ケン・シーガル著「Think Simple」でジョブズ再評価の必要性?

遅ればせながらスティーブ・ジョブズと12年間、広告のクリエイティブ・ディレクターとして仕事をしてきたというケン・シーガル著「Think Simple〜アップルを生み出す熱狂的哲学」(NHK出版刊)を読んだ。スティーブ・ジョブズの姿が活き活きと描かれているのが嬉しい。                                                                                                                     
本書の筆者ケン・シーガルはスティーブ・ジョブズとNeXT時代から計12年間共に働いた人物として、そして伝説のマーケティングキャンペーン「Think Different」の制作に参画し、また「iMac」の命名者でもある人物で、つねにジョブズの至近距離からそのビジネススタイルを身をもって経験してきたという。

本書はそのタイトルが表すようにAppleの企業文化ともいえるシンプルという哲学を著者がAppleで経験した実際のビジネスに即して紹介する内容だ。
マーケティングの考え方、イノベーションをいかに生み出すか、組織の生産性をどう高めるか、アイデアを実現させる方法、意志決定の仕方、社内や顧客とのコミュニケーションのとりかたについて述べている。

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※ケン・シーガル著「Think Simple」NHK出版刊表紙


相変わらず、こうしたシンプルという武器を手にすれば読者もこの複雑な日常においてクリエイティブな力を発揮できるはずだ…という売り文句には安直に賛同できないが、本書で語られるスティーブ・ジョブズのビジネスシーンはこれまでのものとはかなりニュアンスが違い新鮮に感じた。
これまで多くの情報で語られたスティーブ・ジョブズは回りの者に忠誠を求め、どなりつけて命令し、恐怖政治で挑む意地の悪い暴君だという印象が強い。それはメディアの取材による情報だけでなく、例えばMacintoshの開発チームで一緒に仕事をしていた人物らの発言からもうかがえるし、ためにAppleを辞めた…辞めさせられたエピソードには事欠かない。

しかしケン・シーガルは「確かにそういう態度を見せることもあったが」と断りながらも、ジョブズはユーモラスにもなれたし、温かくも、魅力的にさえもなれたという。
本書にもジョブズの辛辣なやりとりが多々登場するが、ケン・シーガルの筆からは陰惨な印象が消えているのが面白い。
スティーブ・ジョブズは気分屋だからして、Appleと広告代理店の関係はストレスがたまり衝突ばかりではないか…といったことに対してケン・シーガルはストレスはその通りだとしながら衝突は「ノー」だという。
これまでアンディ・ハーツフェルドを始め、Macintosh開発に関わった人たちの発言によれば時にジョブズは仲間まで恫喝するだけでなく、仲間の女房や彼女の悪口まで言うというやりたい放題の男だったわけだが、もしケン・シーガルの物言いが嘘偽りでなければAppleを離れNeXTを立ち上げ、そしてAppleに復帰した頃からジョブズはかなり変わったのだろう...。

まあつくづく人の印象というものは相手によって大きく違うことを思い知らされてきたが、私のスティーブ・ジョブズ感もここにきて多少は修正が必要なのかも知れない(笑)。
ともかく本書で楽しいのはスティーブ・ジョブズのビジネスに触れることができるからだ。少人数の会議に自分も参加しているようにも感じるほど魅力的なジョブズが語られていく…。それも前記したように日々ジョブズと実際に接してきた人物からの言葉なのだからリアリティがある。
当初先入観を持って手にした一冊ではあったがそうした意味も含めて、大変面白かったことを告白しておきたい(笑)。

ただし天の邪鬼な私としては気に入らない点もある。本書の内容とは直接関わり合いはないもののケン・シーガルが「iMac」の命名者であるといった類の自己宣伝にどうしても嫌悪感を覚えてしまうのだ…。
確かにiMacはAppleを再生させる原動力となったし製品としても大成功だった。そしてiMacの "i" はCEOにも付けられたし(笑)、いまだに多くの製品の名付けに真似されているほど市場にインパクトを与えたことは間違いない。
当初ジョブズは新しく開発したその製品に「MacMan」という名を付けたかったという。ともあれ最終的にiMacにしたわけだが、iMacという製品名が成功の直接のキーになっているのかといえば、それは違うと申し上げたい。

私達の人生はやり直しが利かないし本当の意味で2つの選択肢のどちらが良かったのかは比べられないのだ。
本書でいうなら「MacMan」と命名した場合の売り上げと「iMac」とした場合の結果は比較検討できないわけだし、あくまで推察だが我々は例え「MacMan」と名付けられたとしても iMacを買っていたに違いない(笑)。
この点、Apple最初の事業計画立案にも関与し、広告やプロモーションに携わったたレジス・マッケナはAppleという社名に関して「マッキントッシュ伝説」(アスキー出版局刊)の中で非常に明解な発言をしている。
それは「大切なのは名称そのものではなくその背景にある事実による」というものだ。
Appleという名は確かにユニークだが、本当にAppleをユニークにするのは、製品のイノベーティブな…つまり素晴らしい製品そのものなのだという。
続けてレジス・マッケナは「だから、よく売れる社名」なんてものはない…と明言する。名称とは人格と一緒で実態がきちんとできてはじめて名前に意味が出でくるものだという…。

このマッケナが正しければ、iMacがもしMacManであってもその製品そのものが素晴らしければ売れたということになろう。
ここで私が申し上げたいことは無論iMacとMacManのどちらが良いかということではない(笑)。組織の中にいる人間がそこで働いた実績、それもために成功したという事例を自身の看板のように使うのは聞き苦しいということにつきる。
ケン・シーガルは「iMacという名称が危機にあったAppleを救い、iMacの大成功に結びついた」とは直接言っていないが、そうアピールしたいととられても仕方がないだろう。

ついでに憎まれ口を続ければ(笑)、こうした傾向は自分をより能力のある人物と見せる常套手段であるからして、日本のビジネスマンたちにも広く見受けられる。
特に私自身が接したことのあるかつてアップルに在籍した人たちの中にも自分が発案したプロモーションが大成功したとか、ユニークなセールスプロモーションが製品販売を飛躍的に向上させたといった類のことを明言する人がいる。しかしそうした人たちが当時のビジネスにおいてデベロッパーやディストリビュータたちに良い評価を受けていた例は少ないのはどうしたことなのか...(爆)。

まあ、その成功が事実ではあってもアップルという企業組織がどのような形にせよ、その企画を承認し実行に移すことにしたからこその結果であり、それはアップルの決断でありアップルの成功なのだ。それに毎々申し上げる事だが、その企画やプロモーションを実現するため、どれだけ社内外の多くの人たちが直接間接に関わって努力したのかを忘れてはならない。

無論それらのビジネスに関与し、努力し工夫を重ねた当人たちはアップルという企業内で賞賛を浴びるにふさわしい人物かも知れないが、それを外に向かってアピールするのは手柄を独り占めするようなものだし、そもそも「目標以上の成果を上げるように努力するのが責任ある立場の人の仕事」ではないかと申し上げたい。そして人は成功をアピールするものだが失敗は公言しない...。
おっと、我ながらよくもここまで脱線できるものだと感心するが(笑)、「Think Simple」は私にとってスティーブ・ジョブズという人物を再評価してみようという気を起こさせた一冊だったことは間違いない。

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Think Simple―アップルを生みだす熱狂的哲学

2012年5月25日 第1刷発行

著者:ケン・シーゲル
訳者:高橋則明
監修・解説:林 信行
発行所:NHK出版
コード:ISBN978-4-14-081545-8 C0098
価 格:1,600円(税別)
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Author:mactechlab
主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。また直近では「木挽町お鶴捕物控え」を発表している。
2018年春から3Dプリンターを複数台活用中であり2021年からはレーザー加工機にも目を向けている。ゆうMUG会員