松本侑子著『誰も知らない「赤毛のアン」〜背景を探る』の魅力
先にDVD「赤毛のアン 特別版」について記したが、その機会にと松本侑子による新完訳「赤毛のアン」(集英社文庫)も手に入れ久しぶりにアンの世界を堪能した。その心地よさは格別のことで若かりし頃には思いもしなかったがアンが生きた時代やグリーン・ゲイブルスのあれこれについてより深く知りたいと思い同じ筆者による『誰も知らない「赤毛のアン」〜背景を探る』を読んでみた。
「赤毛のアン」の魅力はいったいどこにあるのだろうか...。勿論その第一は主人公アン・シャーリー自身によるものだ。このやせっぽちでソバカスだらけ、そしてニンジンのように赤い髪をもったお喋りで空想好きな孤児の少女に惹かれてしまうからだ。
この少女が巻き起こすトラブルに困惑しながらもアンを引き取り育てていくマシューとマリラというそれまでひっそりと暮らしていた2人の老いた兄妹の変化も魅力的だ。そしてグリーン・ゲイブルスを中心とした様々な季節とそれが織りなす風景が眼前に浮かぶ文章が素晴らしい...。しかし「赤毛のアン」の魅力はもうひとつ重要なキーがあるのだ。
一般的に小説はいかに面白いといってもその内容はいわゆる荒唐無稽なものなのが普通である。
小説を読み終わり、確かに面白かったとしてもストーリーのネタが明白となっては再読する気持ちにならなかったり、ましてや架空の主人公をもっともっと掘り下げて知りたいなどとは思わないだろう。
反対に小説を読むだけに留まらず、それだけでは満足できずにその主人公を深く知りたいと願うあまり、小説の時代背景やら登場する人物、風景や街並みにいたるまで細かく考証したくなる優れたストーリーも存在する。
そんな小説をひとつ挙げるなら私はすぐにコナン・ドイルが生み出したシャーロック・ホームズを思い浮かべる。
ホームズと親友のワトスン博士の友情と数々の冒険ならびにホームズたちの活躍したヴィクトリア朝時代の雰囲気を楽しむと共に、ひとつひとつの事件があたかも本当に起き、史実としてホームズとワトスンがベーカー街に住んでいたことを疑わないまでのリアルさを感じるのだ。だからこそホームズ物語は聖書に次いで世界で数多く翻訳され、大の大人たちが今でも各国各地で集まり研究や発表を楽しんでいる。
ちなみに私も実際の活動に参加はできないでいるものの日本シャーロック・ホームズ・クラブの正規会員である。
さて「赤毛のアン」の魅力はどこかシャーロック・ホームズ物語に似ていると直感的に感じたが、実は本書後半にモンゴメリが後にアンの続編をある意味お金のため、嫌々ながら書いたというショッキングな話を紹介している。そしてホームズ物語の作者、コナン・ドイルがホームズ物語を続けるのはうんざりだとホームズが人気絶頂期にライヘンバッハの滝壺に落として殺してしまったことと比較して考察している点も面白い。
ともかく「赤毛のアン」の魅力は主人公の魅力と共にホームズ物語にも似たリアリティにあると感じその背景や作者の意図といったことまで知りたくて本書、松本侑子著『誰も知らない「赤毛のアン」~背景を探る』を手に入れた次第。

※松本侑子著『誰も知らない「赤毛のアン」~背景を探る』集英社刊の表紙
本書は『「赤毛のアン」を、もっと深く、もっと知的に、さらに魅力的に味わいたいと思うすべての読者に捧げる』とあるだけに第一章では「赤毛のアン」の時代背景、すなわちアンが生きたカナダ社会やプリンス・エドワード島の歴史、そして当時の人たちがどのような日々をすごしていたかという交通、政治、宗教、産業、家庭生活などなどといったことなどが詳しく紹介されている。
また第2章では『「赤毛のアン」の植物園』として本編に登場する数々の植物などについて考察があり、第3章は作者モンゴメリの知られざる人生について、そして第4章ではモンゴメリの生涯をたずねるカナダ紀行といった構成になっている。
もともと「赤毛のアン」は私たち非西洋文化圏の人間には読み飛ばすだけでは気づかないことが多い。なぜならそこには聖書はもとよりテニスンやシェイクスピア、バイロン、ブラウニング、ロングフェローなどから引用された台詞やしゃれた言い回しが多用されているものの、特にこれまでの日本語訳では意味不明のままに読み飛ばすしかない現実があった。
松本侑子氏は「赤毛のアン」の後書きで『「赤毛のアン」には、古くは古代ローマにまでさかのぼる英米文学の長い歴史の中で、さまざまな詩人たちが書き残した情熱が、ゆたかにこめられていることを感じていただきたい。数千年もの文学の伝統の厚みが、この一冊にこめられていることに、訳者として何度も感動を覚えた。』と書かれている。
したがって繰り返すが翻訳の問題も含め、表面だけなぞるように読んだだけではアンが何を感じて何を思ったのかなどは到底分からないのだ。
そういえば本書で再認識したが、「赤毛のアン」に登場する主要な人物の名は聖書にちなんでいる。
アンは聖母マリアの母親の名前、マシューはイエスの弟子のマタイを英語読みしたもの、マリラはマリアの変形、リンド夫人...すなわちレイチェルはヤコブの妻ラケルの英語読み、そしてミス・バリーのジョゼフィーンはヨセフの女性型といった具合だ。したがって「赤毛のアン」はそもそもキリスト教色で塗られた物語であり、キリスト教を深く知っていない我々にはひとつひとつの言葉の端々に隠されている意味を知らずに読んできた感があり、本書『誰も知らない「赤毛のアン」』は松本侑子氏の「赤毛のアンに隠されたシェイクスピア」や「赤毛のアンの翻訳物語」と共に「赤毛のアン」の心髄を知るために...一歩踏み込んだ理解をしたい大人の読者にとって最適な一冊なのである。
■誰も知らない「赤毛のアン」ー背景を探る
「赤毛のアン」の魅力はいったいどこにあるのだろうか...。勿論その第一は主人公アン・シャーリー自身によるものだ。このやせっぽちでソバカスだらけ、そしてニンジンのように赤い髪をもったお喋りで空想好きな孤児の少女に惹かれてしまうからだ。
この少女が巻き起こすトラブルに困惑しながらもアンを引き取り育てていくマシューとマリラというそれまでひっそりと暮らしていた2人の老いた兄妹の変化も魅力的だ。そしてグリーン・ゲイブルスを中心とした様々な季節とそれが織りなす風景が眼前に浮かぶ文章が素晴らしい...。しかし「赤毛のアン」の魅力はもうひとつ重要なキーがあるのだ。
一般的に小説はいかに面白いといってもその内容はいわゆる荒唐無稽なものなのが普通である。
小説を読み終わり、確かに面白かったとしてもストーリーのネタが明白となっては再読する気持ちにならなかったり、ましてや架空の主人公をもっともっと掘り下げて知りたいなどとは思わないだろう。
反対に小説を読むだけに留まらず、それだけでは満足できずにその主人公を深く知りたいと願うあまり、小説の時代背景やら登場する人物、風景や街並みにいたるまで細かく考証したくなる優れたストーリーも存在する。
そんな小説をひとつ挙げるなら私はすぐにコナン・ドイルが生み出したシャーロック・ホームズを思い浮かべる。
ホームズと親友のワトスン博士の友情と数々の冒険ならびにホームズたちの活躍したヴィクトリア朝時代の雰囲気を楽しむと共に、ひとつひとつの事件があたかも本当に起き、史実としてホームズとワトスンがベーカー街に住んでいたことを疑わないまでのリアルさを感じるのだ。だからこそホームズ物語は聖書に次いで世界で数多く翻訳され、大の大人たちが今でも各国各地で集まり研究や発表を楽しんでいる。
ちなみに私も実際の活動に参加はできないでいるものの日本シャーロック・ホームズ・クラブの正規会員である。
さて「赤毛のアン」の魅力はどこかシャーロック・ホームズ物語に似ていると直感的に感じたが、実は本書後半にモンゴメリが後にアンの続編をある意味お金のため、嫌々ながら書いたというショッキングな話を紹介している。そしてホームズ物語の作者、コナン・ドイルがホームズ物語を続けるのはうんざりだとホームズが人気絶頂期にライヘンバッハの滝壺に落として殺してしまったことと比較して考察している点も面白い。
ともかく「赤毛のアン」の魅力は主人公の魅力と共にホームズ物語にも似たリアリティにあると感じその背景や作者の意図といったことまで知りたくて本書、松本侑子著『誰も知らない「赤毛のアン」~背景を探る』を手に入れた次第。

※松本侑子著『誰も知らない「赤毛のアン」~背景を探る』集英社刊の表紙
本書は『「赤毛のアン」を、もっと深く、もっと知的に、さらに魅力的に味わいたいと思うすべての読者に捧げる』とあるだけに第一章では「赤毛のアン」の時代背景、すなわちアンが生きたカナダ社会やプリンス・エドワード島の歴史、そして当時の人たちがどのような日々をすごしていたかという交通、政治、宗教、産業、家庭生活などなどといったことなどが詳しく紹介されている。
また第2章では『「赤毛のアン」の植物園』として本編に登場する数々の植物などについて考察があり、第3章は作者モンゴメリの知られざる人生について、そして第4章ではモンゴメリの生涯をたずねるカナダ紀行といった構成になっている。
もともと「赤毛のアン」は私たち非西洋文化圏の人間には読み飛ばすだけでは気づかないことが多い。なぜならそこには聖書はもとよりテニスンやシェイクスピア、バイロン、ブラウニング、ロングフェローなどから引用された台詞やしゃれた言い回しが多用されているものの、特にこれまでの日本語訳では意味不明のままに読み飛ばすしかない現実があった。
松本侑子氏は「赤毛のアン」の後書きで『「赤毛のアン」には、古くは古代ローマにまでさかのぼる英米文学の長い歴史の中で、さまざまな詩人たちが書き残した情熱が、ゆたかにこめられていることを感じていただきたい。数千年もの文学の伝統の厚みが、この一冊にこめられていることに、訳者として何度も感動を覚えた。』と書かれている。
したがって繰り返すが翻訳の問題も含め、表面だけなぞるように読んだだけではアンが何を感じて何を思ったのかなどは到底分からないのだ。
そういえば本書で再認識したが、「赤毛のアン」に登場する主要な人物の名は聖書にちなんでいる。
アンは聖母マリアの母親の名前、マシューはイエスの弟子のマタイを英語読みしたもの、マリラはマリアの変形、リンド夫人...すなわちレイチェルはヤコブの妻ラケルの英語読み、そしてミス・バリーのジョゼフィーンはヨセフの女性型といった具合だ。したがって「赤毛のアン」はそもそもキリスト教色で塗られた物語であり、キリスト教を深く知っていない我々にはひとつひとつの言葉の端々に隠されている意味を知らずに読んできた感があり、本書『誰も知らない「赤毛のアン」』は松本侑子氏の「赤毛のアンに隠されたシェイクスピア」や「赤毛のアンの翻訳物語」と共に「赤毛のアン」の心髄を知るために...一歩踏み込んだ理解をしたい大人の読者にとって最適な一冊なのである。
■誰も知らない「赤毛のアン」ー背景を探る
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