誰のための「Designed by Apple in California」なのか?

2016年11月16日、Appleから発売された "Apple Designの20年を振り返る“という豪華写真集「Designed by Apple in California」は実に悩ましい "新製品" だ。その出来が素晴らしいのはあらためて申し上げるまでもないが、Macテクノロジー研究所的には大きな疑問を抱いた。


それは「何故いま、Appleがこのタイミングで豪華写真集を出したのか」という点である。そしてこれは誰のための本なのか...という点も気になった。
この豪華写真集に関してはすでにウェブサイトの方でPodcastにてお話しをしているが、些か再確認しなければならない点もあったりするのであらためてこの豪華写真集を注視してみたい。

しかし発売数日は話題にもなったがすでに二週間も過ぎるとツィッター上でもほとんどこの写真集についての書き込みを見なくなった。そもそもお安い本ではないから誰も彼もが争って買うという代物ではないのだろう。しかしそうだとしても何だか不思議な逸品に思える。

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※Appleから出版された豪華写真集「Designed by Apple in California」


私が本書の発売に関して情報を得、最初に思ったことはそれが豪華本であるとかかなり高価な本だといったことではなかった。ただひとつ「なぜAppleはこの時期にこうしたコンセプトの本をApple自身で出版したのか」ということだった。
Appleほどの企業がこれほどの物を自身で出版するからには当然何かしらの意図や目的があってしかるべきだろう。そう考える方が合理的で自然だ。では何の為に...?

先のPodcastはAppleからの発表されたプレスリリースの抄訳を元にしてのお話しである。しかし届いた自身の分の「Designed by Apple in California」を開くと些かプレスリリースとはニュアンスが違うことも分かった。そんなあれこれも交えての感想を記してみる。
ところでAppleがこの種の本を作ったことは知る限り創業10周年のときに発行した「So Far」という大型本しかない。しかしこの本はAppleの従業員や関係者だけに配られた非売品だった。したがってマニュアル類を別にして一般向けに販売されるApple出版物としてはやはり初めてのケースなのだ。

そして本書を開いて感じたことは「やはりジョナサン・アイブ」が自身ならびにデザインチームと過ごした二十年の成果をまとめたものだということである。
そもそも本書はテキストによる記述がほとんどないのも特長だが、そんな中で序文を書いているのがジョナサン・アイブ自身だ。そして奥付と考えてよいのだろう、最終ページには本書に関わった人たちの名がアルファベット順に記されている。無論ジョナサン・アイブの名もあるが、そのどこにもApple CEOのティム・クックの名はない。だからこれはAppleの本という以前に1997年から20年間のジョナサン・アイブおよびデザインチームの軌跡を形にしたものだということになろう。

またこうした企画を眼前にすると我々はAppleデザインのアーカイブとしてそのすべての製品を網羅しているのだろうと考えがちだが、アイブは序文で「すべての製品を網羅したわけではない」といい「重要なもの、私たちに何かを教えてくれたもの、ただ私たちが愛着を持っているものに絞った」とある。
別途の情報によれば本書の撮影のため、過去の製品の多くはAppleが買い戻ししたものだというニュースも入ってきた。そもそもが過去を振り返らないことを自負していたAppleがこうした一連の製品を陳列や貸出のために自社内に残して置いたはずはないのだ。
しかし私らだって極一部ではあるものの自分で気に入ったApple製品は捨てずに保管してある。だからアイブが「愛着を持っているものに」などといったところであまり感情移入はできない(笑)。

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※発送用のダンボール箱から取り出すとさらに白いダンボールに保護されたAppleらしい包装に包まれた本誌が出てきた


そういえばプレスリリースに本書は「スティーブ・ジョブズの思い出に捧げる」と記されていたのでPodcastではその点にも突っ込みを入れたが、実際に届いた本にあるアイブの序文和訳だとストレートに「スティーブ・ジョブズに捧げる」とある。プレスリリースの表記は直前の「...そしてスティーブ・ジョブズのことを思い出さずにはいられません」という部分を受けた意訳だということになる。

ともあれ、過去製品の買い戻しまでして制作した「Designed by Apple in California」が単にAppleの道楽と位置づけられるとは誰も思ってはいないはずだ。だからこそ、ジョナサン・アイブはAppleを離れる決心をしたのではないかというゲスの勘ぐりもしたくなってくる。そうでも考えないと本書の存在意義が見えてこないのだ。
この豪華写真集が発売されてから二週間が過ぎた(当該原稿を書いている時期)。しかしいくら膨大な情報の海に翻弄されている我々だとしてもすでにほとんど本書の話題を見聞きしないのも興味深い。

確かに手軽に買おうとする値段ではない。小で20,800円(税別)、大は30,800円(税別)だ。
独断と偏見を承知でいうなら、ひとりでも多く世界中のAppleユーザーに本書の内容とデザインチームあるいはアイブの真意を伝えたいなら豪華本という形ではなくデジタルブックで良かったのではないだろうか。長い間、デジタルの世界を牽引してきたAppleが今更紙ベースの、それもこれほどの本を出版するということ自体が私には尋常ではないように写ったのだ。

だから私にはAppleという企業が...というよりジョナサン・アイブの強い思いが形になった本だと思わざるを得ない。多分にこうした企画を聞いたティム・クックにしても反対する理由すら見つけられないほどアイブの力がApple内で大きくなっているという現実も見えてくる。

さて、この「Designed by Apple in California」は誰のための本なのだろう。購入した私が申し上げるのも変だが、どう考えてもこれは我々ユーザーのためのものではないような気がしてならない。
なにしろ「本書をスティーブ・ジョブズに捧げる」と言いつつもジョブズとアイブ初の仕事といわれた初代のiMac、すなわちボンダイブルーのiMacが載っていない点は特に気に入らない。当Macテクノロジー研究所でさえ大切に保管している逸品なのに...。

iMacBondiBlue.jpg

※当研究所所有の初代iMac (ボンダイブルー)


それだけではない。写真集最初のページ(15ページ)は5色キャンディカラーのiMac(Rev.C)で飾られている。そのページ右上には "iMac 1998" と印刷されている。これは無論発表あるいは発売年を意味するはずだ。しかし、これも変だ。
ちなみに初代ボンダイブルーのiMacは1998年5月のWWDCの場で発表され、発売は8月15日(米国)だったが問題のキャンディーカラー(Rev.C) の発表は1999年1月のサンフランシスコ Macworld Expo基調講演の場だ。ということはこの声か盆は最初のページから間違っていることになる。

こうして見ていくと「Designed by Apple in California」はAppleの製品群を単純に紹介する本ではないことは十分に承知しているが、取り上げている製品の少なさも含めて雑さが目立ってくる。
これではやはりユーザーのための書籍とは思えない。

ともあれ過去を振り返るのを潔しとしなかったスティーブ・ジョブズ、その彼に捧げられた過去20年間の記録が本書だとすれば、捧げられたスティーブ・ジョブズは草葉の陰で何を思っているのだろうか。


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Author:mactechlab
主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。また直近では「木挽町お鶴捕物控え」を発表している。
2018年春から3Dプリンターを複数台活用中であり2021年からはレーザー加工機にも目を向けている。ゆうMUG会員