DVD 5枚組「コナン・ドイルの事件簿」は面白かった!

「貴方は1日のほとんどをMacの前にいるというが、なにをやっているのですか?」と聞かれることがある(笑)。無論その多くは原稿書きや企画書作りなのだが最近はMacintoshのモニタでDVDをよく観る。先日もずっと気になっていた作品をAmazonから取り寄せて楽しんだが、それが「Dr Bell and Mr Doyle」邦訳は「コナン・ドイルの事件簿」というDVD 5枚組である。


この作品はいわばシャーロック・ホームズの誕生秘話といったポジションにあるものだから、ホームズ物を知らない人がいきなり観たのではそのストーリーは単なるミステリー物というだけで面白くないかも知れない。しかしシャーロッキアンから見ればホームズの生みの親であるコナン・ドイルがなぜホームズならびにその聖典と言われている長編短編合わせて60編の作品を生み出したかという背景が浮かび上がってくるようで興味はつきないのである。

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※「Dr Bell and Mr Doyle」DVD 5枚組パッケージ。邦訳は「コナン・ドイルの事件簿」


ところで「Dr Bell and Mr Doyle」の“Doyle”は無論コナン・ドイルのことだが“Dr Bell”を知っている人はシャーロッキアン以外はそんなにいないだろう。
実はこのジョセフ・ベル(1837年~1911年)博士は医学博士であり王立外科医師院特別会員、王立慈善病院、王立小児病院外科顧問そしてエジンバラ大学大学院法廷判事という肩書きを持った実在の人物であり、コナン・ドイルがエジンバラ大学で医学を学んだときにドイルを指導した本人であった。そしてそればかりでなく、後にドイルが開業したものの患者が来ず、内職のつもりでシャーロック・ホームズ物語を生み出したとき、ドイルはこのベル博士をモデルとしてホームズを作り出したのである。
ベル博士は診療室にはじめて入ってきた患者に対して、症状は勿論だがどこから来て職業が何か...といったことを言い当てたという。
彼の口癖は「ただ単に見るだけではなく観察せよ」だった。まさしくこれはホームズの口癖でもある。こうして実在の師弟が、フィクションとはいえ一緒に難事件に直面していくストーリーはシャーロッキアンにとってはこたえられない...。ただし本作品はフィクションではあるものの例えば第1話「ドクター・ベルの推理教室」で隣室にガスを送って妻を殺害する話が出てくるが、これは1878年に起きたシャントレル事件という実際にあった話を元にしているものと思われる。そしてこの事件に実際ベル博士が解決の手助けをしたと信じている学者もいるようなのだ。なぜなら時々協力し合っていたベル博士の同僚が検視の一端を担った事実があるからである。

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※「コナン・ドイルの事件簿」第4話のDVDケース。右がベル博士役のイアン・リチャードソンで左がドイル役のチャールズ・エドワーズ


ともかく結論めくが、イギリスBBCが製作しただけあって全編にわたりとてもよく出来ている。
19世紀末の街並みはもちろん衣装や小道具などなども妥協はないようだし、何よりも素晴らしいのはホームズの聖典に描かれているストーリーを十分意識しているところだ。
第2話「惨劇の森」では「ホームズの帰還」に収録されている「ひとりぼっちの自転車乗り」という話しがこの事件を題材にドイルが執筆したと思わせるに十分なストーリーだし、単純にストーリーに焦点を当てるなら聖典よりこの「惨劇の森」の方が出来が良いと思わせるほどだ。
余談ながらこの「ひとりぼっちの自転車乗り」「寂しい自転車乗り」とか「孤独な自転車乗り」と訳される本作品は以前「美しき自転車乗り」と訳されて出版されたことがあった。
原題が “ the Solitary Cyclist ” なのだから明らかに過剰な意訳なのだが、NHKテレビで放映されたイギリス/グラナダTV製作「シャーロック・ホームズの冒険」の中のタイトルも「美しき自転車乗り」となっている。しかしその役者を見て私は「ちっとも美しくない!」と文句を言ったことがあった。それに対して弟が「それは好みの問題だよ...」といかにも冷静なもの言いをしていたのを思い出す(笑)。
しかしこの「惨劇の森」に登場する自転車乗りの女性、ヘザー・グレイス嬢は実に美しい...。

また聖典「四つの書名」の中でワトソンが父親から兄へと受け継がれた形見の懐中時計をホームズに見せ、この持ち主を推理してみろと勧めるシーンがある。ズバリと兄の悪癖などを指摘されたワトソンはホームズが事前に自分の家庭に関して調べた結果をさも推理したように言ったと思い込みホームズを非難するシーンがある。
「コナン・ドイルの事件簿」にもベル博士とドイルとの間で同じ展開があるのもシャーロッキアンにはニヤリとさせられるところである。
その他、ベル博士が死体を叩いたり、室内で拳銃をぶっ放したり、ドイルの弟イネスにベル博士が鹿打ち帽をプレゼントしたりと、シャーロッキアンなら思い当たるところが多々登場して息をもつかせないスピード感がある。

さて細かなストーリーはともかく本編はドクター・ベル役のイアン・リチャードソンの演技が実にいい...。イアン・リチャードソンは1980年代テレビドラマでシャーロック・ホームズを演じたことがあったが、どこか人間くさい情のあるホームズで今ひとつの感じがした。しかしこのドクター・ベル役では優しさと厳しさはもとよりアクティブな人間性がよく出ているようで何だか実際に会いたくなってくる人物である...。とはいえ残念ながら彼は2007年2月9日、72歳で鬼籍に入ってしまった(嗚呼)。

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※1983年製作「四つの署名」でシャーロック・ホームズを演じるイアン・リチャードソン


実際のベル博士の写真も今に伝わっているが、かなり紳士然とした男前である。そしてこのイアン・リチャードソン演じるベル博士も年季の入った初老の男として魅力的である。したがって彼の演技...姿を見たさに再度DVDを見ようとする気になるほどだ。

無論原題が「Dr Bell and Mr Doyle」となっていることからもお分かりだと思うが、このベル博士が本編の主役でありいわばベル博士がシャーロック・ホームズでドイルがワトソンに相当するという構成になっている。逆にワトソン役は学生時代と卒業後は別の役者だが共に実際のドイルを彷彿とさせる姿ではないのが少々残念である。
それから全体のストーリーは師弟愛を軸に描かれてはいるものの決して後味のよいものではない。
もともとベル博士は外科医であり警察から死体の検視を依頼される立場にあるから彼の日常に死体がどさどさと登場するのも道理であろう(笑)。そして「切り裂きジャック」といった犯罪史上もっとも残酷で陰惨な事件が多発した当時の暗い世相と時代背景を考えれば明るいドラマにはなり得ないわけだが、それにドイルの家庭環境にも暗い影が差しており、ドイルの心痛が耐えないのもこれまた史実なのだ。
さらに「催眠術」「降霊術」「毒薬」「写真機」といった興味あるテーマだけでなく女性の社会的地位がどれほど低かったか、あるいは警察の無気力ぶり...などなども描かれヴィクトリア時代後期のリアルな時代性をも楽しめる作品になっているものの、ハッピーエンドを期待する方にはお勧めできない...。

当時の実社会を描くとすれば残念ながらこんな感じにならざるを得ないのたろう。特に犯罪やら病気を扱う立場のストーリーとしては...。
そして別途 E.J.ワーグナー著/日暮雅通訳「シャーロック・ホームズの科学捜査を読む~ヴィクトリア時代の法科学百科」を読むと当時はまだまだ多くの迷信が色濃く残っていた時代であったことがよく分かる。だからこそ、ベル博士は勿論だがシャーロック・ホームズの観察と推理を前提にした科学的捜査が光ってくるのである。
そう納得すればするほど逆に聖典のホームズ物語はテーマが殺人だったりする場合でもホームズとワトソン2人のキャラクタによるものなのだろうか、あまり陰惨な感じを受けないのは素晴らしいことなのかも知れない。
この「シャーロック・ホームズの科学捜査を読む~ヴィクトリア時代の法科学百科」については別途機会があればより詳しくご紹介してみたい。

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※河出書房新社刊「シャーロック・ホームズの科学捜査を読む」表紙


第1話「ドクター・ベルの推理教室」ではドイルとベルが巡り会い、ドイルが助手になっていく過程が描かれ、ベル博士の推理手法に懐疑的ながら医者として大切なことを学んでいくわけだが、第5話「暴かれた策略」ではドイルの成長ぶりがうかがえて面白い。
シャーロッキアンのための作品だとすればこうして一般的にお勧めするのも矛盾するかも知れないが、本作品からシャーロック・ホームズ物語に興味を持つ人が一人でも増えると嬉しい。


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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員