あなたは80歳の美女に会ったことがありますか?

去年の1月25日に父が91歳で亡くなってから早いものでそろそろ一年になろうとしている。ところで、父が5ヶ月間過ごした高齢者介護施設で印象的なことがあった事を思い出した。そのきっかけは年末に再再々...読した陳舜臣著「空海求法伝~曼陀羅の人」を読んだことだったが、あなたは80歳の美女に会ったことがあるだろうか?

 
小説のネタをバラすつもりはないが、それを説明しないと私の話が続かないので少し説明を...。
陳舜臣著「空海求法伝~曼陀羅の人」では主人公の空海が唐の都で恵果阿闍梨と巡り会い、密教本流のすべてを託され灌頂を受け、密教界の最高位につく。これは小説とは言え歴史的な事実だが、小説の終盤になり命が尽きんとしている恵果が自分の眼を持って出家後1度も帰ったことのない生まれ故郷に行くように、そして隣の媼に会ってくるようにと空海に命じるシーンがある。

恵果が少年の時、実家の隣に住んでいたというその老女に会ったとき、空海は息をのむ。75歳になるはずの老女だが、なによりも空海の心をうったのは老女の気品であった...。そして彼は自制しきれずに「お美しい」と声をもらす。
この小説のくだりは恵果阿闍梨が出家した原因にかかわっていることなので何度読んでも印象的な場面だが、正直私は単に小説なのだから...と思っていた。

男は初対面の女を見るとき、その美醜を先に心に入れる。したがってその外見から判断してしまうわけで、老いた女性より若い女性の方に美を感じる生き物だ。しかし一昨年に父が高齢者介護施設に入ることに際し、施設内の設備などを案内していただいたわけだが、その過程ですでにそこで生活している女性の部屋をある種のサンプルとしてなのだろう...見せてくれた。

無論入居しているご本人の了解を得てのことなのだが、結局父はその女性の隣の部屋が空いていたことでもあり広めのその部屋に入居することになった。

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※2008年8月20日、高齢者介護施設の一室に引っ越したときの部屋と父。奥にiMacとプリンタがある


その女性...勿論高齢者介護施設におられるのだから若いはずもなく、確か年齢は80歳に近かったと記憶している。
ともかくその方とご挨拶するため最初にお会いしたとき、私は前記した陳舜臣著「空海求法伝~曼陀羅の人」のシーン...そう、空海が老女に会うシーンを思い出したのである。
その方は “お婆さん” と呼ぶのをためらうほど美しかった...。

髪は一部紫色に染め、小柄の人だったが腰はやや曲がっていたものの大変しっかりした足取りで歩いていたし、その第一印象はただただ「美しい!」ということに尽きた...。
無論テレビに登場する女優陣の中には老いても気品を失わず、若かりし頃の面影を色濃く持ち続けている美女たちもいる。したがって年齢を重ねたからといって美しさと無縁であるとは思わないものの、それまで私は70歳とか80歳の女性を眼前にして「美しい」と感嘆した覚えが残念ながらなかった。

そう思えるようになったひとつには自身も歳をとったからかも知れない(笑)。しかし例えば数百年も昔に作られた仏像を「美しい」と思ったことはあるが(笑)、生身の女性に対して美は若さと同義語といった先入観を持っていたからだろう、これまで老齢の女性を目にして「美しい」と思ったことはなかった。

その美しさは80歳の老女から...例えば20歳代、30歳代の容姿を想像して感じる美しさではない。80歳の女性そのままが美しいのである。
繰り返すがこのとき「空海求法伝~曼陀羅の人」に出てくるシーンがリアリティ溢れるものとして心に浸みた...。

さてその高齢者介護施設でお会いした女性に対する印象が私のまったく個人的な体験であったならそれはあまり説得力のない話かも知れない。
「もしかしたら視力が弱っていたのでは」などといわれるかも知れない(笑)。しかし挨拶を終え施設の担当者らと具体的な入居にかかわる手続きを聞こうと集まったロビーで普段女性に対しての印象など口にしたこともない弟が担当者に向かい「綺麗なおばあさんですね」と言ったのである。したがってこのことは私ひとりの印象でなかったことは間違いない。

私たちのような年齢になると特に女性は「綺麗に歳をとりたい」といったようなことを口にする。それは健康であることは勿論だとしても肌の艶を保ち皺も少なく...といったニュアンスを伴っているわけだが、かの女性は年齢そのままに美しかったのだ。

後に施設の担当者から聞いた話だと、もともとは世田谷に住居していた資産家の奥様らしいが事情は分からないものの自身でこの施設に入居されることを決められたとのこと...。
そうした話を勝手に膨らませれば、多分に良家のお嬢さんだったのではないだろうか。

若いときの美は我々にも伝わりやすいが、老いてもなお美しさを感じさせるその前提には...空海ではないが形だけでなく気品がなければならない。
特に派手な服を着ていたわけでもなかったから、私が感じた印象の多くは顔立ちと表情、そして立ち振る舞いとその話し方だったに違いない。

私も見習って相応な年寄りになりたいと思うが、外見云々はともかく気品というものは一朝一夕に備わるものではあり得ない。やはり日々の生活の積み重ね、心がけ次第ということになるのだろうが、これは大変難しい...。
そう...生前聞き忘れたが、隣に5ヶ月間暮らしていた父はどう思っていたのだろうか。
父母の位牌の前で線香をあげながら...私はそんなことを考えていたのだった(笑)。




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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。また直近では「木挽町お鶴捕物控え」を発表している。
2018年春から3Dプリンターを複数台活用中であり2021年からはレーザー加工機にも目を向けている。ゆうMUG会員