緊急搬送入院闘病記

私は初めて救急搬送され、4月21日から入院となった。病名は急性虫垂炎だった。下っ腹が張り、ときにチクチクしたりも気になったが、吐き気が強くなり最後は呼吸が困難になってきたので一大決心し自分で119へ電話をかけた…。

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※緊急搬送された府中恵仁会病医院


■入院前夜
私は子供の頃から胃腸が弱かった。大人になってからはほとんど意識することはなくなったが、それでも年に数度酷い便秘に悩まされることがある。
4月中旬ころから下腹が張り、重く感じられるようになり「これはまた便秘か…」と思っていた。とはいえ通常は下剤を飲むこと無く時間が経過するうちに解消することがほとんどだが今回はちょっと違っていた。

便秘の苦しさに加え嘔吐感が増してきた。それでも便秘とはそんなものだという先入観もあったから普段の生活を続けていたが18日になり嘔吐感にまたまた息苦しさが加わった…。変だなと思いながらも我慢していたが19日なっても解消せずこれは本格的な下剤が必要ではないかと行きつけのクリニックへ駆け込み下剤を処方してもらった。また万一盲腸ではないかという考えが頭に浮かんだので問うてみたが、数日前にやった血液検査の結果では白血球の値は正常だし…とのこと取り急ぎ下剤を飲んだが効かない。

翌21日の朝は嘔吐感と胸苦しさは相変わらずだったから朝食は前日同様ほとんど食べられなかった。昼前にコンビニへ買い物に行った後息苦しさが急激に増してきた…。
しばし我慢して様子を見ていたが、この日は女房が務めに出ていて万一このまま倒れるようなことになったら命に関わると考えた。そんな時間経過の内にも息苦しさが増し立っていられない。
一大決心し、13時27分に自力で119番に電話した…。

救急車は10分程度で到着するようだからとフラフラの体にむち打って、保険証と財布そしてiPhoneをリュックに放り込み、玄関に出てドアを施錠し、そのまましゃがみ込んで待った。
救急車に乗るのは初めてではないが、自分がそのベッドに寝かされるとは考えたこともなかった。ともかく救急車は確かに10数分で到着し手際よく車内に運び込んでくれ、女房の職場に電話しつつ、反応を見るためだろう名前を聞いたりされる。
保険証を救急隊の方に預けて寝ていたが、最初の病院候補だった永山日医大では断られたらしく結局所沢の恵仁会病院に搬送された。

この恵仁会病院は昨年6月に女房が運び込まれたとき同乗していたので概要は承知していたが自分自身が搬送されるとなると話しは違う。
意識朦朧で確かな記憶はないが、CTスキャンやレントゲンなどの検査の結果、病状は急性虫垂炎だという…。ということで四人部屋の入り口近くのベッドに寝かされた。

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■病院でのあれこれ
正直、病室も明るくなにより看護師の方々の献身的な働きはあらためてこの仕事の大切さと激務であることを実感する毎日だった。
私は今回のような本格的入院は初めてなので他の病院と比較できるわけではない。しかし世辞でなく看護師の人たちの対応は適切でありそして親切だった。
抗生剤のためか、痛みはほぼ消えていたがまだ嘔吐感は残っていたる。これまた投薬と共に胃のレントゲンだけでなく、万一脳に問題があってのことだと大変だからとCTスキャンを撮る。
しかし幸いなことにどちらも問題はないとのことだった。結局嘔吐感の原因は分からず仕舞となったのだが…。

こうして一日が過ぎ、二日が過ぎたが痛みや胸苦しさは解消したものの新たな苦しみを意識せざるを得なくなる。それは空腹感との戦いだった。医者からは "禁食" の指示があり一日三食全てが出ない。無論点滴をしているので空腹で死ぬことはないが(笑)死ぬほど辛い…。

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※4月25日朝に出た最初の食事


禁食は入院してからだけではないのだ。気持ちが悪くて18日からほとんど食事が出来ない状態だったから4月24日時点で一週間経っている。しかし口から入れられるものは水か麦茶だけ。
このまま即身仏として入滅できそうな気持ちなってくる(笑)。
それだけでなく、眠れないのだ…。

ひとつはアイマスクや耳栓といった入院必須アイテムを用意する暇もなく緊急搬送されたためだが日中は部屋の照明は点いたままだ。ベッドに仰向けになると角度的に天井の照明が目に入る。
二つ目は入院患者たちの言動による。
入院した翌日の昼前、なにやら患者の婆ちゃんがナースステーション辺りでわめき騒いでる。病室のドアは開いているしナースステーションも近くだ。ただし入れ歯が外してあるのか、言語が不明瞭でなにを言ってるか半分はわからない。それでも「帰りてえ…帰りていよう」とかは聞き取れたし「ねえ、おねーさん」と看護師に呼びかけているのは分かった。そのうち自分に向き合ってくれないとわかると暴言に変わる。

このコロナ下の入院で家族とも会えず、どのような病気なのかはわからないが寂しいのはよくわかる。だから看護師たちの意識を何とかして自分に向けたいと思っているのに違いない。しかし看護師は激務であり、一人の患者にずっと付き添ってはいられないから暫くすると何やら大声でわめき始め、挙げ句の果て「馬鹿野郎!」と怒鳴る。
問題は声が大きなことと女性特有の甲高い声なので耳について気になってくる。そしてその日の夜10時頃にまたその婆ちゃんの怒号がはじまった。一旦始まると30分は止まらないしその日は明け方まで続いた。
「馬鹿野郎!」の後、少しして「ねえ、オネーサン」と猫なで声をかける。あの婆ちゃんだけでなく入院病棟のほとんどは高齢者なので痴呆症が加わっている者が多いとはいえ、看護師たちの献身的な対応にはホント頭が下がる。
いまはベットに拘束したりはできないから、言われ放題だがその婆ちゃんの介護をし、おむつを取り替えているのだから…私にはできないな…とつくづく思った。

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また別の婆ちゃんの話だが、姿は見えないものの車椅子に乗りどこかへ向かう途中のようだがいきなり「ねえ、あたし殺すの?殺されるの?」と可愛らしい声で問う声が聞こえた。看護師はたぶんに噴き出しながらだと想像したが「殺さないよ!大丈夫、殺さないから安心して」と答えている。

無論入院患者は女性だけではなく1/3ほど男性もいる。これまた高齢者たちだが同じ高齢者として腹が立つほど態度が悪い。「ねえちゃん…」と呼びかけるのはまだしも、常に目上からの言動で嫌みを言う…。
これらの人々がこれまでどのような人生を送ってきたのかは知る由もないが、職場や家族たちへのパワハラも馬鹿にできなかったのではないかと想像してしまった。

■同室の人々
前記したように私は四人部屋に入れられた。私がその内の一人であるからして他のベッドは三つあり、それぞれ何の病気で入院したのか最初はわからなかったがこれまた高齢者だ。ただし他人の歳は判別しにくいから私より年下なのかも知れない…。
ともかくカーテンで仕切られているから普段姿は分からないが、トイレに行くときすれ違いざまにちらりと確認する程度だ。無論?同室の患者と雑談するといった機会も気持ちもお互いにないから詳しい事はわからない。

ただしそんなに広い空間でもないから看護師や医師たちとの会話はほぼ聞こえる。そんなあれこれで判明した右側のベッドの男性は大腸癌のようだ。術後のケアと多分人工肛門の取扱などであれこれと指導があるようだが問題は病気のことではない。その男性は看護師に対しても真摯に対応しているようだったがイビキが半端ではないのだ。
私の父親がいわゆる往復イビキで子供心に随分と悩まされたものだが、この男性のイビキはもの凄く私は「爆弾イビキ」と名付けた(笑)。大体段階4程度の進行で「カッ…」と呼吸に難があるようなことになると最後は「ガホーン!」とでもいったら良いのか爆弾が落ちたような声をだす。無論隣のベッドで寝ている私は寝られないし寝ていても起きてしまう。
イビキの持ち主の困った点は当の本人は寝ていることだ(笑)。しゃくに障るが文句も言えず対策は自分が個室へ費用を負担して移るしかない…。手軽にできることは耳栓程度だが、この爆弾イビキにはあまり効果はなかった。

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また足元側の向こうのベッドに寝ている男性はイビキも凄いがまあ標準か…。それよりこの男性はすべておいてデリカシーに欠けていると思わざるを得ない。
なぜなら同室の他者に対する気遣いがないのだ。詳しい様子は無論カーテンの向こうだからして分からないものの、コップやらをサイドテーブルに置くとき、静かに置くと言うことを知らないらしい。「ガタン」と大きな音を立てる。まあ日中ならまだしも真夜中でも同じでトイレから戻ってきたのであろう…多分メガネをサイドテーブルに置くらしいとき夜中で同室のものは寝ているという配慮がなく、投げるようにおくようだからこれまた「ガチャン」と大きな音を立てる。そして病名は分からないが辛いとか怠いということはあり得るにしても真夜中に自分のベッドを「ドンドン…」と蹴るような音を立てる。
そして独り言と寝言が多い…。
病気のため、仕事を放り出して入院せざるを得なかったかも知れずプレッシャーは膨らむ一方に違いないが同室の一人としてはたまったものではない。

「ではお前はどうなのか?」と問われるかも知れないが、私はイビキはかかないし寝言もまず言わない。ただし時にうなされたりすることがある程度だ。
そうそう、うなされるといえば便秘解消にと下剤を処方された夜、嫌なというか気味の悪い体験をした。
体調はまだまだ良くならない入院初期の夜のこと、消灯時間になりベッドに横になった私は何とか眠りたいと目を瞑った。暫くすると(まだ眠りに入っていない)目を瞑った向こうに人の顔がおぼろげに見えた…。知り合いの顔ではない。「嫌だな…」と一旦目を開け、再び目を瞑ると今度は闇の向こうにいくつかの顔が見える。

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しかし私は霊というものを信じていないから、此所のベッドで亡くなった人たちの霊か?とは考えない人間だ。いや…霊など信じないと言いきるとバズりそうだから付け加えると、私に限らず霊魂というものがあるのかないのかは誰しも分かるはずはない。なにしろ本当の意味で死にその体が消滅した後に生き返った者はいなのいないのだから。私はその霊とかが現世で我々の眼前に現れるということを信じていないという意味だ…。そしていつしか眠りに入ったが実に気味の悪い夢を見た。
夢だからしてストーリーやプロットに綻びがあり、理論整然と説明できないが、怪奇小説の短編くらいは書けるのではないかとも思えるほどリアルで気持ち悪い夢だった。
脂汗をかきながら目が覚めると強い便意を感じトイレに駆け込んだが、二週間も便秘だったもののその夜初めて出た!酷い下痢だった。
どうやら下剤のおかげで腸が動き出したのだろうが、先ほどの悪夢は胃腸の気持ち悪さが現れたものだったに違いない。ともあれその後、顔は現れなかった。

3人目の同室者は基本静かな方で、私が入院した翌日あたりに退院された。すぐそのベッドに運びこられたのは年配者ではなく多分40歳前…もっとお若いかも知れないが、その風貌と言動から音楽関係の仕事をしているように思えた。
日中には目立たず分からなかったが、夜になり回りが静かになってくると「ゴボゴボ…」と水を沸騰させたような音がする。無論病名も分からないからしばし様子を見ていたが、ふと閃いた!
あの音は酸素発生器ではないかと…。
勿論目視したわけではないので分からないが、あの音はラテの末期に購入した酸素発生器の音そのものではないかと確信したが、後日判明したのはバイク事故で肺をやられて緊急入院されたようだ。
点滴もそうだが、ここでもラテの看病が知識として繋がったことを実感した。しかしものを見ることなくそれが何なのかを知り得るのは本来難しいことだが希有な例であった。

■インターネット接続に落とし穴あり~虫の知らせ?
とにもかくにもベッドで寝ていなければならない。だからというか入院時の一日は長く時間の経つのも遅い。
しかしiPhoneがあるからと時々ネットを確認すると同時にSNSでお世話になっている方に連絡や女房とのやりとりを始めた。虚ろな頭で始めて見たが、私は日本で最初に発売されたiPhone3Gからのユーザーだが、iPhoneでまとまった文字数を入力するのはいまだ苦手の人間で、近所の中学二年生女子が遊びにきてくれたときにはその指さばきに驚嘆したものだ…。

そんな泣き言いっても手元にはiPhoneしかないし、これで病院の談話室に移動して電話をかけた。ふと思ったが丁度四月一日にiPhoneを通話無制限のプランに変えたばかりであり時間を気にせず話しができることを嬉しく思った。
虫の知らせ…という奴だったのか。

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またご承知のようにこのコロナの中、家族と言えども面会には来られないからせめてFaceTimeで顔見て話したいと女房はもとより心配をして下さり多々メッセージをいただいたファミリーのオカーサンにもこれでお話しをしたが、ふと気づくと契約してある3GBの残りが僅かになっていたことだ。お恥ずかしいが、虚ろな頭ではFaceTimeはデータ通信であることを失念していた…。

そもそも病室はもとより、電話可能なスペースとして用意された談話室にも Wi-Fi 設備のない病院だった。入院してまでインターネットかよ…といった考えなのかも知れないが、今やスマホは命綱…ライフラインの一つであり好むと好まざるとを問わずこれなくして一日が終わらない。ベッドサイドにあるセキュリティボックスのキー同様「貴方のIDとパスワードはこれです」なんて渡される世になって欲しい。
今回契約した通信業者は IIJmio なのでネットからデータ契約容量を増やすことができる。それは覚えていたものの普段iPhoneを本格活用していなかったからユーザーIDもパスワードも分からない(笑)。

それにiPhoneのバッテリーも心細くなってきたがモバイルバッテリーもない。女房に連絡し入院の翌日にはモバイルバッリーとケーブルを届けてもらったがそれとていつまでも使えるわけもないし、入院期間がどれほどになるかも分からないからとナースステーション行き、売店があると聞いたがそこでモバイルバッテリーを売っているか?と聞いてみたが答えはNO!
しかし看護師の続く言葉に私は笑顔になった…。
スマートフォンはアンドロイドかiPhoneかと尋ねられた。iPhoneだと答えると「これならお貸出ししましょうか。いま使っていないので」とアップル純正ACアダプタを差し出した。ケーブルはあるからして、これでiPhoneのバッテリー問題は解消することになった。
1989年からアップルのソフトウエア開発専門会社として私は起業したが、優秀なMacintoshだとしてもその認知度はいまから考えると驚くほど低く、公共機関でMacintoshの話題がでることなどまず考えられなかった時代だった。そんな体験をしてきた私にとって「よき時代になったな」とつくづく感じた。

■退院へ向けて
4月25日の朝から食事が出た。嬉しかったがそこは病院食でありそして体調もあるからして爆食できるはずもない。ともあれ26日の朝主治医曰く薬で散らすことはできたとの説明があった。ただしこの病気は再発の可能性が高く、とくに私の場合はまた早々に同じ苦しみを味わうかもしれないと…。
要は退院できるまでになったが、このまま入院を続けて手術に踏み切るか、あるいは一旦退院するか、どうする?と問われた。
そもそも急性虫垂炎と診断された後、なぜすぐ手術せず薬で散らすことをやったのかについては分からない。まずは薬で…がベーシックな手順なのだろうか…。

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私は即座に「一旦退院させてください」とお願いした。そして「最短で退院可能な日はいつですか?」と…。主治医は少し考えた後「明日でも大丈夫だと思うよ」と答えてくれ、ここに4月27日の退院が決まった。
退院したいという理由はふたつある…。単に病院は嫌いだからということではない。今度は万全の準備をして一ヶ月後か二ヶ月後以内に手術をお願いしようと考えている。
それはともかく、もし幸いというかこのまま再発せず二年とか三年経ったとして、その後再発したのでは私の年齢では今より辛いだろうし、抱えた爆弾はいつ爆発するかも知れない。そんなリスクを抱え続けるのならスパッと手術しようと考えた。

ただしひとつは今回、緊急搬送だったし前記した幾多の理由で例えば銀行口座間の金の移動などもできなかった。しかし万一引き落としに問題があれば後が厄介だ。それに現役は退いたとはいえいくらかは予定に従いあれこれと処理しなければならない事案もあり気が気でなかったのだ。

そして二つ目はこれまた前記した理由で安静に安全に治療はしていただけたがとにかく眠れない。そして私は人並み以上の神経質ではないと思っているが夜に立てられる音は続くとノイローゼになりそうだったからだ。
ということで翌日の四月二七日、腕に刺してあった点滴の針跡を感じながら "緊急退院" した…。
(完)



ラテ飼育格闘日記(804)

※ 本原稿は本来先週末にアップするために用意したものです※

天気の良い日は自分にむち打って小一時間の散歩をするように心がけている。しかし女房が休みの時には散歩に付き合ってくれるものの、一人の散歩は実に味気なくつまらない。これでは長続きしそうもないと自覚しつつ、何とか続ける算段をしなければと考えているのだが…。

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※2013年3月撮影。まだまだパワー全開のラテでした


オトーサンが散歩をするコースはすべてと言ってよいほどラテと歩いた道だ。したがってどこになにがあるかは勿論、見栄えの良い桜の木は…木蓮が咲く場所は…などなどは記憶に収まっているから余計に新鮮味が薄れる。それならこれまで歩いたことのない道を歩けばと思われるだろうが、足元を含めて安全なコースをとなれば限られてくる。

ただしそんな見馴れた道を歩いていると思いつくことがある。それは大げさに聞こえるかも知れないが、これまでは歩いていても風景を堪能しつつということはまずなく、注視している多くは数メートル先の路面であったことだ。これはラテが危ないものやバッチイものに触れないようにとの配慮であり、事実散歩時に身に着けるアクションカメラの映像を振り返っても、その多くは地面が映っている(笑)。

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※オトーサンと一休み。2012年4月撮影


そんな訳で馴染んだコースを歩いていてもなるべく新たな発見をすべく目を光らせている…。事実近隣は緑が多く季節によるが花々も多いし野鳥にも頻繁に出会える。ラテと歩いていると余裕がなく見過ごすものも多かっただろうことは想像できるのであらためてというか新鮮な気持ちで散歩を楽しみたいと思っているのだが…。

とはいえやはりどうしても目が行ってしまうのは散歩で行き会うワンコたちの姿である。ラテのリードを持っている時にはいたずらに他のワンコに近づくことはなかったが、一人で歩いているとすれ違いざまワンコが足元に寄ってくることがままある…。
もしかしたらまだまだオトーサンの体というか足元にしてもラテの臭いが残っているのかも知れない。ともあれ相手の飼い主さんにもよるが、オトーサンはつい近づいたワンコの頭をなぜたり「何歳ですか?」と声をかけたりする。

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※友達ワンコのボーチャンと楽しそうに併走


そんな毎日を過ごしているわけだが、ここのところ印象深いことがあった。
桜を見に乞田川沿いを歩いていたとき、ベンチに小型犬を抱いて座っていた女性と目が合った。オトーサンは思わず「可愛いですね。おいくつなんですか?」と声をかけた。女性は軽く頭を下げつつ「9歳なんですが…」と含みのある物言いをなされた。オトーサンは「9歳ならまだまだお元気ですね」と口に出したその返事が「実は余命いくばくかしかないと医者に宣告されてしまいまして」とのこと…。

オトーサンは絶句したものの相手が言い出さない限り詳しく根掘り葉掘り問うことは失礼だと思うので「そうでしたか。それはご心配ですね」と返事をした後、先日私も15年以上連れ添った愛犬を亡くしまして…と慰めにもならない話しをした。その後数分ワンコとの出会いやらの話題になったがオトーサンの去り際に「なかなかこんな話しを聞いてくださる方はいないので今日は嬉しかったです」と言われ、思わず涙ぐんだ。

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※砂の冷たい感触が好きなのでしばし腹ばいに…。2012年6月撮影


またいつものコースを歩いていたとき、これまた元気そうな小型犬を連れた年配の女性に会った。会釈をしてくださったので「ワンちゃん元気そうですね」と声をかけたが返答は意外なものだった。ワンコは11歳だというが二ヶ月前に両眼を失明したのだという。怪我とかでは無く突発性の病気によるものだという。
みかけ、ワンコ自体はまだ嗅覚が生きているから自然な動きに見えたが、やはり室内では怪我をしないように回りの環境を整備したりとなかなか大変だったとのこと。また医者からは治る見込みはないと言われたので落ち込んでいるところなんです…と苦笑されていた。

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※大あくび(笑)。2012年5月撮影


オトーサンもラテを看取るまでの三ヶ月ほどは実に辛かったし大変な思いをしたのでこうした飼い主さんたちの悲しみを他人事ではなく受け取ることができるようになったが、辛い思い…悲しい思いをしつつワンコを慈しんでいる飼い主さんたちにお会い出来て、辛いのは自分だけでは無いのだと言い聞かせた出来事だった…。



ラテ飼育格闘日記(803)

オトーサンの心の中ではいまだにラテ中心の生活が抜けていない。というのは起床した瞬間に「あっ…ラテは?」と思ったり、自分たちの朝食を作る前にラテのご飯を…と意識が向いたりしているからだ。まあ15年も続けてきたのだから体が覚えてしまっているからすぐには忘れられないのも当然だ。


しかし、ラテ用の朝夕の食事とそこに混ぜるアトピーの薬の準備も慣れたとは言え実際に止めてみるとなかなか大変で時間がかかっていたことを認識せざるを得ない。そして何よりも雨であろうと雪であろうと、寒かろうが猛暑であろうが最低朝夕の散歩に連れ出していたことがいかに大変なことだったかにいま思いを馳せている。

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※真夏の散歩時には保冷剤を入れた服を着せるようにしていた(2021年7月)


さてこの「ラテ格闘日記」では何度もご紹介しているが、あらためて思い出してみてもオトーサンたちがラテを家族に向かえることは様々な意味で大きな覚悟と決心が必要だった。
「ワンコと暮らしたい」という思いは膨らむ一方だったが、それまでに経験したことはなかったから文字通り初めてのことだった。そしてよりよい環境でとも考え、埼玉からここ多摩市に引越をした。無論それはラテを飼うための引越だった。

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※幼犬時代は嬉しいとすぐお腹を出していた(2008年2月)


ともあれラテと名付けた生後(推定)6ヶ月の雌のワンコは2006年12月10日に引っ越したばかりでまだあちらこちらにダンボール箱が積んである我が家に連れて来られた。そしてその当日から一日三回の散歩が始まった。
それまで経験がなかっただけに、インターネットで情報を集め、「犬の飼い方」とか「はじめてのトレーニング」といった主旨のマニュアル本を7冊ほど買い込み頭に入れようとオトーサンは大変だった。

どうやら理想は適切な時期にプロのドッグトレーナーに預け、人間との生活の基本とあるべきワンコの姿というものを教育してもらうことだとそうした本には書いてあった。またワンコの祖先はオオカミで集団で暮らす生き物であり上下関係、主従関係をはっきりさせておくべきとの注意はほとんどの本に書いてあった。
したがってマズルコントロールを繰り返し、オトーサンの命にはきちんと従うことを教えようとやってはみたが、ラテはマズルコントロールには抵抗しないが終わるとそんなことなど無かったかのように振る舞う(笑)。

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※室内でのボール遊びも好きでした(2021年9月)


ともかく我々飼い主はともかく、散歩途中に子供を含む人間たちに例え本気では無いにせよ危害を与えたりしてはそれこそ大変な事になる。だからオトーサンの命には従うようにと散歩中のリードさばきや「止まれ」「よし」「待て」といったいわゆるコマンドを教え込みながらトレーニングはすべてオトーサンがやってみようと決心した。

しかしそもそもがひねくれ者?のオトーサンだから、ラテと接し始めてすぐ…そうした紋切り型の知識を押しつけるようなマニュアル本に疑問を持つようになった。
例えば「ワンコの祖先はオオカミだから…こうすべきだ」というようなことが繰り返し書いてある。これが正論なら我々の言動を論ずるとき「人間の祖先はサルだから…」と考えるに等しいではないか…。特別なオオカミ犬ならともかく、ワンコは決してオオカミではない。以前犬と狼を比較するテレビ番組があったが、ワンコはオオカミとは違い明らかに飼い主…人間を頼りにする生き物なのだ。

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※お気に入りのボールを加えたままオトーサンと走る!(2009年2月)


これはトレーナーの方や動物病院の医師ら、いわゆるワンコの専門家と称する方々の話にもいえることだ。いや、勘違いしないでいただきたい…。オトーサンはなにもこうした方々に喧嘩を売ろうとしいるわけではない(笑)。しかしそうした一般的な見解や考察を目の前にいるラテに当てはめようとすると強い違和感を感じたのだ。
ただし考えてみればそれも無理も無い。専門家の言われるワンコとは500種以上もいる(いた)と言われているワンコたちの最大公約数の話しなのだ。

これまでほとんど書かなかったが、この「ラテ飼育格闘日記」にしても最初の頃は随分とオトーサンの言動にお叱りというか、注意のメールをいただいたものだ。
「犬に衣服を着せてはいけない」とか「その遊び方は犬が増長する」あるいは「冷たい水を飲ますのは止めて」などなどだった…。
無論それぞれのことは…オトーサンにとってそれなりの理由がある。理由というのも固い言い方だが例えばラテの飲み水は最初から冷蔵庫で冷やした水をおいていたし、散歩の途中ではときに自動販売機で冷えた水を買って飲ませたからか、暖まって温くなった水は好まなくなったのだ。そしてなによりも冷たい水でラテがお腹を壊すと言ったことはなかった。

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※友達ワンコのボーチャンと力走するラテ(2009年2月)


事ほど然様に…目の前にいるラテはワンコであることは間違い無いものの、世界でただ一匹の… “Only one dog” なのであり本に載っているワンコでもなければ獣医のいう一般的なワンコでもないと思うようになった。
結果は…正直反省点もあるものの、ラテは総じてよい家犬として皆さんに愛されたオトーサン自慢の娘に育ったのである。



ラテ飼育格闘日記(802)

早いものでラテが亡くなって一ヶ月が過ぎた…。しかし時間が経つほどこれまでどれほど大切で可愛い存在と暮らしていたのかがあらためて身にしみる。そう言えば昔の事だがあまりに言うことを聞かないのでラテの横っ面を軽く平手打ちにしたこともあったが、ラテもオトーサンの腰に蹴りを入れたことがあるからお相子だ(笑)。


さて、オトーサンがあまりに落ち込んでいるからか、女房があらたにワンコを飼ってもよいと承諾してくれた。嬉しくありがたいもののやはり簡単には決断できない。
ひとつにはオトーサンたちの年齢・体力だ。50代や60代のようにワンコと一緒に駆けずり回ることはなかなかできない。

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※かなり太っていた時期のラテ。2015年10月撮影


それにワンコより飼い主が先に逝ってしまうようなことがあればワンコにとってこれほど不幸なことはない。そんなことを考えつつ「いや、子犬からは無理なら6歳・7歳ほどの成犬ならなんとかなるかも…」とか「老犬を引き取って可愛がろうか」などと勝手な思いも浮かぶがことは体力の問題だけではない。
体力だけのことなら散歩が不要なニャンコを飼う…という案も頭に浮かぶ(笑)。

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※疲れたり怖いことがあるとすぐに抱っこをせがんだ。2014年5月撮影


いや、ニャンコも可愛いがやはり飼える物ならワンコの方がよい。それに体力的な懸念であれば中型犬ではなく小型犬ならそうそう苦労をしなくても済むかも知れない…などという勝手な思いも膨らむがこれまでラテと過ごしてきた足掛け16年を冷静に振り返ればことはそんなに容易ではないことに気づく。

まずワンコを飼うことは相応の金がかかることを覚悟しなければならない。一般的には年1回の狂犬病予防接種や混合ワクチンの接種、フィラリア予防薬といったことだが、成犬ともなれば何らかの病気を抱えている可能性も高い。事実ラテも5歳を過ぎたころからアレルギーが発症し、米・チキン・マグロなどなどが食べられなくなっただけでなく肌に触れるタオルなども綿はダメで化繊のものを使わなければならなくなった。そしてアレルギーを抑制するためメインのドッグフードもそれまで食べていたものと比較して加水分解してある3倍ほど高いものに替えざるを得なかったし毎日朝晩2種類の薬を飲ませるはめになった。

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※アトピーが酷い時は目の周りまで掻きむしり紫色に変色してしまった。2012年9月撮影


その前後ではやれ血液検査だの…と保険が効かない医療費が嵩む。いやペット保険にも加入し月額数千円を支払っていたが、入院しなければ保険金は出ないというプランだったから動物病院へ通ったり薬などの治療を受けても保険料は一円も出なかった。
ただし幸いというべきか、ラテは大病を患うことはなかったが、もし癌にでもなり手術となれば数十万円の医療費は覚悟しなければならない。いやラテだって最後の三ヶ月程度は抗生物質はもとより点滴、酸素吸入、利尿剤、心臓の薬などなどでまとまった費用がかかった。さらにけち臭いことをあえて記すならおむつ代や排泄シート代もばかにならず、散歩用カートや酸素発生器の購入などなど必要に迫られて揃えなければならなかった。

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※大好きっ!…。2020年4月撮影


いやそうしたことをケチるということではないが、そもそもオトーサンは年金生活者だし現在仕事をしている女房だっていつまでも働けるわけではない。そうした現実を直視すればそうそう安易にワンコを飼うというわけにはいかないのだ。
また、ラテの場合は生後6ヶ月(推定)のときに家族として引き取ったわけだが、例えば7歳とか8歳のワンコを家族として向かえたとして我々に慣れ親しんでくれるだろうかという心配もある。こればかりはワンコの性格やこれまでの生き様が分からないことにはどうしようもないし、それこそ飼ってみないことには分からない。

ワンコは三日で恩を忘れないと言われるが、別に恩を売りたいわけではない。そうではないがときに懐かないワンコもいると聞くと正直腰が引けてしまう。
繰り返すがあと10歳も若ければ迷うこと無く子犬から。それも大型犬を飼いたいところだが(笑)。
そうしたあれこれを冷静に考えると寂しいからといって無責任にワンコやニャンコを飼うわけにはいかない。特にいまは世界情勢も不安定で一触即発の危機にあるという。

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※女房の横に並んでくつろぐラテ。2013年8月撮影


ということで今少し時間をかけて判断しなければならないと思っている。またブレーキのひとつには当然のことラテの存在がある。もし新たなワンコを飼ったとしてオトーサンの心の中にいつもラテとの比較みたいな感情がわくのであれば新しいワンコに可哀想だ。
動物病院の院長曰く、2匹目のワンコが最初のワンコより可愛く気に入った…という飼い主はいたって少ないという。これはワンコの良し悪しでは無く飼い主の勝手な思い入れだが、そんなことは覚悟しておくべきだと忠告された。

それに足掛け16年も一緒に暮らしたラテだからして新しく向かえたワンコにもつい「…ラテ」と呼んでしまいそうだ。そんなことを友人に愚痴ったら友人から「そんなこと簡単だ。新しいワンコの名もラテにすればいいんだ。清水の次郎長の女房のようにさ」と言われた(笑)。
しかし、それはともかくラテはとても嫉妬深いワンコだった。それを思うとやはりオトーサンの決断には強いブレーキがかかるのである。


ポータブル電源 Anker PowerHouse II 400とソーラーパネルPowerSola 3-Port 100W考

電力供給が逼迫しているといったニュースを横目で見ながら大容量のポータブル電源とソーラー充電パネルを買った。共にAnker製でそれぞれPowerHouse II 400およびPowerSola 3-Port 100Wという製品である。


■ポータブル電源PowerHouse II 400について
まずはポータブル電源PowerHouse II 400の話しから始めてみよう…。
申し上げるまでもないがこの種のポータブル電源は単にスマホやノートパソコンへの充電だけでなく制限の範囲内ではあるが一般家庭用電化製品も使うことが出来る。PowerHouse II 400には一般的なコンセントが装備されており最大300Wまでの機器なら繋ぐことができる。

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※Anker PowerHouse II 400のフロントとバッ


今回これらの製品を手に入れた大きな動機は無論停電や災害と言ったトラブルに備えるという意図もあるわけだが、非常時だけ活用するのではなく常用しようと考えたからだ。とはいえ私はアウトドア派人間ではないので野外で使うことは想定していないのであしからず…。

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※バックにはアンビエントライトと称する暖色系照明が、右サイドにはSOS発光機能を持つ非常用ライトが装備されている


さて理由のひとつには我が家は今風の新しいマンションではないからかコンセントの数が少ない…。となればたこ足配線になりがちだし、それはともかく日常様々な試みや作業時の電源確保に手間がかかったりコードが絡んだりして美しくないばかりか危険な場合も出てくる。

そうした雑多な電源利用のほとんどは消費電力が高いものではないし使用時間も短時間だからして最大300Wの機器を繋げるPowerHouse II 400が手元にあれば至極便利だしスマートに使えるのではないかと考えた。
では何故PowerHouse II 400という製品を選んだのかといえばひとつにはAnkerというブランドを信頼してのことだ。この種の製品もいまでは様々なものがあるが、使い勝手はもとより安全に注視する必要もある。
ということでAnkerの製品をと決めたがバッテリー容量も含めてこれまた幾多のバリエーションがあり選択に迷ったものの予算という壁もあり、PowerHouse II 400に決めた。それに本製品を充電しながら、別の接続機器へも同時に充電をする「パススルー充電」に対応してることも決め手になった(後述)。

もっと大容量の製品は当然ながら価格も高いがより大容量の家電も使えるしより長時間の利用も可能なことは確かだが、個人的にはPowerHouse II 400以上の大容量バッテリー製品を一台用意するよりPowerHouse II 400あたりの製品を複数台用意した方がいざとなった際には現実的ではないかとも考える。
非常時に消費電力が大きい電子レンジやらを多様するなどと言うこと自体、あまり考えられないからでもあるし消費電力が大きい機器を使えばいくら大容量のポータブル電源だとしてもあっと言う間に消耗してしまう。
今回は大げさにいうならそうした環境を作る布石…第1弾である。

さてここで製品の紹介をするとなればスペックを列記することになるが、煩雑になるので詳しくはメーカーの製品頁を参照願いたい。ということでここではあくまで使い勝手に注視した解説を進めてみたい。

PowerHouse II 400は正面左のラバーカバーを開けるとシガーソケットと2つのDC出力ポートが、右のラバーカバーを開けるとコンセントが装備され、中央上段には3つのUSB-Aポート、下にはUSB-Cポートとがあるが、このUSB-CポートはPowerHouse II 400本体への充電ポートにもなる。そしてその右にはDC入力ポートがあり、通常本体への給電は附属のACアダプターからのコネクタをここに接続して充電することになる。
そして入力・出力共に見やすいLCDスクリーンにその値をリアルタイムに表示してくれる。

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※各種ポートの様子およびスクリーン左にはインプット情報、中央にはバッテリー残量が表示される


したがってPowerHouse II 400一台あれば小型冷蔵庫、TV、ノートPCおよび小型ドローンなど、計8台の機器に合計最大516Wで同時充電 / 給電でき、純正弦波AC出力ポートは家庭用100Vと同じような滑らかな波形の交流電源だからしてノートPCやスピーカーなどほとんどの精密機器も安全に利用できる。
また例えばフル充電時10Wのランタンなら29時間、iPhoneだと23回充電、ラップトップパソコンは5回充電、CPAP機器(持続陽圧呼吸療法器)なら7~8時間使えるという。

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※スクリーン右にはアウトプットの状態が示される


いずれにせよ充電したバッテリーを消費すれば大容量バッテリーだとしても時間の問題で切れる理屈だが、使い方次第ではあるものの半日の停電程度であれば何とかしのぐことが出来るパワーを持っている。ただしこれだけ便利なアイテムを災害時のためだけに仕舞い込んでしまっては実にもったいない。キャンプなどに持参すればそれこそ大変重宝するだろうが前記したように私の頭の中にアウトドアの利用はない(笑)。

しかしである。PowerHouse II 400を常用電源として使うのは良いとしてもたまたまバッテリー容量を半分以下とかゼロに近く消費したタイミングで停電がきたら何にもならないではないか…。
こうした問題を回避するのはアウトプット利用時にも同時に本体充電を続けておくことが必要になる。いわゆるパススルー充電である。本製品は繰り返すがこうしたパススルー充電利用も問題なく使えるので安心だが、問題がないわけではない。
PowerHouse II 400のバッテリーはリチウムイオンバッテリー故に本来は放電(使い切って)してから充電を繰り返すことがバッテリーの寿命を延ばすことになる。パススルー充電は厳密な意味ではバッテリー寿命を縮めることになる理屈だがさてどうするか…。

私は迷わずパススルー充電で使うことにした。
ここで改めてパススルー充電とは…を説明すると、例えばACアダプタにポータブル電源をつなぎ充電し、ポータブル電源に充電したいスマートフォンなどをつないだとする。このときパススルー未対応の製品ではポータブル電源が満充電されるまでスマートフォンには給電されない。
しかしパススルー対応のポータブル電源であれば、スマートフォンの充電を優先しつつポータブル電源本体も充電してくれるわけだ。
無論アウトプットの消費電力がインプットの容量を超えれば当然PowerHouse II 400のバッテリー容量残は減っていくがそれでも消費だけに比べれば万一の場合でも役に立つ容量が蓄電されていくだろう。こうした利便性を考えるならバッテリー寿命が短くなっても仕方がないし、繰り返すが万一の場合に役に立たないのであれば意味がない。

■ソーラーパネルPowerSola 3-Port 100Wについて
というわけで我が研究所では通常PowerHouse II 400をDC-INへコネクタを挿し充電しながら様々なアウトプット利用を行っている。しかしあらためて記すが、ポータブル電源とて充電されていなければただの重石に過ぎない。
平穏な日常ならパススルー充電で快適にそして安心して使えるものの、万一大地震などで数日停電が続くような場合はどうすべきか…。

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※PowerSola 3-Port 100W(上)と2つに開いた状態(中)そしてさらに全開すると4枚のソーラーパネルが現れる(下)


そんな場合PowerHouse II 400ならソーラーパネルを使っての充電ができる!
現実問題として住居が倒壊すればどこかへ避難しなければならないだろうが、建物が無事ならどこか日当たりの良い場所にソーラーパネルを広げれば直接スマホなどへの充電はもとよりPowerHouse II 400の充電も可能だ。

ソーラー充電、太陽光発電と聞くと大層効率が悪くなかなか実用にならないイメージもあるが相手がPowerHouse II 400なら同じくAnker製のソーラーパネルPowerSola 3-Port 100Wがあれば充電…パススルー充電も実用レベルになるはずだ。
ということでソーラーパネルPowerSola 3-Port 100Wも手に入れた次第。

PowerSola 3-Port 100Wの出力はその名の通り100W仕様だが、実際にPowerHouse II 400に繋ぐとその入力は最大65Wだという。とはいえ例えばコンセントから直接充電しても59W程度が最大だ。したがってソーラーパネルで65W得られれば文句はないがこれまたそういう訳にはいかない。

ソーラーパネルは当然のことながら太陽の日射に大きく影響する。ということは日向だとしても朝夕とあるいは夏冬では大きく違う。さらにパネルの微妙な向きで出力容量が大きく変動するため、PowerSola 3-Port 100W附属の太陽位置測定機を使い、パネルの向きを正確に太陽に向けなければロスが多くなる。

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※太陽光とソーラーパネルの角度合わせが簡単にできる工夫もされている


無論太陽の位置は時間により移動するため常に最大のパワーを得るためには背面のキックスタンドで角度調整と共に適宜位置合わせを行う必要がある。

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※背面にはソーラーパネルを角度を付けて設置できるキックスタンドが両サイドに、そして中央位置にあるケーブルケースもキックスタンドとなる


では実際に使ってみた状況を解説したい…。この時期(3月)のまだ弱い日射の午前8時頃にPowerSola 3-Port 100Wを日が当たっている室内に広げてみた。広げると幅は折り畳み時の4倍となり幅146cm高さ52cmとなかなか大きいのでマンションのベランダ程度では最良のポジションを得るのがなかなか大変だ。
ともあれ結果は22Wから25W辺りを変動。それが日中ベランダに広げると何と…最大50Wを越えた!そして最大56Wを記録。ACコンセントからの充電にしても57W程度だからしてそれに匹敵するパワーが得られるわけだ。

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※午前10時頃、ベランダにPowerSola 3-Port 100Wを広げてみるとPowerHouse II 400への入力が54Wから56Wにも達した!


ということはソーラーパネル入力で50W程度得られればPowerHouse II 400の場合、容量(388.8Wh)÷ 50W = 7.7hと理屈では8時間弱でフル充電となる。しかし天気の日でも一日で連続7時間も50Wの出力をキープできるはずもないが、あらかじめフル充電したPowerHouse II 400を使いながらの充電なら実用レベルかと思う。

また50W程度の出力を確保できれば例えば…10000mAh/37WhのモバイルバッテリーならPowerSola 3-Port 100Wに直接接続すると一時間もかからずフル充電できる理屈。そしてiPhone 13 Pro(11.45Wh)なら当然30分以下!ただし安定した日射しがありくどいようだがパネルを理想的な向きにセットすることが必須なのだが…。

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※PowerSola 3-Port 100Wの接続ポートにはPowerHouse II 400へ繋ぐXT60ポートの他USB-AとUSB-Cポートが一つずつある。したがってスマホなどをここに直接繋いで充電も可能


以前玩具みたいなソーラーパネルを手に入れた時、これでは実用にはならないなと感じたがこのPowerSola 3-Port 100Wは災害時はもとより日常PowerHouse II 400をパススルーして使うための充電機器として実用レベルな製品だといえる。
ただしくどいようだがソーラーパネルが使えるのは晴れの日で日射時間帯に限られること、そして常に最良な向きにパネルをセッティングすることが求められることは忘れてはならない。
ともあれこれでPowerHouse II 400を常設しつつPowerSola 3-Port 100Wが使える日や時間帯はソーラーパネルで充電し、使えない日はコンセントからの充電を心がければ節電にも繋がる。

■総括
ということでPowerHouse II 400とPowerSola 3-Port 100Wを一週間ほど毎日時間を作ってあれこれと試してきた…。
まずPowerHouse II 400については満足こそすれ欠点は思い浮かばない。最初は邪魔か…と思ったハンドルもポータブル電源の名の通りであちらこちらに持ち運ぶとなれば実に具合がよろしい。

フラッシュライトもアンビエントライトも便利だ。そして何よりも操作が分かりやすいし、高望みをしなければ必要十分の機能と能力を備えている。
なにかひとつポータブル電源をとお考えならお勧めである。ただひとつ苦言を呈するなら取扱説明書だ…。数カ国語の列記と共に日本語の説明があるがこれは非常に読みにくいしパススルーといった説明も無い。

続いてPowerSola 3-Port 100Wだが、これまたよく考えられた製品だ。背面のスタンド収納をはじめパネルを左右にたたむのも広げるのもベルクロなので非常に簡便だし折りたたんだ際に両サイドの取っ手がマグネットで吸着するのも気持ちが良い。
また接続ケーブル収納ケースがこれまたベルクロでパネルに貼り付いているのも親切設計といえよう。そしてソーラーパネルとしての性能も最新の単結晶パネルを採用しているためこのクラスでは最良の発電効率の製品だ。
ただし、ポータブル電源PowerHouse II 400との接続コネクタが独自の規格(XT60ポート)であり、他社製のポータブル電源への接続や他社製ソーラーパネルをPowerHouse II 400に繋ぐのは難しいようだ。

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※PowerSola 3-Port 100Wに附属するXT60コネクタケーブル


あくまでPowerSola 3-Port 100WはPowerHouse II 400およびPowerHouse II 800専用ソーラーパネルと考えた方がよい。
以上最新ポータブル電源PowerHouse II 400とこれまた最新のソーラーパネルPowerSola 3-Port 100Wを日々活用することなったが、その中でまた発見があったら別途ご報告したいと考えている。



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Author:mactechlab
主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。また直近では「木挽町お鶴捕物控え」を発表している。
2018年春から3Dプリンターを複数台活用中であり2021年からはレーザー加工機にも目を向けている。ゆうMUG会員