1985年 クリスマス商戦におけるAppleの動向

スティーブ・ジョブズは1985年9月17日付けで辞表を提出しAppleを去った。その顛末に関しては「スティーブ・ジョブズはAppleを首になったのか?」に詳しいし、その後のスティーブ・ジョブズの動向についても我々は興味を持って追ってきた。しかしジョブズのいなくなったAppleについてはこれまであまり関心がわかなかった(笑)。


スティーブ・ジョブズは弱冠30歳で自分の作った会社を追われるように辞めたが、様々なトラブルがあったにせよ追い出した側のジョン・スカリーにとっても辛い時期が続いたに違いない。
今回はAppleのダイレクトメールをネタにしてジョブズが去った直後のAppleとCEO ジョン・スカリーの動向を眺めてみたい。

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※ジョブズとスカリーの亀裂を報ずる1985年6月2日付のSan Francisco Examiner誌


スカリーの気がかりのひとつはApple退社後のスティーブ・ジョブズの動向だ。それはこの風雲児がAppleのビジネスとバッティングする製品開発を行うのではないかという危惧だ。
なぜならジョブズが当初引き抜いてもAppleには影響のないスタッフたちだと明言した事実とは違い、彼らはAppleが計画していた次世代製品開発プロジェクトの機密情報を握っている重要なスタッフたちだったからで、スカリーらにとって昨日の邪魔者は一転して脅威と感じたのだ。

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※ジョブズが新しい会社設立のプランを練っていることを伝える1985年9月23日付のInfoworld紙


もうひとつの危惧は強烈なカリスマ性を持ったビジョナリーのジョブズがいないAppleをその後どのように舵取りしたら良いのか…という心配だったに違いない。
確かに経営者としてのスカリーはペプシコ時代から評価されていたからこそジョブズ自身がヘッドハンティングした人物だったが、スカリーはコンピュータに詳しいわけでもなくジョブズと一緒にやってきた期間も2年ほどでしかなかったから、想像するに今後の采配に不安を感じていたに違いない。

それまでジョブズとスカリーはダイナミック・デュオと称されるほどいつも一緒に行動しお互いの不足を補い合っていたわけだがスカリーはCEOとしては勿論、ジョブズという一枚看板の代わりも勤めなければならなくなったわけだ。

さて私の手元に “For Apple Owners Only: Important New Accessories and Special Savings. Holiday 1985” と題されたAppleのダイレクトメールが存在する。

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※DMの裏表デザイン。1985年のクリスマス商戦に向けてAppleユーザーに発送された


どうやら別納郵便でこのままユーザーへ送られるべく作られたもののようで、封印されているシールを外すと左ページにはCEOのジョン・スカリーのメッセージが顔写真つきで載っている。さらに左右に開くと全体にMacintoshおよびApple IIe とApple IIc用のアクセサリーがずらりと紹介されているという趣向だ。

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※封緘シールを取り開いた状態


掲載の製品は登場したばかりのハードディスクやモニターに混じりモデム、プリンターそしてメモリ拡張カードやマウスとテンキーパッド、ゲームコントローラなどがあり、アンディ・ハーツフェルドが開発した The Switcher Construction Kitというソフトウェアなども載っている。
また別途右ページ端には “Software Savings Certificate” という購入者の特典申込みカードがついている。

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※DMの内側を全部開いた状態


興味深いのはこのダイレクトメールは前記したタイトルでもお分かりの通り、あるいは背面デザインを見れば一目瞭然だが1985年のクリスマス商戦用にAppleユーザー向けへ配布されたものである。いわばスカリー体制になってはじめてのクリスマス商戦というわけで力の入った企画だったに違いない。それに興味深いのは “Apple Credit Card”を勧めていることだ。日本ではこの種のサービスを実施しなかったから詳細は不明だが、アップルのディーラーに申込み、審査が通れば最高2,500ドルまでの買い物ができたらしい。ちなみにアップルのクレジットカードのビジュアルサンプルが掲載されているがそのオーナーの名が “JOHN APPLESEED” というのも笑える。

無論 “JOHN” はスカリーのファーストネームだろうが “APPLESEED” はJohnny Appleseed(1774-1845)という米国の開拓者でリンゴの種子を配って歩いたという実在の人物(本名はJohn Chapman)で、模範的な開拓民の意味を持つそうだ。
Apple CEOのジョン・スカリーはアップルの種ならぬアップル製品を広めるという意味とファーストネームの共通性はもとより、ジョブズ無きアップルにおいていまこそ開拓者魂を鼓舞するときと考えこの名を使ったのかも知れないし、さらにJohnny Appleseedは質素で親しみやすい人柄とその行為によって多くの人に慕われたというからそれにあやかりたいと考えたのかも知れない。

ちなみにこのクリスマス商戦の営業成績はAppleにとって10-12月期のいわゆる第1四半期に属するわけだが、スカリーの思惑…努力は報われたのだろうか?
結論からいえばスカリーはよくやったというべきだろう。彼がAppleに来た1983年に売上高が6億ドルだったAppleのビジネスを10年後にはおよそ80億ドル、現金準備高が20億ドルもの規模にまで成長させたのだから。そしてベンチャーといえば聞こえは良いものの、まだまだ素人臭い会社を大企業へと導いたのは結果論としてスカリーの業績だと評価すべきだろう。

オーエン・W・リンツメイヤー著「アップルコンフィデンシャル」に載っているアウトルック・オブ・モバイル・コンピューティング誌の編集長、アンドリュー・シーボールトは「(スカリーは)サンダルとジーンズで歩き回るコンピュータおたくたちを、ウォールストリートと結婚させたんだ。こんな異文化を結びつけるのは、よほど頭の切れる人間じゃないとできないことだね」とコメントしている。

しかしスカリーにも限界があった。例えばスカリー自身は技術者でないにも関わらず自分をCTO(最高技術責任者)に任命するなど失笑を買うこともあった。結局彼はAppleに来てから丁度10年後の1993年10月、CEOの座をマイケル・スピンドラーに渡してAppleを追われるように去って行った。まるでかつてのスティーブ・ジョブズのように…。

Appleの取締役会はスカリーが熱を入れすぎたNewtonや政治に時間を割くようになったことを苦々しく思っていたし、業績は勿論株価も薄利多売の影響で暴落し始めたからだ。
ただし頭の良いはずのスカリーは次のステップでどうしたわけか判断を誤ってしまう…。それは証券取引委員会が株式操作の疑いで調査中の、そして株主たちが集団訴訟のさなかにあったスペクトラムという企業のCEO兼会長に就任してしまう…。後に彼は騙されたとして訴訟に踏み切ったがスカリーの経歴にとって大きな汚点となったことは間違いない。

ともあれ個人的な感傷だが、この “For Apple Owners Only: Important New Accessories and Special Savings. Holiday 1985 ” と題されたAppleのダイレクトメールを眺めるとジョン・スカリーがスティーブ・ジョブズと別れて初めてのクリスマス商戦に向かう意気込みと、どこか「初めてのお使い」ではないが、ドキドキ感が伝わってくるような気がするのは私の思い過ごしだろうか。

【補 足】
当アーティクルの2つの古い新聞記事はご承知の方も多いと思いますがブログ maclalala2の藤シローさんから譲られた資料に基づいています。資料の中には1984年のMac発表当時からリアルタイムで収集された貴重な新聞のスクラップをはじめ、カタログや雑誌などが含まれています。Macテクノロジー研究所では可能な限り活用させていただき、よりリアリティのある正確な情報ご紹介したいと考えています。ご期待下さい!


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Author:mactechlab
主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。また直近では「木挽町お鶴捕物控え」を発表している。
2018年春から3Dプリンターを複数台活用中であり2021年からはレーザー加工機にも目を向けている。ゆうMUG会員