「美しき姫君〜発見されたダ・ヴィンチの真作」を読了
マーティン・ケンプ/パスカル・コット著をそれこそ夢中で読んだ。先日NHKのオンデマンド番組で「地球ドラマチック 〜ある肖像画の謎~ダ・ヴィンチ説を追う」を見て、より詳しい情報が欲しいと本書列びにナショナル・ジオグラフィック制作のDVD、アート科学鑑定 「美しき姫君」はダ・ヴィンチの真作か…を手に入れた。
1998年1月、ニューヨークのクリスティーズに出品され、19世紀の作品として1万9千ドルで落札された一枚の小さな絵が実はあのレオナルド・ダ・ヴィンチの真筆だという結論に達したというのだから驚きである…。それは子牛皮に色チョークとペンで描かれた若い女性の横顔であった。
最初に申し上げておくが、調査を主導したオックスフォード大学美術史学科名誉教授であるマーティン・ケンプにより「美しき姫君」と仮称され、レオナルド・ダ・ヴィンチの真筆だという結論に達したこの絵についてはいまだにダ・ヴィンチの真筆として認められないという専門家らもいるという。しかし考えてみれば現在ルーブル美術館にあるあのモナ・リザだって、真筆という通説が多くの専門家たちに支持されてはいるものの、いわゆる確定的な証拠はないのだ。そしてこれこそが本物だと主張されているモナ・リザの絵が少なくとももう一枚存在するし、ルーブルの絵が本物であるかどうかを疑っている人たちもいるわけで、500年も前の絵の素性を露わにするのは大変困難なことなのである。
本書「美しき姫君~発見されたダ・ヴィンチの真作」草思社刊には我々素人にも分かりやすい形で科学的な分析を重ね、状況証拠を考証しながらモデルの特定も含めて、ダ・ヴィンチの真筆という結論を出すまでの経過が語られている。
なぜ子牛皮に描いたのか、なぜこれまで来歴としての記録が残っていないのか…などなど疑問ばかりの検証スタートだったが、マーティン・ケンプやパスカル・コットらが結論を導くまでの長い道のりは下手なミステリーを読むより面白い。
詳しくは本書をお読みいただきたいが、画法、歴史的背景、科学分析などを通して総合的に判断した結果が「美しき姫君」はダ・ヴィンチの真筆という結論に至ったという。
なおマーティン・ケンプらによれば、この絵の少女は当時ダ・ヴィンチが仕えていたミラノ公、ルドヴィーコの妾ベルナルディーナ・デ・コッラディスが生んだビアンカだという。彼女は 13か14歳のとき結婚をさせられたが結婚からわずか4ヶ月後に亡くなった悲劇の人であった。

※「美しき姫君~発見されたダ・ヴィンチの真作」草思社刊の表紙と帯
そういえば科学的検証の手法のひとつとして使われたリュミエール・テクノロジー社のマルチスペクトル高解像度カメラによる画像解析は凄いし説得力がある。
解像度は1080 dpi、1平方ミリメートルあたり1570ピクセルという驚異的なスペックを持つだけでなく、一回きりのスキャニング時に13種類のスペクトルバンドで測定しキャプチャーいるという。そして「美しき姫君」を記録・形成したデータの総量はおよそ24GBにのぼったという。この圧倒的なスペックから肉眼では到底見えない微小な部分は勿論、画材の分析や書き直しあるいは修復の後までを分析できるという。かつてモナ・リザの描かれた当時の色彩を再現したことがニュースになったが、それもリュミエール・テクノロジー社の仕事だった…。
“リュミエール” といえば映画(シネマトグラフ)の発明者として知られているリュミエール兄妹の名を思い浮かべるが、このパリの光学系ハイテク企業は何らかの歴史的つながりがあるのだろうか。ともあれナショナル・ジオグラフィック制作の同名DVDを見る限り、関係者が使っていたパソコンはそろってMacだったのも印象深かった…。
それからナショナル ジオグラフィック〔DVD〕 アート科学鑑定 「美しき姫君」はダ・ヴィンチの真作か
だが、内容はNHKで放映された番組と同じものだ。ただしいくつか番組でカットされた部分もDVDには含まれている。そしてこのDVDで印象深かったシーンは、マーティン・ケンプ/パスカル・コットらの鑑定過程で「美しき姫君」にはダ・ヴィンチ特有の芸術性が認められないとし、完成度もダ・ヴィンチの作品とは遙かに劣ると反論するレスター大学教授のデビッド・レスタージャンだ。
後半で「美しき姫君」を真筆とするポイントをあげた後、日本語吹き替えでは「…しかし、そんなことがあったら帽子に塩と胡椒をかけて食べて見せますよ」と豪語する。
この箇所、NKHの番組では「…しかし、そんなことがあったら裸で逆立ちしてみせますよ」と訳されていた(笑)。

※「ナショナル ジオグラフィック〔DVD〕 アート科学鑑定 『美しき姫君』はダ・ヴィンチの真作か」のパッケージ
私が気になったのは科学者/学者というは(だけではないが)この種の研究結果に関して結論を急いではならないということだ。多くの人たちの手により科学的な検証の過程で…結論前にこうした発言をすると引っ込みがつかなくなる場合もあるし、専門家の姿勢としては逆に決定的な反論の証拠でもない限り、言い切るものではないと考える。
マーティン・ケンプが裸で逆立ちしたのか、あるいはまだ真筆と認めずにいるのかが気がかりだが(笑)、私のつたない語学力で確認するまでもなく彼の発言はいわゆる英語の慣用句であり、例えば “ I'll eat my hat if … ” は「…なんてことは絶対あり得ないよ。」という意味合いのものだ。「塩と胡椒をかけて」というのはその強調であろうから、決して裸で逆立ちすると言った訳ではないのだ…。
ともかくマドリッド手稿のファクシミリ版などを開いて楽しんでいるひとりのダ・ヴィンチフリークである私などから見ても、左利きの画家による作品である事、その精緻な作風だけを眺めてみてもレオナルド・ダ・ヴィンチの真筆という結論は納得のいくものなのだが…。
そして個人的な好みではあるものの、私にはあの見慣れたモナ・リザよりこの「美しき姫君」の方が好きである。早速iPhone 5の壁紙に設定した…。
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「美しき姫君 発見されたダ・ヴィンチの真作
」
2010年7月1日 第1刷発行
著 者:マーティン・ケンプ、パスカル・コット
翻 訳:楡井浩一
発行所:株式会社草思社
コード:ISBN978-4-7942-1767-7 C0071
価 格:2,200円(税別)
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1998年1月、ニューヨークのクリスティーズに出品され、19世紀の作品として1万9千ドルで落札された一枚の小さな絵が実はあのレオナルド・ダ・ヴィンチの真筆だという結論に達したというのだから驚きである…。それは子牛皮に色チョークとペンで描かれた若い女性の横顔であった。
最初に申し上げておくが、調査を主導したオックスフォード大学美術史学科名誉教授であるマーティン・ケンプにより「美しき姫君」と仮称され、レオナルド・ダ・ヴィンチの真筆だという結論に達したこの絵についてはいまだにダ・ヴィンチの真筆として認められないという専門家らもいるという。しかし考えてみれば現在ルーブル美術館にあるあのモナ・リザだって、真筆という通説が多くの専門家たちに支持されてはいるものの、いわゆる確定的な証拠はないのだ。そしてこれこそが本物だと主張されているモナ・リザの絵が少なくとももう一枚存在するし、ルーブルの絵が本物であるかどうかを疑っている人たちもいるわけで、500年も前の絵の素性を露わにするのは大変困難なことなのである。
本書「美しき姫君~発見されたダ・ヴィンチの真作」草思社刊には我々素人にも分かりやすい形で科学的な分析を重ね、状況証拠を考証しながらモデルの特定も含めて、ダ・ヴィンチの真筆という結論を出すまでの経過が語られている。
なぜ子牛皮に描いたのか、なぜこれまで来歴としての記録が残っていないのか…などなど疑問ばかりの検証スタートだったが、マーティン・ケンプやパスカル・コットらが結論を導くまでの長い道のりは下手なミステリーを読むより面白い。
詳しくは本書をお読みいただきたいが、画法、歴史的背景、科学分析などを通して総合的に判断した結果が「美しき姫君」はダ・ヴィンチの真筆という結論に至ったという。
なおマーティン・ケンプらによれば、この絵の少女は当時ダ・ヴィンチが仕えていたミラノ公、ルドヴィーコの妾ベルナルディーナ・デ・コッラディスが生んだビアンカだという。彼女は 13か14歳のとき結婚をさせられたが結婚からわずか4ヶ月後に亡くなった悲劇の人であった。

※「美しき姫君~発見されたダ・ヴィンチの真作」草思社刊の表紙と帯
そういえば科学的検証の手法のひとつとして使われたリュミエール・テクノロジー社のマルチスペクトル高解像度カメラによる画像解析は凄いし説得力がある。
解像度は1080 dpi、1平方ミリメートルあたり1570ピクセルという驚異的なスペックを持つだけでなく、一回きりのスキャニング時に13種類のスペクトルバンドで測定しキャプチャーいるという。そして「美しき姫君」を記録・形成したデータの総量はおよそ24GBにのぼったという。この圧倒的なスペックから肉眼では到底見えない微小な部分は勿論、画材の分析や書き直しあるいは修復の後までを分析できるという。かつてモナ・リザの描かれた当時の色彩を再現したことがニュースになったが、それもリュミエール・テクノロジー社の仕事だった…。
“リュミエール” といえば映画(シネマトグラフ)の発明者として知られているリュミエール兄妹の名を思い浮かべるが、このパリの光学系ハイテク企業は何らかの歴史的つながりがあるのだろうか。ともあれナショナル・ジオグラフィック制作の同名DVDを見る限り、関係者が使っていたパソコンはそろってMacだったのも印象深かった…。
それからナショナル ジオグラフィック〔DVD〕 アート科学鑑定 「美しき姫君」はダ・ヴィンチの真作か
後半で「美しき姫君」を真筆とするポイントをあげた後、日本語吹き替えでは「…しかし、そんなことがあったら帽子に塩と胡椒をかけて食べて見せますよ」と豪語する。
この箇所、NKHの番組では「…しかし、そんなことがあったら裸で逆立ちしてみせますよ」と訳されていた(笑)。

※「ナショナル ジオグラフィック〔DVD〕 アート科学鑑定 『美しき姫君』はダ・ヴィンチの真作か」のパッケージ
私が気になったのは科学者/学者というは(だけではないが)この種の研究結果に関して結論を急いではならないということだ。多くの人たちの手により科学的な検証の過程で…結論前にこうした発言をすると引っ込みがつかなくなる場合もあるし、専門家の姿勢としては逆に決定的な反論の証拠でもない限り、言い切るものではないと考える。
マーティン・ケンプが裸で逆立ちしたのか、あるいはまだ真筆と認めずにいるのかが気がかりだが(笑)、私のつたない語学力で確認するまでもなく彼の発言はいわゆる英語の慣用句であり、例えば “ I'll eat my hat if … ” は「…なんてことは絶対あり得ないよ。」という意味合いのものだ。「塩と胡椒をかけて」というのはその強調であろうから、決して裸で逆立ちすると言った訳ではないのだ…。
ともかくマドリッド手稿のファクシミリ版などを開いて楽しんでいるひとりのダ・ヴィンチフリークである私などから見ても、左利きの画家による作品である事、その精緻な作風だけを眺めてみてもレオナルド・ダ・ヴィンチの真筆という結論は納得のいくものなのだが…。
そして個人的な好みではあるものの、私にはあの見慣れたモナ・リザよりこの「美しき姫君」の方が好きである。早速iPhone 5の壁紙に設定した…。
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「美しき姫君 発見されたダ・ヴィンチの真作
2010年7月1日 第1刷発行
著 者:マーティン・ケンプ、パスカル・コット
翻 訳:楡井浩一
発行所:株式会社草思社
コード:ISBN978-4-7942-1767-7 C0071
価 格:2,200円(税別)
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