Apple 1、9700万円で落札というニュースに接して...

Apple 1がオークションで9700万円で落札されたというニュースに驚いた。どうやらそれはスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックがバイトショップに納品するため最初に作ったApple 1、50台のうちの1台で完動品だという。それにしてもホビーコンピュータの基盤価値としては破格の扱いだ…。


確かに希少価値という点において貴重なものとなっていることは確かだしこれまでにも3000万円程度での落札は耳にしてきた...。それもこれも世界中に現存しているApple 1はすでに30台前後しかないともいわれているからだし、さらに動作するものはほんの数台という。
そもそもApple 1の存在が少ないのは誕生から38年間ほど経っていることもあるが、当時のAppleはまだ法人化されておらず、売り方も現在とはまったく違う形で世に出たからだ。

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※当研究所所有のApple 1 (レプリカ)


念のためにおさらいすると1976年にスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアック、そしてロン・ウェインの3人はウォズニアックが開発しApple 1と名付けたボード・コンピュータを販売する会社...Apple Computer社を作った。しかし売れるのか、売れないのか、販売価格はどの程度にしたら支持されるのか...などなど明確な判断ができぬまま、彼らはホームブリュー・コンピュータ・クラブに持ち込んで反応を確かめ、意見を聞いたりもした。

スティーブ・ウォズニアックに言わせれば、会社を興すためにApple 1を作ったわけでもなく、ただ自分の為のコンピュータを実現したいがための開発行為だった。それを友人のスティーブ・ジョブズが「これはビジネスになる」とウォズニアックを説得した結果の起業だったわけだが、ウォズはアタリ社を辞めるつもりもなかった。したがってあくまでサイドビジネスのつもりだったらしい。
また当初は完成品を販売するのではなく、ジョブズがフォルクス・ワーゲン、ウォズが HPの関数電卓を売って作った僅かな資金でプリント基板を作り、それが売れたら車や電卓を買い戻そうという程度の考えだったともいう。

しかし、たまたまホームブリュー・コンピュータ・クラブに出入りしていたバイトショップのポール・テレルという人物が1ヶ月以内に完成品の50台を納入できるなら納入時に全額を現金で支払うという申し出をしたことからAppleがビジネスらしい活動ができるようになった。テレルはMITS社のAltair8800などを積極的に扱い始めた時期でもあり、パソコンショップの目玉のひとつにApple 1を加えることを考えたようだ。
結局スティーブ・ジョブズの自宅で基板に部品を実装する日々が続き、納期ぎりぎりにやっと納品することができたが、完成品というにはほど遠くキーボードもトランスも付属しなかったもののテレルは約束通り現金を支払った。

その後もバイトショップには第2ロットを納品すると同時に、1976年8月にはニュージャージ州アトランティックシティで開催された「PC ‘76 Computer Show」に小さなブースを出して宣伝に努めたが、スティーブ・ウォズニアックいわく、全部で175台製作したApple 1は他のショップや友人たちを含めて150台売ったものの後は売れなかったという。したがって会社は作ったものの将来に不安を感じたロン・ウェインが早々に会社を離れていったことでも当時の不安定な状況をうかがい知ることができる...。

ただしウォズらの頭にはすでに次のコンピュータ、Apple II の開発があり、その過程でマイク・マークラの資金援助といった巡り合わせがあって1977年1月、Appleは法人化することができた…。その年の4月にAppleは第1回ウエストコースト・コンピュータ・フェアにブースをかまえて華々しくApple IIを展示し好評を得、瞬く間に売上げを延ばし株式公開に至る。そしてApple II を販売する際にApple 1 を下取りサービスすることにしたことから150台しか売れなかったApple 1の大半はAppleに戻されて廃棄処分となってしまった。現存しているApple 1の数が極端に少ないのはこうした理由による...。

いまでこそApple 1は伝説のマシンであるがこうした事実を振り返れば、当時当事者たち...すなわちスティーブ・ジョブズや開発者のスティーブ・ウォズニアックらがApple 1をどのように評価していたかをうかがい知ることが出来る。
どういうことかといえば、Apple 1はApple II 登場の前座であり、パーソナルなコンピュータというコンセプトからも現実的な使いやすさや機能といった面から見てApple 1はすべてがApple II に劣るという認識があったはずだ。なにしろグラフィック機能はなくテキストオンリーのマシンだったしケースもなくユーザーは自身でモニターと電源そしてキーボードなどを調達しなければならなかった。それに初期のApple IIでさえトラブルが多かったことを考えれば、それ以前...すべて手作りのApple 1は製品として検査や検証も不十分だったと思われる。

そしてApple IIの評価が高かっただけにジョブズやウォズにとってApple IIこそがAppleという企業のスタートラインの製品だという認識があったに違いない。なにしろApple 1という製品は法人化前の...会社名が "Apple Computer, Inc." ではなく "Apple Computer Company" と称していた時代の産物だからして、彼らにしてみれば当然のこと後で博物館で展示されるようなものになるとは夢想だにしなかっただろうし、できるだけ速く回収して破棄すべき対象だったのだ。

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※Apple 1のマニュアル(複製)。ただしサインはスティーブ・ウォズニアックの直筆。会社名は法人登記前なので Apple Computer Companyと記されている


ただしAppleの3人目の創業者、ロン・ウエインが書いた本によれば3人でパートナーシップ契約を結んだとき、一番問題となったのは当然のことながらウォズニアックが開発したApple 1の権利だったという。ウォズニアックは権利を放棄することに抵抗したものの最後は折れ話しがまとまったという...。もしこれが正しいのであれば後にウォズが「すべて自分のものだ」という物言いは間違っていることになる。

とはいえApple 1の回路図からROMの中身までウォズニアックはすべて無性で公開してしまったことでもあり、当時のジョブズとウォズニアックの力関係をも考察すれば契約をたてにしたところでウォズニアックの機嫌を損ねれば話しが前に進まないはずだ。またこのApple 1という代物のサポートにしてもウォズニアックでしかできなかったというから、この辺の事情がAppleがApple 1の存在に執着しようとしない1番の理由なのだろう...。

視点を変えればApple 1の価値に気がついたのはジョブズやウォズではなくユーザーたちだった。そもそも新しく優れた製品が登場すればそれ以前のものは躊躇なく破棄されるのが普通だ。それが38年も経った今も動く動かないはともかく、数十台が現存している事実はそれを証明しているものと思われる。それも当時このApple 1を手にした人たちは筋金入りのコンピュータマニアやホビーストだったに違いなく、それが幸いしたと思われる。

とはいえ大変僭越ながら、コンピュータのむき出し基板に9,700万円という価格がついたことは尋常ではない...。いや別に欲しい人がいて価格に糸目は付けないというならオークションの仕組みとして一億でも二億でもありうる理屈だが、その異様にも思える高い評価の原動力は前記した希少価値だけではなくやはりAppleが現在世界一の企業として存在し、常に世界中の人たちの耳目を引いているからに違いない。

ただ今回の落札者は個人ではなくヘンリー・フォード博物館であり、ミシガン州ディアボーンにある同博物館に展示されるというのが救いのような気もする。個人ならその後はなかなか表に出てこなくなるだろう。
「Apple 1は革新的だっただけでなく、デジタル革命の基礎をなす重要な文化遺産でもある」とはヘンリー・フォード側の弁だそうだが、売れなかった商品が重要な文化遺産という点にはどこかひっかかるが、まあこれはひねくれ者の私のひがみだろうか(笑)。

いわばApple II は大量生産品には違いないもののApple 1はそれ以前の最初のプロダクトであり、かつ手作りの逸品という意味合いで価値の次元が違っているのだろう。電子部品を集めたコンピュータ基板というより、天才ウォズニアックが手作りしたコンピュータの歴史にとってかけがえのない芸術品だととらえれば 9,700万円という落札価格も意味のある評価に思えてくる。

いや、どこかしっくりこないと感じるのはApple 1に責任があるはずもない。前記したことと重なるが...文化遺産だと称されるApple 1ならApple自身が買い取り、それこそ現在建設中だという新社屋にオフィシャルなApple博物館でも設立すべきだと感じるからだ。スティーブ・ジョブズは過去には拘らないときれい事を言い、Apple復帰後にそれまでAppleが所持していた過去の製品群をスタンフォード大学に寄贈した。したがって製作した側が考えている以上に製品が一人歩きしている現実が違和感を感じさせるのだろうか...。

ともあれ当時のホビー・コンピュータでレプリカとかクローンといった複製品が作られるのはこのApple 1とAltair8800くらいのものかも知れない。それらの歴史を追っている私などはそのレプリカとかクローンで納得するしかないわけだ。

それにしてもこの超高額な落札のニュースが流れてから数日後、当研究所所有のApple 1(レプリカ)にも貸出依頼があったのには閉口した。間近で写真でも撮りたかったようだが結局はお断りした。なにしろ相手の素性も分からず、いきなり「宅急便で送って欲しい」とはいくらレプリカとて失礼だ...。まったく迷惑な話であった(笑)。

【主な参考資料】
・ダイヤモンド社刊「アップルを創った怪物~もうひとりの創業者、ウォズニアック自伝」
・東京電機大学出版局刊「スティーブ・ジョブズ 青春の光と影」
・アスキー出版局刊「実録!天才発明家」
・アスキー出版局刊「マッキントッシュ伝説」



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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。また直近では「木挽町お鶴捕物控え」を発表している。
2018年春から3Dプリンターを複数台活用中であり2021年からはレーザー加工機にも目を向けている。ゆうMUG会員