TBS 日曜劇場 JIN -仁-が完結...しかし大いに不満!

テレビを観ない私が毎週日曜夜九時を楽しみにしていたTBSドラマ「 JIN -仁- 」がとうとう完結してしまった。大変クオリティが高い作品であり視聴率の高いことも十分に頷けるものだった。ただしそのストーリー展開には様々な意見があるだろうが私はどうにも納得がしかねる...。以下にはストーリーのネタばらし的な部分も含んでいるのであしからず...。                                                                                

普段テレビは観ないし映画館にも足を向けないのでこのドラマで大沢たかおや綾瀬はるかの演技をはじめて観た。そして綾瀬はるか演じる橘咲という女性のファンになった(笑)。
歴史好き、幕末好き、そしてタイムスリップに興味があるのだから「 JIN -仁- 」にはまらない方が不思議だろう。ともかく出演者達の演技の素晴らしさや大道具、小道具にも力を入れたその絵作りは見事というしかない。

原作はご承知のように「スーパージャンプ」(集英社)に連載され、圧倒的な人気を誇った村上もとか作のコミックである。
話は幕末の江戸へタイムスリップしてしまった脳外科医・南方仁が、満足な医療器具も薬もない環境で人々の命を救っていき、その医術を通して坂本龍馬・勝海舟・緒方洪庵ら幕末の英雄たちと交流を深め、いつしか自らも歴史の渦の中に巻き込まれていくという、壮大なストーリー。
そして歴史を変えてしまうのではないか…それは神をも恐れぬ行為ではないか…と苦悩しながらも力強く生きていく...。
なお原作のコミックはすでに完結になっており、私の手元には「ジャンプ・コミックス デラックス」全20巻としていまでも時折ページをめくっているお気に入りの作品である。

テレビドラマも2009年にスタートした第一作目から欠かさず観ていたしそのDVDも購入し第2作がスタートした直後に出版された「オフィシャルガイドブック」も買った熱烈な「 JIN -仁- 」ファンである。

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※TBS 日曜劇場 「JIN -仁-」オフィシャルガイドブック表紙


このドラマを見ていると自分も江戸の街を闊歩し、坂本龍馬や勝海舟そして仁友堂の一員として立ち働いているように気になってくる。それだけ思い入れが強い作品なのだ。
そして視聴率の高さがその完成度の高さを物語っているわけだし、TBSのオフィシャルサイトにはそれこそ膨大な感激...感謝の書き込みが絶えない。

しかし私はこの第2作目は...というか元を正せばドラマのストーリー、すなわち脚本には大きな不満を持っている一人なのである。まあドラマの話し、フィクションの話しで言い合いをするつもりもないが(笑)、ともかく私の話を聞いていただきたい。
まず申し上げたいことは、私が不満なのは原作という揺るぎないものを前提にしてのことだ。
最初に感じたことはドラマの「南方仁」はどうにも女々しい...(笑)。それは原作にはない現世の恋人「友永未来」がいること、そして彼女の姿がタイムスリップした江戸吉原の花魁である「野風」とうり二つだったという設定、かつあの映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」ではないが、タイムスリップしたとき持っていた彼女とのツーショットの写真が消えたり変わったりする...といったオリジナルにない設定からきたものと思われる。
なぜなら原作では婚約指輪を返されてしまいショックを受けた仁先生が最初に描かれているしその彼女は別に野風と似ている云々といった設定もない。
そうした設定のためかドラマの第1作目から仁は写真の入っている桐箱を開けてため息をつくシーンが多いのである。

さらに幕末の歴史に詳しくないとはいえ最高学府を出て医者となった男としてドラマの中の仁はいささか不甲斐ない。だから余計橘咲の健気さが目立つのだが、それにしても医療知識や手術の腕前を別にすればどうにも「おいおい、この先生に命預けて大丈夫か?」と思ってしまう気の弱い面が目立つし、すでに数年も江戸に住んでいるというのに武家の作法あるいは物の言い方などに相変わらず疎いといったことで誤解を招いたり損をすることになる。
原作の仁はその点、当然のこと江戸で生きそして死ぬことを覚悟しているだけあって肝が据わっている。無論歴史を変えてしまうことになるのではないか...といった不安や元の世界に戻りたいという葛藤はあるわけだが、医者としての威厳も備わっている。しかしドラマの仁はいかにも頼りない(笑)。

勿論原作のストーリーそのものがタイムスリップの謎を含めて100%納得できるものだとは言ってはいない。疑問点は多々あるし矛盾点も見受けられるがパラレルワールドの利点?を活かし仁は幕末の江戸で最愛の橘咲と共に、そして仁友堂のスタッフらとともに医療技術の研鑽に励み歴史を大きく変え今日仁友堂は大学を含む大病院として存在することになっている。そして仁は2000年の現在にも幕末の記憶を留めながら生き、そして野風の末裔とロマンスの可能性を漂わせながら物語は終わる。
しかし前記したようにプロット自体に違いを持たせてしまったTVドラマはより人間関係が複雑になり謎も多くなる。当然視聴者としてはその謎がどのように収まり解決するのかに興味が集中すると共に仁は野風と咲とどのような関わり合いで終わるのかに固唾をのむことになる。

私のドラマ終焉に向かっての興味はやはり橘咲と南方仁との関係にある。いくら何でも坂本龍馬が暗殺されずに生き残る...といったことにはならないと思うし二人の関係が素晴らしい形で終わって欲しいと願うばかりだったが、ドラマは原作とは違い「歴史の習性力」とかいう便利な言葉を振りかざして仁友堂の皆は勿論、咲の記憶からも南方仁の存在を消してしまう事を創作した。
いやはや、仁への尊敬と恋心を持ったまま仁に去られるより記憶が無くなった方が咲にとっては優しい結末ではないかといった話しをする方もいるが、いってしまえば原作とて荒唐無稽のフィクションである。なにもタイムスリップに伴う矛盾点を物理学的に解明しつくす必要もないしそれは実際できない相談だ。であるならいたずらに歴史の修正力などといったパワーを振りかざすのではなく原作に沿った完結であっても何の不自然もないはずであろう。そして仁と咲は原作のように例えパラレルワールドの別世界であろうとも結ばれなくてはならないと思う。是非是非そうあって欲しいとすべての視聴者は望んでいたに違いない。それに視聴者を泣かせばよいというものではないだろう(笑)。事実ドラマ作りでも笑わすより泣かす方が簡単だという...。だから多くの視聴者の「涙が止まらなかった」という反応は決して褒め言葉と受け取ってはいけないと思う。

こうした話しをはじめると映像の作り手から必ず出る物言いがある。それは「小説(漫画も)と映画・映像は別の創作物であり原作のままの映像化は決して良い結果にならない」といった類の言いぐさだ。
確かにその意見に一理あることは認めるが、その腹の底には映像化する側の勝手な都合が見え隠れするのも事実ではないだろうか。
なぜ原作にはない「友永未来」なる人物を創作したのか。それは当然野風をも演じる女優である中谷美紀の出演シーンを多く作り出したいという意図・都合もあったからだと勘ぐりたくなる。そして特に第2作の複雑さは原作とは違い、限られた登場人物で急激なストーリー展開をしなければならないという制約もあっただろうが、私は多分に制作側の悪い意味における思い入れ過多と必要以上に物語に整合性・説明性を求めた結果だという気がしてならないのだ。

なぜ仁と咲との関係のみならず原作を大きく変えるストーリーになったのか。それは表向きは「原作と映像化は別の手段だから」といったことなのだろうが、あえて申し上げるなら一歩間違えればそれは映像の作り手の驕りになってしまう。
どうやら「 JIN -仁- 」を担当した名物プロデューサはドラマに登場する男女をハッピーエンドで終わらせることが好みではないといった情報もあるが(笑)、原作通りでは自分たちの仕事の価値が薄まるとでも思っているのではないだろうか。あるいは原作を越えるストーリーを自分たちで作り上げたいとでも考えたのかも知れない...。別の言葉でいうなら自分たちの仕事に自分たちの爪あとを残したいという願望なのか...。

話題が逸れるが、イギリスのグラナダTVが制作した「シャーロック・ホームズの冒険」という大変優れたドラマがある。すでに亡くなったがジェレミー・ブレッドがホームズに扮する一連の物語は原作に忠実であるばかりか、当時の新聞に載った挿絵と同じ角度、同じシーンを演出するなどして多くのシャーロッキアンを唸らせた。しかしその一連のドラマでさえシリーズの後半には原作を大きく逸脱したストーリー展開の物語が数編も続くことになった。これはTV局側が対抗番組に匹敵する長編を撮れという強い要望がありプロデューサのジューン・ウィンダム・デービズは苦悩した結果だという。なぜならそれ向きの素材はすでに原作になかったからだが、結局彼女が下した結論は与えられた素材を時間分だけ膨らませることしかできなかった。結果「サセックスの吸血鬼」「未婚の貴族」「犯人は2人」の3編は原作改編(改悪)の代表作となり特にサセックスの吸血鬼」「未婚の貴族」の2作は原作と別物になってしまった。

「 JIN -仁- 」は第一作が予想以上に視聴率もよく多くの賞も受けただけに関係者は第2作へのプレッシャーも大変なものだったと思われる。そうしたプレッシャーがいたずらにストーリーを刺激的な展開にしてより視聴率を稼ごう...といった方向に向けてしまったのだろうか...。まあ第2作の完結編最終回の最高視聴率は26.1%、瞬間最高視聴率は31.7%をたたきだしたのだから結果は成功なのかも知れないし、私のように考える視聴者は極々少数派なのだろう...。
ともかく繰り返すが「 JIN -仁- 」は原作が大変よくできている。そこに描かれているシーンは実により調べられており、例えば神田駿河台のシーンなど昔その近所をうろついていた者にはすぐにわかるし、いい加減な描写がないのである。

もし聞かせてもらえるならお聞きしたい。なぜ素直に原作に沿ったストーリー展開をしなかったのか...と。まさか原作では説明不足だからとか原作ではインパクトが不十分だからとは言わせない(笑)。
結局原作を十分に楽しんだ私にはドラマの「 JIN -仁- 」は後味が悪いものとなった。
そういえばドラマの「 JIN -仁- 」のキャッチコピーに「神は乗り越えられる試練しか与えない」というのがあり、度々仁や咲がその言葉を口にする。しかしこのドラマの結末では記憶が無くなってしまうだから乗り越える...乗り越えないに関係ない悲しい試練で終わってしまったことになる。このキャッチコピーは無論原作にはないのだから一体何だったのか?

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※ジャンプ・コミックスデラックス版の20巻完結編表紙


ところで私は原作を全20巻読み終わり、勝手に想像していたことがある。
「 JIN -仁- 」は完結編が終わったのだからドラマの続きは決してないのだろう。それはそれで仕方がないが、原作者の村上もとか氏に是非是非「明治の仁友堂」といった物語を描いて欲しいという思いが強くなったのだ。
原作では南方仁は橘家の養子になったのだろう...橘仁を名乗り、咲と結婚する。しかし子供には恵まれなかったので養子として迎えた喜市たちと仁友堂を盛り上げていくことになっている。であるなら徳川の世が終わり、明治の世に活躍する仁先生や咲、そして仁友堂のスタッフらに思いをはせることも痛快ではないか...と考えたわけだ。
老いた勝海舟と昔話をするのもよし、明治天皇に謁見する場面などなど明治という時代もなかなかドラマの時代背景として面白いと思う。
しかし今回のドラマの結末ではそれも叶わない。まったくこの不満、イライラはどこにぶつければよいのだろうか(笑)。

そうそう、最後に一言...。TBSには「 JIN -仁- 」のオフィシャルサイトがあり、そこにはファンメッセージのページがある。ここを覗くと多くの方々の賞賛の声が聞こえてくるが、私も完結編の前編と後編を見た後でメッセージを3編書き込んだ。その1編は「咲さんを不幸にする結末ならDVDは買わない!」といった些か過激な批判であったが、ああ...そのメッセージは載せてもらえなかった(笑)。
関係者らはやはり賛美だけを集めたいのだろうか。もう少し真摯な態度で視聴者のサポートもするべきだろう。だから私は第2作のDVDは勿論、6月29日に発売されるという「完全シナリオ&ドキュメントブック」も買わない!
ともかく「 JIN -仁- 」が終わった今、TBSテレビはもっとも見ないチャンネルのひとつに戻った...。

日曜劇場「 JIN -仁- 」オフィシャルサイト

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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員