パソコン・キーボードの源流、タイプライターの歴史とその機能再考

先日数人の若い方と話しをする機会があった。折しもアップルが新しいキーボードやマウスを発表した時だったので話題は自然にキーボードの今昔となった。ただし一人は30代、二人は20代の方々なので当然なのだろうが、タイプライターを見た事がないという...。


キーボードの歴史を追っているとどうしても避けて通れないのがタイプライターの存在だ。これまでにも断片的にキーボードやタイプライターそしてQWERTY配列に関することなどの概要をレポートしたが、今回はそのタイプライターの "歴史" を振り返ってみたい。なお一部そうしたアーティクルの内容と重複するかも知れないがご容赦願いたい。

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※1937年製レミントン・スタンダード Model 16 タイプライター(当研究所所有)【クリックで拡大】


まず、タイプライターとは何か?あるいはどのような機械なのかは知っていてもすでに手動式のタイプライターの実機を見たり、ましてや使った事のある人はごく限られているに違いない。
パソコンが普及する以前には規模が大きな会社だと必ずといってよいほどタイピストという女性たちのプロ集団がいて社内文書作成に貢献していた。また欧米の映画などでよく見るシーンとしてヘミングウェイといった小説家がタバコを薫らしながらタイプライターで作品を綴っている場面が多々登場する…。ちなみにヘミングウェイが好んで使ったタイプライターのひとつはCORONA #3という製品だったという。

余談ながら2012年のフランス映画「タイピスト」をご存じだろうか...。時は1950年代のフランス、「あるドジな田舎娘がタイプライターひとつで世界に挑んだ戦いの記録である」というナレーションで始まる実話を元にした映画だそうだ。どこか「マイ・フェア・レディ」を彷彿とさせるとても素敵な映画なのでお勧めしたいが、肝心なのは欧米で女性が社会へ進出し始めたこの時代、憧れの職業は電話の交換手、そして秘書とタイピストだった...。

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※2012年のフランス映画「タイピスト」


ということで、今回は当研究所が所有しているレミントン社製タイプライターと先般ご紹介したスミス&コロナ社製のタイプライターを俯瞰しながらワードプロセッサやパソコンが登場する以前、ビジネスの花形だったタイプライターをご紹介し、どんなマシンだったのかを眺めてみよう…。

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※1937年製レミントン・スタンダード Model 16 タイプライターを側面から見る【クリックで拡大】


さて、最初のタイプライターは?と問いたいところだが、そのタイプライターも他の発明品同様一人が単独で発明開発したわけではない。1700年代から様々な人たちが文字を印字する機械を考え出し、1829年以降1870年あたりまでタイピング印刷機械に関して多くの特許が出願されたものの、商業的な生産には結びつかなかった。

商業的に成功を収めた最初のタイプライターは、1867年にクリストファー・レイサム・ショールズ(1819年2月14日~1890年2月17日)らによって発明された。
新聞の編集者でもあったショールズは知人らの力を借りながら「活字書字機械」の開発に勤しんでいた。これは何らかのキーを押すとそれに対応する文字が用紙に印刷されるというものだ。

当時、例えばウェスタン・ユニオン・テレグラフ社ではモールス信号を知らなくてもABCに対応するピアノ鍵盤型キーを打てば遠隔地にある機械がそれをプリントする「印刷電信機」の導入が始められていた。何故なら電信需要の増大にモールス信号のオペレーター教育が間に合わなかったからだ…。

この送信機と受信機は本来遠隔地同士を繋ぐものだが、この2つを組み合わせればショールズの考える「活字書字機械」が実用化することになる理屈だった。しかし「印刷電信機」は大量の電気を必要とし、大がかりなバッテリーで動作したため、一般の会社や家庭に簡単に設置できるものではなかった。
さらに「印刷電信機」の印字速度は人がしゃべる速度に到底追いつかないものだったから、速度を上げられればビジネスチャンスの余地があると考えて「活字書字機械」の試作と改良を続けていたわけだ。

1868年3月、ジェームズ・デンスモアの協力を得て開発を一歩すすめることができた。まず試作中の機械に「タイプ・ライター」という名を付け特許を取ることにする。
紆余曲折の上、最終的にキーを11個まで少なくして動作を安定させた試作機を作り特許事務所への提出用モデルとした。そして新聞に「THE AMERICAN TYPE WRITER」という広告を出す。

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※クリストファー・レイサム・ショールズらが1868年6月23日に特許を取得した「タイプ・ライター」と名付けられた活字印刷機械のプロトタイプ。Herkimer County Historical Society の承諾を得て掲載【転載不可】


その「タイプ・ライター」の試作を見れば一目瞭然だが、キーはピアノ鍵盤式であり、鍵盤で言う黒鍵と白鍵にアルファベットを関連づけている。ただしピアノ鍵盤ではアルファベットすべてを2段に並べても左右が広すぎて効率が悪かった。そこでキートップを小さくし、かつそれを3段とか4段に並べることが考案されていく。
その後、幾多の紆余曲折の後、その特許に基づいて1873年、当時ミシンの製造会社だった E・レミントン・アンド・サンズ社が製造を担当し翌年 "Sholes and Glidden Type-Writer" として発売した。

我々コンピュータに関わる者にとって興味深いのはこのピアノ鍵盤式のキー入力に刺激されたひとりにマウスの発明者としても知られているダグラス・C・エンゲルバートがいたことだ。その彼が提唱したのがゼロックス社のパロアルト研究所で開発されたAltoにも使われた「コードキーセット」である。

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※Altoのキーボード右手前にあるのが5鍵キーセット(筆者撮影)


これはピアノの白鍵が5つ列んでいるといった感じのデバイスであり、彼はこれでアルファベット26文字の入力を模索した。なぜキーが5つなのかは、5つあればアルファベットを二進数符号でエンコードするために必要な最小の数だからだ( 2の5乗 = 32)。それによりエンゲルバートはこの5キー二進数キーボードを操作する身体的なスキルを発達させることを提案した…。

このキーセットの使い方は前記のタイプ・ライターとは違い、ひとつひとつのキーを順に押すことで情報を伝達するのではなく、ちょうどピアノの和音を弾くようにキーを組み合わせて押すことを意図した。ただし歴史が証明するようにキーセットによる文字入力は普及しなかった。
しかし早い時期にそれは時代遅れの技術だと批判する人たちも登場する。エンゲルバートのスポンサーの一人でもあったハロルド・ウースターらである。

エンゲルバートはキーセットによるコード化はモールス信号よりも早いとも主張したが、「仕事は機械にやらせるべき」と考えるウースターは、キーを押すことで文字をコーディング出来るとするなら、なぜそれをオペレータにコードを覚えさせなければならないのか、単純に対応のキーを押せばよいではないかと反論した。
しかしキーセットが忘れ去られる原因は速度の利点ではなかった。電信の世界でもQWERTYキーボードに事が有利に運び、ピアノに似たキーボードや5鍵のキーセットは消え去った。その大きな理由の1つがタッチタイピングの発生と普及にあったという。

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※レミントン・タイプライター・カンパニー時代の広告。MUNSEY MAGAZINE 1909年2月掲載


さてさて…そのレミントン社のタイプライター生産は1873年3月とも9月とも言われている。ただし商用機として納められた製品は1874年4月だったようである。
またキー配列はそれまでの試行錯誤の結果現在も使われているQWERTYであり、この配列は他のメーカーもそのまま採用したことが普及の原動力になったのは確かだろう。
こうした黎明期の歴史についてより詳しくお知りになりたい方は、本編の参考にさせていただいた安岡孝一+安岡素子著「キーボード配列 QWERTY(クワティー)の謎」(NTT出版)をお勧めしたい。

その後タイプライターは様々なメーカーの工夫により改良され、手動式だったものが軽いキータッチで印字できる電動式となり、その後に電子式を経て文章の編集機能も備えたワープロ専用機、そしてご存じパソコン上のワープロソフトへと移っていった...。
ちなみにこのモデルは1931年から製造されたが本機はシリアルナンバーから推察して1937年製のようだ。

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※当研究所所有、レミントン・スタンダード Model 16 のシリアルナンバー


まずサイズだが約横幅39cm × 高さ27cm × 奥行き39cmほどで重量は17Kgもある。まるで鉄の塊みたいなマシンだ。別途CORONA #4 Portableのような簡易的な作りのポータプルなタイプライターも製造されるが、それが今で言うノート的なマシンなら Model 16はまさしくオフィス専用マシンであり、Mac Proや iMacといったデスクトップマシンといったところか...。

ともかくキーボードを見ていただきたいが、最上段が数字キー、続いてアルファベットおよびいくつかの記号を含めた文字が三段と計4段に並んでいる。そして一番手前がスペースバーだ。
その配列はQWERTY配列であり、現在のパソコン・キーボードとその列びは同じである事がわかる。なお「数字キーの "1" が無いぞ、壊れて取れたか?」 と思われる方もいるかも知れないが、これで正常なのだ。何故なら当時 "1" はアルファベットの "L" の小文字で代用するのが通例だったからだ。

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※レミントン・スタンダード Model 16 のキーボード【クリックで拡大】


勿論大文字小文字の切替はシフトキーで行うし、この機種ではすでにシフトロック・キーも備わっているが、黎明期には大文字だけの製品もあったし、大文字と小文字のキーを別々に配列した6段ものキーを備えたダブルキーボードの製品もあった。
要はこれだけテクノロジーの進化・進歩が激しい時代に1930年代に作られたタイプライターのキーボードと現在のパーソナルコンピュータのキーボードの基本的な仕組みが変わっていないことに驚かされるではないか。

そういえばこのタイプライターの製造会社のレミントンランド (Remington Rand) は、アメリカのコンピュータメーカーでもあり、UNIVAC I の製造でも知られているが、その後ユニシス社の一部となっている。まさしくタイプライターとコンピュータがシームレスに結び付いた会社がレミントン社と言えるのかも知れない。
パソコン…というか、個人用のコンピュータの歴史を見ても、例えばAltair8800を実用化することを考えるなら何らかのターミナルを必要としたし、当時のテレタイプを接続して活用する場合も多かった。

キーボードがタイプライター時代からその役割と仕組みは変わらないとはいえ手動タイプライターと電動タイプライター以降とはそれを使う壁が随分と低くなった。
どういうことかといえば、タイプライターの仕組みはご存じだろうが、キーを叩くと先端に活字が付いているタイプバーが跳ね上がり、インクが染み込んでいる巻取式のリボンの上からゴム製ローラーに装着しているタイプ用紙へ打ち付けることで一文字が印字される仕組みだ。

このとき、ピアノの鍵盤を強く弾けば大きな音、弱く弾けば小さな音が出るのと同じ理屈で、例えばタイプライターのキーを叩くのが弱いとタイプバーがリボン経由で用紙に当たる力が小さく、印字が薄かったり印字されないことがある。
この手動式のタイプライターで綺麗な印字結果を出すのはすべてのキーをある程度均一な力で叩かなければならないわけだ。押してはダメで叩かなければならないからそれには力が必要なのだ。

パソコンのキーは電子式のスイッチだから力は不要で軽く押せば済むが、手動タイプライターはそれなりの物理的な力が必要だということがお分かりだと思う。しかし現実はそれがなかなかに難しい。
なぜなら人指し指とか中指による打鍵は問題ないとしてもタッチタイピングする場合に両手の小指でキーを強く叩くのは訓練しないとまず無理だ。そして打鍵には音が出る。したがって現代の人たちがこのタイピングの音の中で仕事をするとなれば、かなり五月蠅いと感じるのではないか...。

ともかくそうした困難を練習と訓練で乗り越え、初めて手動タイプライターで仕事ができるようになる。ただし現在のパソコンによるワープロと比較するとビックリするほど幼稚な機構だから問題も多々出てくる。
まず一行打ち終えても(通常ベルが鳴る)次の行の先頭に印字位置は自動で移動しない。使い手がキャリッジリターンレバーを右位置に戻す操作をして印字位置を最初に戻すとそこでブラテン(ゴム製ローラー)が用紙を一行分上に送ってくれる。

また冒頭にご紹介した「タイピスト」という映画にも出てくるが、打鍵が速すぎたり隣のキーを同時に押したりすれば最初のタイプバーが戻らないうちに次のタイプバーが飛び出し、複数のタイプバーが同時に印字ポジションに集まって結果数本のタイプバーが重なり固まってしまうことがある。これを "ジャム" と呼んでいるが "詰まる" という意味だ。そしてインクリボンの交換時にはしばしば手を汚すことも多かった。

実際に苦労した一人として一番厄介なのはミスタイプしたときだ。例えば "E" を打つときに誤って "R" を打ってしまったときを例にすると...打った瞬間にそれが分かったならバックスペースキーで一文字位置を戻し、修正用のホワイトリボンを挟み "R" を打つことで一旦用紙に打った "R" を白リボンで2重打ちで消し、再度一文字戻して "E" を打つことになる。また修正液で塗りつぶしたり砂消しゴムて消すのもありだ...。

ところで同じ文書を複数作りたいときはどうするか…。いわゆるゼロックスコピーといった普通紙のコピー機はまだ普及していなかったから現在のように手軽に何十枚も同じ文書を作ることはできず、それはガリ版の役割だった。したがって2,3枚であれば用紙を重ねてタイプすることは日常だった。

例えば2枚のタイプライター用紙の間に片面カーボン紙を挟みプラテンに重ねてセットして打てば良い理屈だ。ただし2枚とか3枚といった場合にタイプ用紙の厚さにも関係するが、後ろの用紙にもはっきりと印字するには前記した打鍵の力がより必要になる。指の力が弱いと一枚目は印字できても2枚目あるいは3枚目はカーボンへの圧が弱く印字されないか薄くて見難いものとなるからだ。

このカーボン紙を使う複製方法は現在の電子メールの "Cc" すなわち "カーボンコピー" の語源である。さらにいえばカーボーンコピーを使う際の文書の間違い修正はより面倒なことになる。用紙をプラテンに挟んだまま巻き戻しそれぞれの用紙の背面に厚紙を置き、砂消しゴム等で印字を消す。このとき用紙に穴が空いたら最初からやり直しだ...。

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※レミントン・ランド社のタイプライター広告。1946年3月18号のTIME誌から


2枚あるいは3枚の間違った箇所を消したら用紙を再度重ねて印字ラインに戻すが、この場合のほとんどが最初の打鍵位置とは微妙にずれる。したがってずれたままで印字を続ければ特に上下のラインが揃わずオフィシャルな文書としては使い物にならなくなるわけだ。
現在のようにコピー機などなかった時代だからオリジナル1枚作って後はコピー...というわけにはいかなかったのである。さらにいわゆるゼロックスコピ機が登場してからもしばらくの間、例えば輸出申請書類などはカーボーンコピーが正式であり、ゼロックスコピーの複写は受理されない期間があった。

さらにいえば、こうした手動タイプライター(電動タイプライターも)を高速で打鍵するにはいわゆるタッチタイピングがポイントだが、それは打鍵に力を必要とすることと同時にキーのストロークが深いこともあり、両手首はピアノ演奏のように机上から離れてキーの上に浮かせていなければならない。したがってパームレストといった類の使用は思いもしなかった。

こうした手動・機械式のタイプライターは現在のパソコン・キーボード以上に個人の好みに関係し他人のタイプライターは使いづらいといった結果となる。
映画「タイピスト」のネタバレになるが、タイプの早打ちコンテストで最後の最後にスポンサーのタイプライターではなく使い慣れたタイプライターを使ってヒロインが優勝するのは然もありなんと思った。タイプライターに限らないがアナログの機械や道具は慣れたやつが一番なのだ。

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※レミントン・スタンダード Model 16 のプラテン部位【クリックで拡大】


またキーの重さや長い間使い込んだある種の変型や癖は使用者にとって心地よいものであり、例え新品と比較しても慣れ親しんだタイプライターの方が使い易いものだ。したがって愛用のタイプライターは微妙に個性を主張するようになり、例えば探偵小説などでも特定の活字の一部が減っていることが証拠となって脅迫状をタイプで打った人物を特定する…といったストーリーも出て来たほどだ。

そしてタイプライターも打鍵に力がいらない電動式が登場し、ジャムることがないボールタイプの製品も登場した。しかしご存じの通り、印刷以前に文書全体が把握でき、編集や修正が容易に可能なだけでなく1度入力した文章を保存でき、何度でも使えるワープロ専用機やコンピュータのワープロソフトの台頭でタイプライターは消えて行った…。

【主な参考資料】
・安岡孝一+安岡素子著「キーボード配列 QWERTY(クワティー)の謎」NTT出版刊
・Thierry Bardini著/森田 哲訳「ブーストラップ(Bootstrapping)」コンピュータエージ社刊



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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員