッハ~バッハの思い出』の著者であるエステル・メイネルは夫バッハから贈られたこの2冊目の楽譜帳を喜んだアンナ・マグダレーナに次のように言わせている(山下肇氏訳)。
「それはまた緑色の装丁のたいへん綺麗なものでして、表紙にはわたしの名前が金文字と唐墨の筆で、彼自身の手で、1725年という文字と一緒に書かれてありました。この本はふたりで一緒に使おう、と彼は申しました。わたくしは自分で特別に気に入った曲をそれに書きこめばよいし、彼はわたくしのために新しい作曲を書きつけよう、というのです。(中略) 彼はよく蝋燭を身近に引きよせ、鵞ペンを手にとって、口を開くのでした。『マグダレーナ、緑の本をとっておくれ、あの中にある曲はみんな、おまえが弾いてもすぐ退屈してしまうような、古臭いものばかりだろう。おまえをもっと進歩させるような新しいものを、一つ書きこんでやろう。』そこでわたくしも、新しい宝物がわたくしの本に加わるのだと思うと、もう夢中になってとんで行くのでした」

※ピアノを弾く人なら1度は練習したであろう「ト長調のメヌエット 」。アンナ・マグダレーナの直筆
こうして「アンナ・マグダレーナ・バッハの楽譜帳」のページは綴られていった…。
実際には息子のカール・エマニエル・バッハの筆なども加わり、アンナ・マグダレーナの物というより次第にバッハ家の音楽に関する作業ノート的な存在になっていく。
この「アンナ・マグダレーナ・バッハの楽譜帳」については考察を続けたいと思う。
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