俄然、古田織部に興味〜「千利休より古田織部へ」読了
茶道の道具を揃える一方、コミック「へうげもの」を紹介いただき夢中で読んでいる内に史実としての古田織部とその作品を知りたくなり、今回ご紹介する久野治著「千利休より古田織部へ」や「織部焼 (NHK美の壺) 」といった書籍を手に入れむさぼるように読んだ。無論これまでも古田織部という名は知ってはいたがこれほど面白い人物だったとは…。
漠然ではあるが、茶道が我が国でどのように生まれて広まったのかという疑問やそもそも茶道とは何なのか…といった疑問が数冊の書籍を読み考える過程で分かってきたような気がする。
信長や秀吉が天下人となった安土桃山時代は我が国のルネサンスであり、好景気にも押され茶道は武士達の教養でありコミュニケーション、プレゼンテーションの場であり、そして交渉事をするための貴重な道具だったのである。また信長に至っては茶の湯を論功行賞の道具として使った...。
特に利休が理想とした佗茶(わびちゃ)の空間「茶室」は天下人でも商人でも狭い躙り口を這いつくばってでしか入れない狭い設計になっており、くぐればそこは亭主と客でしかなく、士民平等な世界であり武将達も刀は外の刀掛けに置かなければならなかった。
そこでは他の空間ではあり得ない、例えば織田信長が家来のために茶を点てるといったことが平然と行われたわけで、茶道の一見面倒で堅苦しいとも思える作法や決まり事なくしてそれはあり得ない時代だった。

※山田芳裕「へうげもの」16巻表紙 (モーニングKC 講談社刊)
ともあれ一言で平等といってもそれらの意味するところは現代の我々が察するものとは大きく違う。それは常にひとつ間違えれば命がなくなる可能性があった時代であり、数奇者をきどったとしてもそれは文字通りの真剣勝負だったに違いない。事実利休も織部もその最後は切腹を命じられ自決している…。
そうした時代、千利休の高弟子だった古田織部も最初は織田信長に仕え、後に秀吉に大名として仕えて軍功をたて、従五位下織部正(じゅごいのげおりべのかみ) を授かった武将かつ茶人だったわけだが、その生涯はまさしく命をかけたグランドデザイナーだったといった感がある。ちなみに”織部” は本名ではなくいわゆる職名であり本名は古田重然(しげなり)だ。
個人的に古田織部に引かれるのもまずは織部焼として現在に伝わっている焼き物の素晴らしさによる。
いや、誤解があると困るが私などに焼き物の良し悪しなど分かりようもないが、そのデザインの面白さユニークさなら理解できる。織部の師匠であった利休の好みと比較すればその斬新さは歴然と違う…。
ともあれコミックの「へうげもの」は理屈抜きで大変面白いが、あくまでフィクションでありエンターテインメントと考えるべきで史実の姿ではない。だからこそ実際の古田織部を知りたくなった…。
そこで数冊関連本を手にした中の1冊が久野治著「千利休より古田織部へ」である。ただし本書は学術書ではないものの僭越ながら一部表現が分かりづらかったりして読みやすいとはいえないし明らかな間違いもある…。

※久野治著「千利休より古田織部へ」表紙
例えば日本における茶の起源を解説する12ページで筆者は「815年に嵯峨天皇が唐帰りの僧、栄忠から茶を献ぜられ、その茶がお気に召したため、さっそく京都、近江、丹波、播磨などで茶の栽培をすすめられた。」とした上で、続いて「栄忠ははやくから唐にわたり最澄を長安の西明寺で迎えいれ、遣唐使一行とともに帰国...」と解説しているが、文中の最澄は空海の間違いであろう。
乗った舟は別だったものの空海と共に入唐した最澄は、上陸するとすぐ台州の天台山に向かった。なぜなら彼の入唐の目的は天台宗の体系を限られた期間で残らず持ちかえることであり、その為には寸暇を惜しんだのだ。事実最澄は約8ヶ月の入唐期間のうち6ヶ月を台州の龍興寺で過ごしている。したがって最澄は長安に入ってはいない…。対して空海は確かに西明寺で栄忠と接触しており、空海が帰国してからも交友を深めたという。
最初からこうした粗が目立つと少々気持ちが削がれるが、それは古田織部の魅力とは関係ない(笑)。
学術的なことは分からないが、織部焼…黒織部にしても青織部にしても…とくにその茶碗の魅力は何といっても一見雑器、失敗作とも思える歪んだ形状とどこかパブロ・ピカソやホアン・ミロの筆痕でも見るような斬新で抽象的な筆さばきによる文様だ。そもそも抽象は20世紀の産物だと教えられたがこれらが400年以上も前にデザインされたそのことも驚異ではないか…。
それまで利休が好んだ茶碗は楽焼きが代表するように端正で無駄をそぎ落としたシンプルでシンメトリーが基本だったのに対し織部は多く口縁に曲線の段付けがあり、ボディは掌などで意図的に変型させ歪んだ形をしているものが多い。これらが相俟って単なる実用品としてだけでなくオブジェと化し、眺めていると思わず笑みが浮かんでくる…。思わずコミック「へうげもの」でいうところの「めにゅう」とした顔になる(笑)。
それはアバンギャルドであり洒落が利き、ファッショナブルでいてユーモラスでもあり、デフォルメされた焼き物は遊び心が豊かで躍動感あふれる芸術品そのものだ。
織部は焼き物に関して「織部十作」を設け、自身で総合的なデザイン指導をするだけでなく、連房式登り窯の導入や産業振興策あるいは市場性をも考えた製品作りに奔走する。さらに焼き物に留まらず、彼の創意は織部流茶法、四方桟型式と呼ばれる茶碗を入れる桐箱、茶室、灯籠などに独自の考察を加えるといった革新的な精神を備えたグランドデザイナーだった。
無論現在遺されている歴史的な織部焼がすべて古田織部によるプロデュースというわけではないだろう。織部がどれほど関わったのかという決定的な証拠というのも希薄のようだが、織部の関与は決して小さくなかったようだ。
また本書において久野治氏は古田織部を日本のルネッサンス期におけるダ・ヴィンチと称している。それは些か言い過ぎだとしても、少なくとも利休好みの楽焼きの良さは私などにはなかなか理解できないが、織部の逸品は見ただけで欲しくなり掌で包み込みたくなる魅力を持っている。
ちなみに大阪夏の陣の後、織部は家康からスパイ容疑などで切腹を命じられるが言い訳一つも遺さず子息共々自決したため一家は断絶した。そればかりでなく江戸幕府260年の間、織部は咎人として歴史から抹殺され、焼き物はもとより古田織部その人のことも表には出せなかったという。
本書はその古田織部の一生と彼のユニークな業績にあらためて光を当てた貴重な1冊ではある。
これまで織部というとどうしても焼き物に目がいってしまうわけだが、別途コミック「へうげもの」の底本だという「へうげもの 古田織部伝―数寄の天下を獲った武将」や織部直筆の手紙を集めて解説した「古田織部の書状」といった書籍も手にしているので今後もその人物像に楽しみながら迫ってみたい。
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「千利休より古田織部へ
」
2006年6月27日 初版第1刷
著 者:九野 治
発行所:鳥影社
コード:ISBN4-86265-001-5
価 格:2,200円(税別)
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漠然ではあるが、茶道が我が国でどのように生まれて広まったのかという疑問やそもそも茶道とは何なのか…といった疑問が数冊の書籍を読み考える過程で分かってきたような気がする。
信長や秀吉が天下人となった安土桃山時代は我が国のルネサンスであり、好景気にも押され茶道は武士達の教養でありコミュニケーション、プレゼンテーションの場であり、そして交渉事をするための貴重な道具だったのである。また信長に至っては茶の湯を論功行賞の道具として使った...。
特に利休が理想とした佗茶(わびちゃ)の空間「茶室」は天下人でも商人でも狭い躙り口を這いつくばってでしか入れない狭い設計になっており、くぐればそこは亭主と客でしかなく、士民平等な世界であり武将達も刀は外の刀掛けに置かなければならなかった。
そこでは他の空間ではあり得ない、例えば織田信長が家来のために茶を点てるといったことが平然と行われたわけで、茶道の一見面倒で堅苦しいとも思える作法や決まり事なくしてそれはあり得ない時代だった。

※山田芳裕「へうげもの」16巻表紙 (モーニングKC 講談社刊)
ともあれ一言で平等といってもそれらの意味するところは現代の我々が察するものとは大きく違う。それは常にひとつ間違えれば命がなくなる可能性があった時代であり、数奇者をきどったとしてもそれは文字通りの真剣勝負だったに違いない。事実利休も織部もその最後は切腹を命じられ自決している…。
そうした時代、千利休の高弟子だった古田織部も最初は織田信長に仕え、後に秀吉に大名として仕えて軍功をたて、従五位下織部正(じゅごいのげおりべのかみ) を授かった武将かつ茶人だったわけだが、その生涯はまさしく命をかけたグランドデザイナーだったといった感がある。ちなみに”織部” は本名ではなくいわゆる職名であり本名は古田重然(しげなり)だ。
個人的に古田織部に引かれるのもまずは織部焼として現在に伝わっている焼き物の素晴らしさによる。
いや、誤解があると困るが私などに焼き物の良し悪しなど分かりようもないが、そのデザインの面白さユニークさなら理解できる。織部の師匠であった利休の好みと比較すればその斬新さは歴然と違う…。
ともあれコミックの「へうげもの」は理屈抜きで大変面白いが、あくまでフィクションでありエンターテインメントと考えるべきで史実の姿ではない。だからこそ実際の古田織部を知りたくなった…。
そこで数冊関連本を手にした中の1冊が久野治著「千利休より古田織部へ」である。ただし本書は学術書ではないものの僭越ながら一部表現が分かりづらかったりして読みやすいとはいえないし明らかな間違いもある…。

※久野治著「千利休より古田織部へ」表紙
例えば日本における茶の起源を解説する12ページで筆者は「815年に嵯峨天皇が唐帰りの僧、栄忠から茶を献ぜられ、その茶がお気に召したため、さっそく京都、近江、丹波、播磨などで茶の栽培をすすめられた。」とした上で、続いて「栄忠ははやくから唐にわたり最澄を長安の西明寺で迎えいれ、遣唐使一行とともに帰国...」と解説しているが、文中の最澄は空海の間違いであろう。
乗った舟は別だったものの空海と共に入唐した最澄は、上陸するとすぐ台州の天台山に向かった。なぜなら彼の入唐の目的は天台宗の体系を限られた期間で残らず持ちかえることであり、その為には寸暇を惜しんだのだ。事実最澄は約8ヶ月の入唐期間のうち6ヶ月を台州の龍興寺で過ごしている。したがって最澄は長安に入ってはいない…。対して空海は確かに西明寺で栄忠と接触しており、空海が帰国してからも交友を深めたという。
最初からこうした粗が目立つと少々気持ちが削がれるが、それは古田織部の魅力とは関係ない(笑)。
学術的なことは分からないが、織部焼…黒織部にしても青織部にしても…とくにその茶碗の魅力は何といっても一見雑器、失敗作とも思える歪んだ形状とどこかパブロ・ピカソやホアン・ミロの筆痕でも見るような斬新で抽象的な筆さばきによる文様だ。そもそも抽象は20世紀の産物だと教えられたがこれらが400年以上も前にデザインされたそのことも驚異ではないか…。
それまで利休が好んだ茶碗は楽焼きが代表するように端正で無駄をそぎ落としたシンプルでシンメトリーが基本だったのに対し織部は多く口縁に曲線の段付けがあり、ボディは掌などで意図的に変型させ歪んだ形をしているものが多い。これらが相俟って単なる実用品としてだけでなくオブジェと化し、眺めていると思わず笑みが浮かんでくる…。思わずコミック「へうげもの」でいうところの「めにゅう」とした顔になる(笑)。
それはアバンギャルドであり洒落が利き、ファッショナブルでいてユーモラスでもあり、デフォルメされた焼き物は遊び心が豊かで躍動感あふれる芸術品そのものだ。
織部は焼き物に関して「織部十作」を設け、自身で総合的なデザイン指導をするだけでなく、連房式登り窯の導入や産業振興策あるいは市場性をも考えた製品作りに奔走する。さらに焼き物に留まらず、彼の創意は織部流茶法、四方桟型式と呼ばれる茶碗を入れる桐箱、茶室、灯籠などに独自の考察を加えるといった革新的な精神を備えたグランドデザイナーだった。
無論現在遺されている歴史的な織部焼がすべて古田織部によるプロデュースというわけではないだろう。織部がどれほど関わったのかという決定的な証拠というのも希薄のようだが、織部の関与は決して小さくなかったようだ。
また本書において久野治氏は古田織部を日本のルネッサンス期におけるダ・ヴィンチと称している。それは些か言い過ぎだとしても、少なくとも利休好みの楽焼きの良さは私などにはなかなか理解できないが、織部の逸品は見ただけで欲しくなり掌で包み込みたくなる魅力を持っている。
ちなみに大阪夏の陣の後、織部は家康からスパイ容疑などで切腹を命じられるが言い訳一つも遺さず子息共々自決したため一家は断絶した。そればかりでなく江戸幕府260年の間、織部は咎人として歴史から抹殺され、焼き物はもとより古田織部その人のことも表には出せなかったという。
本書はその古田織部の一生と彼のユニークな業績にあらためて光を当てた貴重な1冊ではある。
これまで織部というとどうしても焼き物に目がいってしまうわけだが、別途コミック「へうげもの」の底本だという「へうげもの 古田織部伝―数寄の天下を獲った武将」や織部直筆の手紙を集めて解説した「古田織部の書状」といった書籍も手にしているので今後もその人物像に楽しみながら迫ってみたい。
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「千利休より古田織部へ
2006年6月27日 初版第1刷
著 者:九野 治
発行所:鳥影社
コード:ISBN4-86265-001-5
価 格:2,200円(税別)
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