ラテ飼育格闘日記_829

ヒヤリ・ハットという言葉をご存じだろうか。これは、重大な災害や事故には至らなかったものの、直結してもおかしくない一歩手前の事例のことをいうそうで、文字通り「突発的な事象やミスにヒヤリとしたり、ハッとしたりする」という意味だそうである。


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ラテと日々一緒に生活した15年3ヶ月という長い年月の中でオトーサンが凍り付き心臓が一瞬止まるほどの事例がいくつかあった。今回は「ラテのヒヤリ・ハット8撰」と題して文字通り8つの…いまでも思い出すと心穏やかはいられない出来事をご紹介してみたい。

① 首輪が切れた
ラテを我が家に向かえた直後の出来事だったのでオトーサンのトラウマとなった感があるできごとになった。
2006年12月のある日、女房の出勤とともに駅まで見送りに出かけたときのことだ。さてこのまま散歩を…と考えていたとき駅改札前でラテの首輪が切れたのだ。
オトーサンはホールドしようとしたがラテはそれをかいくぐり通勤客の中にまぎれるように走りはじめた。なにしろ我が家に来てから2週間も経っていない時期だったからこのままでは家に戻れないだろうし、なによりもオトーサンらに愛着も薄いだろうから確保できなければ行方不明となり車にでも撥ねられるに違いないと体が凍り付いた。
オトーサンが駆けだして追いかければ余計に逃げるだろうからと咄嗟に切れたリードを右手で高く上げ「ラテ、ラテ」と大声を出し続けて口笛を吹いた…。
ラテがどう思ったかは不明だが、不思議なことにラテは大人しくオトーサンの元に戻ってくれたので大事にならなかった。

② TULLY'Sで若い女性と抱き合ってた
2007年4月のこと。カフェのテラススペースの一郭にラテを繋ぎ、オトーサンは店中に入り、飲み物などを持って外に出ようとすると女子大生か就活の女性か、若い女性ととラテが抱き合っているのが見えた。
初めての大人に対しては必ずといってよく吠えるラテだったから女性に怪我をさせてしまっては大変と一瞬息を飲んで慌てて駆けつけたオトーサンだったが、ラテはひと言も吼えることなく大人しく女性とハグしているではないか。

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※以前の住居のときは度々ラテを連れてTULLY'Sに出入りしていた


「大丈夫ですか、噛んだり引っ掻いたりしませんでしか?」と思わず声をかけると女性は「犬、大好きなんです」と彼女はハグを続けている。
無論その女性とはまったくの初対面であり、挨拶を交わしたこともない。その後何ごともなく女性は笑顔で我々を後にして出て行かれたが、ビギナー飼い主だったことでもあり文字通り肝を冷やした出来事だった。

③ ノーリードのコーギー犬に前足を噛まれた
2008年1月のこと、毎日通ってる広い公園でいきなりノーリードのコーギー犬にラテが左前足を噛まれた。かなりの出血でもあり側にいた別の飼い主さんらが病院へ連れて行くべきだと進言してくれたのでラテを抱き上げ動物病院へと向かったが徒歩20分ほどかかる道のりを抱いたままでは無理だった。
オトーサンにとっても初めてのアクシデントであり涙ながら仕方なくラテを降ろしたが、ラテは一言も発せず足を庇いながら、地面に血の跡を残しつつ病院まで歩いてくれた。
レントゲンの結果、幸い骨には異常なく安堵したが、当のコーギー犬の飼い主はノーリードにしていたことも問題だが、後に知ったがラテを噛んだことを知らなかったというのだから呆れた…。飼い主失格である。

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※噛まれた傷を消毒するのもなかなか大変でした


④ ゴムボールを噛みきって飲んでしまった
これまた気がついたとき、事の重大性に気づいたときには身が凍る思いだった。それは2008年12月のこと、朝起きたら床に伏せているラテの足元にゴムボールの堅い笛部分が転がっていた…。
あわてて周りを確認したが、ボール本体の姿はなく、音が鳴る笛の部分と小さなプラスチック製の部品みたいなものが残っているだけだった。
考えたくないことだが、遊んだ後にオトーサンがボールを片付けなかったのが原因としても状況は明らかにラテがボールを食べてしまったことを示していた!
もし目の前でボールを食べたのなら、すぐに病院に駆け込んで吐かすこともできるだろうが、どう考えてもラテが食べてから時間はすでに7時間を過ぎている。だとすればすでに胃の中にはなく腸に回っているかも知れないし、素人考えながらそれを無理矢理取り出すためには外科手術するしかないと思われる...。

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※ラテが飲み込んだものと同じボール(右)。左が残っていた笛部位で後は飲み込んでしまった…

医者に運び込もうと考えたが当のラテはいつも通りに元気な様子なのでオトーサンは腹を据え様子を見ようと決めた。排泄で出てくるかもしれないことを期待したし万一具合が悪ければすぐ病院へ担ぎ込もうと観察を怠らないようにしていたが翌日も翌々日も排泄の様子はなくオトーサンは気が気ではなかったが幸いなことに嗚呼…4日後の午後にいくつかにちぎられたすべてのパーツが出て来た。
オトーサンは雑林の中で思わず声を上げ、記念にその💩の写真を撮った(笑)。

⑤ TULLY'Sで老人が突いていた杖の音に驚いたラテが吠え、老人が腰砕けに
2012年の夏…確か土曜日の朝だったか、女房とTULLY'Sに行った。テラスの入り口付近の席に陣取ったオトーサンらだったが女房はオーダーのために席を離れたものの我々の他に客は一人もいなかった。そしてラテは大人しく伏せていた…。
暫くして「コツン、コツン!」と大きな音がした瞬間にラテが伏せたまま「ワン!」と大きく吠え、すぐに「ドン!」と鈍い音がした。
オトーサンが視線を上げると年の頃なら80歳前後だろうか、老齢の男性がカフェのエントランス入り口で膝を折り四つん這いになっていて、そばに杖が転がっていた。どうやら男性はラテの吠え声で驚き膝をついてしまったようだ。
ラテとしては木製の床に伏せていただけに…男性の突く杖の音と共に振動が身体に響いたのだろう、驚き「ワン!」と吠えてしまったわけだが、決して飛びつこうとしたわけではなく腹ばいのままだった。しかし男性が吠え声に驚いたのは間違いない。
オトーサンはラテを回りの鉄柱に縛ってから男性に駆け寄り「大丈夫ですか?」と起こそうとしたが男性はゆっくりとオトーサンの手を振り払い身体を起こしながらも「犬はあんたの犬か?」と不機嫌そうに聞く。オトーサンは「そうですが…」と応える。
それでもオトーサンは男性を近くの椅子に座らせながら、もしかしたらこれは厄介なことになるかも知れないと覚悟をしながら「この店は犬を連れてきても良い場所なのでよく立ち寄るんですよ」と柔らかくいった。男性は「しかし吠えたから驚いて転んだのは事実だ。ズボンも汚れてしまった」と怒りが納まらない様子。どうしようかと思いあぐねた瞬間、驚いたことに瞬間…男性の態度ががらりと変わった…。
「そう、うむ…そう…私は犬が嫌いでは無く好きだったんだ…」と自分にいい聞かせるようにつぶやきながらオトーサンに手を差し出したのだ。無論握手のためである…。
あまりの変貌にというか予期しない展開にオトーサンは逆に警戒したぐらいだが、続けて男性は「私も不注意だった。驚いてきつい言葉を吐いたがいまのは忘れてください」とにこやかにいう。
オトーサンも反射的に「驚かして申し訳ありませんでした。今後はより気を付けます」といいながら差し出されたその手を握り返して和解は済んだ。
その後男性とは同じ場所で出会うこともあるが、軽い会釈をするようになったし、確かにワンコ好きなようでワンコが集う公園のベンチに座っている姿を見かけることもあった。

⑥ 近所の三匹ワンコがノーリードで突進してきた
2015年の10月のことだった。ラテを連れ近所で3匹のワンコを飼っている家の前を通ったとき、たまたまなのかも知れないが庭でノーリードで遊んでいたその3匹ワンコが歩道に飛び出しラテに吠えかかった。
その飼い主さんとはこれまでお話しをしたこともないのでワンコたちがどのような性格なのかは知らなかっただけに大惨事になるかと体が冷たくなる思いをした。なにしろ相手は三匹だ。その気ならラテに勝ち目はないし具体的な触れ合いもなかったワンコたち故にオトーサンが割って入ってもオトーサンが噛みつかれるかも知れない…。
ただし幸いなことに三匹ワンコには攻撃の意志はなかったようで興味本位で飛び出したらしく、すぐに飼い主さんが出てきたこともあって噛み合いをするといったトラブルには至らなかったが、そのとき三匹に囲まれたラテは側にいた女房に抱きついた(笑)。
それから散歩途中でそのワンコたちに出会うとき、ラテは猛烈に吠えるようになった。

⑦ 大型のゴールデンが飼い主の手を振り払ってラテに唸り飛びかかってきた
この出来事も無事だったからこうして気楽にお話しができるがその瞬間オトーサンは大事になることを覚悟した…。
2018年3月の午後、散歩途中の公園脇をラテと歩いていたとき、公園の周りを取り囲む高さ1メートルほどの石垣の上から大型犬…ゴールデン・レトリバーが飛び降り歯をむきだしたままラテに突進してきたのだ。要は飼い主(女性)がリードを持ち公園の端を歩いていたときゴールデンがラテに気づき石垣を飛び降りたため飼い主の力では制御出来ず手を離してしまったらしい。
オトーサンは肩に斜めがけしてあるバッグと手に持った傘はもとより、オトーサン自身を盾にしてラテを守ろうとしたが、本稿③の事件の教訓で得た、必要以上にラテのリードを制御せず反撃し動き回れる余裕を持たせた。

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※飛びかかってきたゴールデン。身に着けていたアクションカメラが撮影


まさか一般的に人間好きのゴールデンだからオトーサンを噛んでまでのことをするとは思わなかったからオトーサン自身の身を案じるつもりはなかった。ただただラテに傷を負わせないようにと奮闘し続けたがその時間は10秒とか15秒程度だったに違いないが、オトーサンには至極長く感じた。
幸い飼い主がゴールデンのリードに手を掛け静止させたので結果双方に何ごともなく済んだが恐ろしい一瞬だった。
いくら訓練済みのワンコだとしても子供や力のない女性が大型犬を連れて散歩するのは危険だと思う。

⑧ 大好きなNちゃんに飛びかかり顔に傷を付けてしまった
ヒヤリ・ハットにも色々な事例があるが、この件は飼い主ではなく馴染みの小学女子の顔に傷を付けて仕舞ったというオトーサンにとって絶望感一杯の出来事だった。
Nちゃんはこの地に来て最初に仲良くなったお子さんで当時幼稚園の年長だった。ラテはNちゃんをとても好きなようで近所の公園に毎日のようにでかけて遊んでいた。このNちゃんとの出会いが現在Nちゃんのご家族と、特にそのオカーサンと親しくさせていただく機会となった…。
Nちゃんに尻尾を引っ張られようと馬乗りされようとラテはご機嫌だ。そしてNちゃんは何度か我が家に遊びに来てくれた。
そんな2018年8月のある日、その日もNちゃんが遊びに来てくれ楽しい一時を過ごしたが、和室に常設していたラテの寝床に腹這いになっていたラテの真似をしてその隣にNちゃんも這いつくばった。共に笑顔だからと写真を撮った刹那「ガウウウッ」とラテが野奈ちゃんに飛びかかった。その様はまさしく襲いかかったように見えた。
オトーサンは咄嗟にラテを両手で払いのけたが見ればNちゃんの頬など三箇所に小さな傷があり血が滲んでいるではないか。オトーサンは血の気が引いていくように感じた。
女子の顔に小さいとは言え傷を付けてしまったことは取り返しがつかないしお詫びのしようもない…。ただしラテも「ガブッ」と噛んだ様子は無く歯を当てに行った感じだった。なぜ数多くの子供たちの中でも一番好きなNちゃんを攻撃したか…。後から思うにラテと並んで…というシーンはこれまでにも多々あったしそれでも今回のようなことはまったくなかった。

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※この直後、ラテはいきなり唸りNちゃんに飛びかかった


ただ今回が特別なのは「ラテのホームポジション」であった一点だ。
オトーサンの油断と言ってしまえばそれまでだが、ラテは己の守るべき聖地を犯されたように思ったのかも知れないし、嫉妬深いこともあってその場を奪われるかも知れないと考えたのかも知れない。
ともかく傷を消毒し公園にいらしたNちゃんのオカーサンに状況をご説明し謝罪したが「いつもどこかに傷つくっているので大丈夫ですよ」と言ってくださった。
そしてNちゃん自身、もう怖くてラテとは遊ばない…と言うのではないかと心配したが、有り難いことに尻尾が下がっているラテを「大丈夫だよ」と撫でながら慰めてくれたのには驚いたし有り難かった。勿論幸いなことにその後もNちゃんとは良好な関係を続けている。

【最後に】
ともあれ、それぞれが本当に大事に繋がらなくてよかった。やはりオトーサンはラテを信頼してはいたがそこはワンコであり、我々人との考え方や喜怒哀楽に違いがあるわけで飼い主はどのような時にも油断してはならないことを多々学んだ。

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ただし15年3ヶ月の間、こうして難がなかったわけではないが繰り返すが大事に至らずに済んだし、アレルギーの発症時期の苦悩や末期に首の腺腫が破裂したことなどはラテにとってもオトーサンたちにとっても大変な出来事だった。にも関わらず医者曰く老衰で亡くなる最後の瞬間まで痴呆は見受けられず視覚や聴覚もまずまず正常だったし手術を必要とするような大病を患わなかったことは喜ぶべきことなのだろう。
また特筆すべきは老犬になっても…いや、なってからこそ愛すべき存在であったラテというワンコの一生を託されたオトーサンたちは実に幸せな飼い主であった。


ラテ飼育格闘日記_828

残った膨大な量の写真を始めとしてラテの思い出は尽きないが、手元にある一冊のファイルは別の意味でラテの健康面に関する記録がファイリングしてあるもので、オトーサンにはこれまたお宝なのである。


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このファイルはそもそもラテを我が家に迎えることになった際に譲渡先と取り交わした誓約書を保存するために用意したものだ。
そこには、「今回迎える犬を室内にて終生育成し、家族で守ること」を始めとして譲り受けた飼い主が守らねばならないことが箇条書きされている。

狂犬病予防注射や混合ワクチンの接種、フィラリア感染予防や皮膚疾患への対処などを義務づけているだけでなく、「譲渡してはならない」「診察が必要な場合は速やかに動物病院へ連れて行く」など、ワンコの飼育や健康面で飼い主が守らなければならないことを明記し、もし譲渡側からの連絡や質問に答えない場合は返還することを承諾させるなど、かなり厳しい内容でもある。

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※ラテを譲り受けた際の誓約書


なかには「やむを得ず、継続飼育が不可能となった場合は連絡の上一度返還のこと」や「しつけをしっかりと行い、人間社会に共生し周りから可愛がられるこであるよう家族全員で努力し、指導に従う」、あるいは「老齢期には、家族全員で協力し老衰で旅立つ日まで介護を行います」といった具体的なことも記されている…。

オトーサンがこの誓約書にサインした2003年の12月にはこれらの一文は皆ただの印刷物に過ぎなかったが、今となっては実体験としてそれぞれに思いを馳せることができるし、何よりも幸いなことに本誓約書に違わずすべてを守り通し、やり尽くしたと自負している…。

その他、このファイルは15年の間、動物病院にかかった記録でもある。それはワクチンなどの接種証明書や健康診断、血液検査などの記録の他、それらにかかった費用…つまり領収書も残してあるからだ。しかしあらためて確認するまでもないが、ペットの医療費は別途保険にでも入っていない限りなかなかの高額であり、一度の診療で3万円を超えるケースも多かった…。

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※ペットの医療費は高い…


さらに2ヶ月あるいは3ヶ月毎に美容室に行った記録も残してあり、そこには体重が記録されていることから貴重な資料だ。
生後(推定)6ヶ月のラテを引き取った際の体重は9.1kgだったが、見るからに細く医者からも「もう少し体重を増やして…」と言われたものだ。それが半年後の2007年6月9日の美容室での記録によれば14kgとすでに平均体重になっている。しかしその後は20kg前後を推移し最高は21kgを越え、今度は「減量するように」とレッドカードが出た(笑)。

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※乞田川縁を歩く子犬時代…。まだとても細かった


ここの美容室では全身カットの他、シャンプーはもとより爪切り・耳掃除・肛門腺絞りやオプションで歯磨きまで処置してもらったこともあって、幸いラテは基本終生健康で過ごすことが出来た。
またいくつかアレルギー検査の結果も残っている。
なぜなら2011年(5歳)あたりから肉球を噛んで出血に至ったり、目の周りやマズルも掻き壊して一部紫色に変色した時期があったからだ。

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※なにか不安があるとオトーサンや女房の足(靴)の上に前足を乗せるのは当初からラテの癖だった


特に四つ脚は酷く、オトーサンはラテに歯を当てられながらも包帯を巻いた…。
なにしろアレルギー検査で92品目の内、29品目もの陽性反応がでたこともあり、食べ物は勿論使用するマットやタオルも綿のものは駄目なのですべて化繊のものに変更した。また苦労したのは鶏肉にアレルギー陽性反応が出たことだ。

主食となるドッグフードはもとより一般的なワンコ用オヤツにはまず100%といって良いほど鶏肉が使われているからでドッグフードも加水分解したそれまでより3倍強も高いものを与えるようになったり、オヤツもビーフ100%のものを苦労して探したりと大変だった。

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※飼い始めて1年半ほどでやっと表情が和らいできた


まあ、こうして終始してきた結果だろうが首に出来た良性の腺腫を別にすれば、15歳9ヶ月のなかで歯はもとより治療を必要する病気とは縁がなかったことは幸いだったし、若い時と比べようもないが視力も聴力も日常で不自由するほどには至らなかった。
オトーサンたちは日々ラテと向かい合い、慈しんできた自負はあるが、ラテが亡くなってから8ヶ月を過ぎた今、これほどまでに大切な…そして可愛いワンコと一緒だったこと、多くの思い出を残してくれたことに感謝している。



ラテ飼育格闘日記_827

ネット上で沢山のワンコたちの姿や日常の一瞬一瞬を拝見している。単に可愛いという話もあるが中には甘噛みで苦労されている方や病気や怪我に苦しんでいる飼い主さんも見受けられるし、そもそもどのように育てたら良いのかについて迷っていらっしゃる方も多い。


オトーサンたちがラテを我が家の家族として迎えたとき、我々にはワンコを飼うという覚悟はあったものの、知識は絶無と言ってよかった。ただ7冊ほどのワンコのトレーニングや育て方に関するムック本や書籍を読んではいたもののあくまで頭の中の知識だった。

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ただしオトーサンにはひとつの決意があった。物の本によれば最初が肝心でもあり、専門のトレーナーに託し飼い主に寄り添うように、命令に従うワンコに躾けるのが理想とあった。しかし素人ながら複数の説には矛盾も方針の違いも見受けられ、当然のことなのだろうが…これが唯一正しいトレーニングのやり方…といったものはないように思えた。

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※公園を後にするハリーちゃん、アポロちゃんとラテ…


また迎入れたラテはワンコの競技に出て好成績を会得するつもりもなく、特別な芸を覚えさせるつもりもなかった。ただただ家族として慈しみ、一緒に毎日を楽しく過ごせればと考えたが無論ワンコは人間ではなくこちらの意志や思惑を伝えるのは簡単ではないことは分かっていたが、専門家に託すのではなくオトーサンがゼロからトレーニングというか、家族の一員となるべく躾をしてみたいという勝手な思いがあり、それを実行することにした…。

ノウハウ本にはオオカミが祖先のワンコは集団で生きる動物であり、序列を重んじる生き物だからまずは飼い主が飼い犬の上に立たなければならないと書いてあった。要は舐められては言うことを聞いてくれないということになる。
また、あまりベタベタするのもマイナスとなるし、甘やかせてはならないとも言われていたがオトーサンは必要十分の命令をきちんとこなすのであれば世界で1番甘やかす、可愛がるワンコにしようと誓った(笑)。

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※盟友ボーちゃんと遊ぶ


最初の一年はリードの持ち方に注意をし、散歩時にオトーサンの左右について早からず遅からず歩く訓練をしたし、時にはマズルコントロールもやった。また刃向かったときには手加減はしたものの平手打ちをしたこともある…。
そのうちラテもともとの性格というものが分かってきたが、そもそもが飼い主にベタベタと寄り添うワンコではないこと。いわゆる「寂しがり屋の独り好き」的なワンコであることも分かってきた。

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※盟友ビーグル犬のハリーちゃんと


確かに1年半くらいまでは家中の歯を立てられるものにはすべて歯を立て食いちぎろうとした時期も合ったし甘噛みが酷くてオトーサンの両手は傷だらけだったが、本気で噛まれた事は一度もなかった。
それにワンコは電源ケーブル等も囓るから感電防止も含めて目に付く位置には置かないようにと注視していたが、面白い事に?あれだけ木製の取っ手からペットボトルまでかみ砕こうとしたラテが、コード類にはまったく興味を示さなかったことだ。

そして友達ワンコの中には雷でパニックになったり、救急車のサイレンを聴くと震える…といったワンコもいたが、ラテは掃除機やドライヤーは勿論、雷やサイレンの音にもびくともしなかったのには助かった。
やはりワンコも人間同様それそれ個性があり性格も違うからそれを見極めなければならないことも悟った。

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※わっ…大きなワンコだっ…と低姿勢(笑)


結果…オトーサンの教育が功を奏したという自信はないが、ラテは総じて良い子に育った。外に出れば怖がりでヤキモチ焼きだが不思議に子供にはフレンドリーだったため沢山の方々から声をかけてもらえたし、公園に入るとラテの周りには常に子供たちがいた。
当然のこと、いろいろな苦労や心配事もあったがラテは親バカではあるもののとても…とても良い子だったとオトーサンは胸を張って断言できる!


ラテ飼育格闘日記_826

前回はラテが倒れ、一時はそのまま息を引き取るのではないかと思われたが、幸いなことにいきなり固形物を食べ始め、自力で立ち上がってゆっくりとではあるが歩くまでになったまでを振り返った。今回は行き掛かり上、その後…すなわちラテが亡くなるまでを、それこそ日記風に思い出してみたい。


燃え尽きる直前、一瞬これまでにも増して光り輝く…とは恒星の最後を綴った話しだと記憶しているし、我々人間も寝たきりだった者が死の直前、元気になったかのようにベッドに半身を起こす…といった話しも聞いたことがある。

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ラテも後から考えてそうした事だったのかも知れないが、食事もせず、水も飲まず点滴だけで一週間ほど寝たきりだったラテが急に牛乳に浸したドッグフードを食べ始め、何と言うことか自力で立ち上がって歩いたのだから驚き喜んだ。
さらに今年(2022年)1月20日には信じられないことだったが、ラテはボール遊びに興じた…。無論飛び跳ねるようなことは出来ないまでも自力でボールをゆっくりと追いかけた…。その姿を見てオトーサンは思わず涙してしまったものだ。

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※ボール遊びを楽しんだラテ…


1月22日には介護散歩用として探していた大型のカートが届いたが組立に苦戦した(笑)。ともかくこれでラテは歩けなくてもカートに乗せて公園に連れて行くことができる。
しかしその間にオトーサンにもアクシデントが起こった。それは定期検診を受けているクリニックで心房細動の兆候ありと診断され大学病院で精密検査に行く羽目に…。そして24時間心電図をモニターする「ホルター心電計」を胸と腹に装着しつつラテの世話をすることに(笑)。

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※大型犬用のカートで近所の公園に連れて行くことができるようになった


さて2月2日のこと、ラテのオシッコに血が混じっていた。医者いわくおむつの弊害かも知れず膀胱炎ではないかとのこと。取り急ぎ抗生剤を処方してもらった。心配が尽きないからか、オトーサンはその夜ラテをおんぶして道に迷っている夢をみた…嗚呼。
さらに首に出来ていた脂肪腫から突然の出血! 治療しようと近づいたときラテが「ブルブルブル」と首を振ったために周囲に血が飛び散り辺り一面血の海でオトーサンも平常心を失いかけた。しかし出血多量といった心配は無く、悪い血なのですべて出してしまう必要があり、そうなれば膨らみもへっこみラテも楽になるはずだからとオトーサンは自身を鼓舞して後始末にかかる…。

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※自力で立ち上がって「何してるの?」と顔を覗かせた


この頃から別室でラテを寝かせているその姿をモニターしようと小型カメラを設置。ともあれ腺腫からの出血を別にすればラテはまずまず元気で食事も規定量をあっと言う間に平らげた。
2月10日の朝、オトーサンが起床の支度をしているとラテが笑顔で挨拶に出て来た。嬉しい~。

2月12日、天気も良くラテが外に出たがっていたので意を決し、カート無しで外に連れ出した。ハーネスを吊り上げるようにして歩かせ馴染みの公園に出向くとそこには大好きな女子たちがいて笑顔で迎えてくれただけでなく、オトーサンはバレンタインだからとチョコもいただいた。

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※公園でお馴染みの女子たちと出会え嬉しそうだ


そういえば、おむつをしているのに排泄は外でしたいラテだから困る。で、外に出られる時間でもないのによたよたの体で玄関のドアに頭をぶつけながら出ようとする。

2月15日、ラテは食事を食べず元気がない。その原因の一つはおむつが嫌で💩を我慢するからか便秘のようだ。しかし真夜中に珍しくラテは便意を催したのか起きてきた。仕方がなく外気温2℃の中、外に連れ出したらやっと便秘は解消。まったく心配させやがって…。でもよかった、よかった。
2月18日、ラテをカートで公園に連れて行った。主な目的は💩をさせるためだが、昨日今日は足腰が定まらず自力で歩けないのでなかなか大変。家に戻っても抱き上げて玄関を入るというありさま…。具合は一進一退だ。
2月22日、ラテの腰の床ずれの傷を隠す為(包帯を取らないように)女房の古いTシャツを着せてみる。またこの日には万一のためと購入した酸素発生器が届く。

2月27日、午前12時半、1時、2時、3時過ぎとラテが鳴くので起こされる。寝返りをうちたくとも自力でできない事とどうやら視力と聴力の衰えで目が覚めると不安になるのではないかと思うが、オトーサンはラテの体の向きを変え、寄り添う事しかできないのがやりきれない。

3月1日、16時過ぎラテを外に連れ出した。相変わらず腰砕け状態で体重はオトーサンの腕に全部かかっている状態。それでも出すものを出したら優しい表情になった。
3月3日、天気も良し温かいからと3時過ぎにラテをカートに乗せて馴染みの公園に連れて行く。しかし少し前とは違いカートの中でも横になったままだし、外に出してみたものの立てずに終始横になったままだった。

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※この日、公園にカートで連れだしたがすでに脱力状態で立つこともできなかった


3月6日の未明、ラテが頻繁に弱々しい声を上げる。オトーサンはここの所完全に寝不足だが文句を言ってる場合ではないとパジャマのままラテのところに行くと笑顔を見せる。思わず椅子に座ったオトーサンはラテを両膝の上に乗せて抱きしめるがその痩せて骨張った体に唖然とするがそれでも10分ほど抱いている間は安心したのか声を上げずに目を瞑っている。

オトーサンは静かにラテを寝床に置き、再び布団に入るが明け方5時前後かラテが再び声を上げたが尋常ではない感じ…。見に行くと口を開け呼吸が荒いので酸素発生器で手製の酸素マスクをあてがうと多少は楽になったかに見えたが、ふと気がつくと開いた口から見える舌の色に血の気がなく白い!そして一瞬だが両眼が泳いでいる…。

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※呼吸が荒く舌の色にも血の気がない。オトーサンは急遽酸素吸入を始める


「これはさすがにその日が来たか」とオトーサンと女房は覚悟をせざるを得なかった。ただその日女房が出社の日でもあり手早く朝食を整え再びラテの所にいくと正しく虫の息だった。オトーサンは思わず「ラテ、ラテ!」「死ぬな!」と叫んでその頭を抱え込んだが数度浅い呼吸をしたように思えたラテは薄目を開いた状態で静かに息を引き取った。15歳9ヶ月の犬生だった。
オトーサンにできることはただただ泣くことだけだった…。

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※オトーサンと女房に看取られつつラテは穏やかに息を引き取った…




ラテ飼育格闘日記_825

ラテを亡くしてからYouTubeやインスタ、Twitterなどでワンコの映像を好んで拝見している。それらは文字通り様々な犬種、それぞれの気質を持ったワンコの姿がオトーサンを慰めてくれるが特にラテが保護犬だったこともあり、捨てられたりしたワンコがレスキューされ後に笑顔を見せる姿や、「虹の橋を渡りました」といった報告を飼い主さんが涙ながらに報告される姿を見る度にラテが倒れてから亡くなるまでの71日間がフラッシュバックされてまたまた涙する。


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ラテが倒れてからもこの「ラテ飼育格闘日記」で毎週主な出来事をご報告してきたが、そのリアルな毎日の姿をお伝えするのは難しいし、憚れることも多く書けないあれこれも多いのが現実でもある。
でも最近、ラテの死に際…死に様にきちんと向き合うことはラテと過ごした15年3ヶ月という長い生活の決算報告を見つめることではないかと思うようになってきた。

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※2021年12月24日から寝たきりになった…


とはいえ会計報告のようにすべて数字で、バランスシートで、物事の良し悪しや苦楽を推し量るというつもりはなく、オトーサンたちの思い出の中にきちんとコンプレッションして忘れないようにしようという試みのひとつなのだ。

無論このバランスシートはオトーサンたちにとっての良し悪しとラテにとっての良し悪しがある。繰り返すがワンコを飼った経験も無く、運命と言えばそれまでだが、ワンコの里親会でたまたまリードを預けられたワンコを家族に迎えて15年3ヶ月、文字通り24時間狭い空間で一緒に寝起きし、近隣を駆けずり回った…。
そして雨の日も台風の日も大地震の後も欠かさずラテと散歩に出た。

オトーサンにとっては毎日がそれこそひとつひとつ新しい経験として身に着け覚えていかなければならないことばかりだった。なにしろ事前に7冊ほど買い込んだマニュアル本がほとんど役に立たなかったし、早くも三日目には肩と膝に支障が生じた(笑)。
そんな時期にはご多分に漏れず、ラテが死ぬなんてことは絵空事でしかなくこの日々が永遠に続くような錯覚もあった。

2021年の12月24日、そう…クリスマスイブにラテが倒れた。それまでにも足腰は大分弱っていたからそんな日がいつ来るのかという漠然な恐怖があったが、それが現実になった。丁度女房も仕事が休みで一緒に散歩に出た夕刻だったが異変に気づいてそのまま動物病院に担ぎ込んだら注射や点滴、そして酸素吸入を施すことになった。
医師曰く、このまま放置していたら死んでいたよ…と。

ともかくその日から初めての本格的な看護が始まった。まったく食事もできず、オトーサンは注射器でチュールや流動食、人間用のゼリーなどを少しずつ口に流し込む毎日だったがほとんど受け入れない。つしてついに自宅で点滴を必要と診断され、オトーサンはラテの首筋に点滴の針を刺す日々が続いたし勿論排泄も自力では出来ないからと初めてオムツやパンツをはかすことになった。そして横になりっぱなしの常として骨盤に床ずれもでき、体の向きを変えるタイミングも重要だったしその治療も続けなければならなかった。

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※自宅で点滴を打つ毎日が続く…


その時期、正直オトーサンたちは先は長くなく新年を迎えられたとしても死期は近いのではと覚悟せざるを得なかった。なにしろ、ろくに水はもとより餌も食べないので…。
12月27日の午前3時半…。15分ほどの間隔でラテの鳴き声に起こされる。特に息が荒いわけでもなさそうだがどこか痛いのか苦しいのか…。その度に寝返りをうたせ姿勢を変えるとまたしばらくは大人しく寝る…といった繰り返し。

12月30日の明け方「ギヤーッ」といった悲鳴を上げたのでいよいよ最後かと動揺したら結果寝込んでから初の💩だった。粗相することの無かったラテはオムツしたままの排泄が気持ち悪かったのだろう。後始末がメチャ大変だったが処置が終わったら天使の笑顔になった。

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※オムツを取り替えたらお腹を出して戯けた(笑)


年が明けた1月8日、なんと…10gのドッグフードを牛乳に浸して与えたら完食してくれたのだ。固形物を口にしたのは2週間ぶりだが、ダメ元でオトーサンがドッグフードのミルク浸けをマズルの側に置き続けたのが功を奏したのだった。ラテも生きたかったに違いない!

1月12日のこと、ラテは食欲が出て来たのと同時に自分で動こうとするが立てない…。そこでオトーサンはその日から少しずつ四つ脚立ちのリハビリを始めた。といっても腹を支えてやり、四つ脚の力具合の感覚を甦らせたいということだが、その甲斐があってかその日、7秒ほどだが二十日ぶりに立つことができオトーサンたちを喜ばせた。
そしてその日の夕刻、オトーサンたちが食事をしていると、何と言うことか奇跡が起こった。ラテがよたよたしながらも自力で寝床から立ち上がりオトーサンたちが食事している場所まで歩いて来てくれたのだ。

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※ラテはよたよたながらも自力で歩き、オトーサンたちのところまでやってきた!


その後は食欲もほぼ戻ると同時に大分痩せたもののゆっくりと歩き回り笑顔を見せてくれるようになった。そのまま元気になるとは思わなかったがオトーサンたちの喜びようはお察しいたただけるものと思う…。
結局亡くなる3月6日までの1ヶ月少々、ラテ最後のサプライズだったのだろうが元どおりとは言えないもののラテと最後の一時を楽しむことが出来たのは幸いだったと思わなければ罰が当たるに違いない。
ともあれ、オトーサンたちにとって今年、2022年最大の出来事は間違いなくラテが亡くなったことだ。


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Author:mactechlab
主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。また直近では「木挽町お鶴捕物控え」を発表している。
2018年春から3Dプリンターを複数台活用中であり2021年からはレーザー加工機にも目を向けている。ゆうMUG会員