ダニエル・スタシャワー著「コナン・ドイル伝」日暮雅通訳を読む

シャーロッキアンを自認する1人としてシャーロック・ホームズの生みの親であるアーサー・コナン・ドイルについての概要は知っているし他の作品のいくつかも読んでいる。しかしあらためて考えてみると彼の生み出した主人公がリアリティ溢れ強烈だったこともありその作家自身の存在がどこかフィクションのように思えるからか、これまでも彼の評価は不当に低いように思える...。

 
ダニエル・スタシャワー著「コナン・ドイル伝」はアメリカ探偵作家クラブ賞を受賞したにもかかわらず、刊行後10年を経てなお邦訳の機会に恵まれなかったという。それが今般ホームズ個人全訳をなしとげた訳者により邦訳され充実の評伝が明らかとなったのは嬉しい。
ところでシャーロッキアンたちはホームズと相棒のドクター・ワトスンを実在の人物と考え、2人の友情と数々の冒険にワクワクし、ワトスンが生涯に何度結婚したか...などなどを真面目に研究し論じ合う(笑)。
そのシャーロッキアンたちにとってホームズ物 60編(長編4、短編56)の記録者のほとんどはドクター・ワトスンであり、コナン・ドイルは同じ医者仲間として出版仲介者だったと認知されている...。無論それはシャーロッキアンたちの大人の遊びであるが、ホームズとワトスンが作者の手から独り立ちし作者より有名になった好例といえよう。

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※ダニエル・スタシャワー著/日暮雅通訳「コナン・ドイル伝」(東洋書林刊)


実際のアーサー・コナン・ドイルはイギリス・スコットランド、エジンバラ生まれで医者を目指しエジンバラ大学で医学を学ぶ。このときにエジンバラ大学医学部教授で外科医のジョセフ・ベルから指導を受ける。
そのベル博士の口癖が「ただ見るだけではなく観察せよ」であり、彼は未知の患者に対して「どこからきたのか」「子供の数」「どこで働いているか」などを言い当てたという。まさしくシャーロック・ホームズその人のようではないか...。
事実ドイルはベル博士のやり方、イメージを念頭にシャーロック・ホームズを作り出したという。

ドイルは後に眼科専門の医院を開いたが患者に恵まれず、生計をたてることも含めて余暇を小説書きに専念し原稿を出版社に送り続けたという。
ただしドイル自身ホームズ物は娯楽作品であり文学ではないと考えていたようだ。したがって最初は思わしくなかったものの結果としてホームズ物語が大成功を収め、家計にも潤いができたとはいえホームズの存在が他の文学作品を書く妨げになると考え「最後の事件」でホームズを宿敵モリアーティー教授と共にスイス、ライヘンバッハの滝壺に落としてしまう...。
ドイルはこれで一件落着と考えたようだがその反響はもの凄く、母親にもなじられた。そして熱狂的な読者は喪章をつけてロンドンを歩き強迫まがいの手紙も多く届いたという。
結局もう書くまいと思っていたホームズ物を復活させるわけだが実際にドイルが生んだ小説のキャラクタはホームズだけではなく「失われた世界」に登場するチャレンジャー教授なども大変個性的で魅力のある人物である。しかしホームズとワトスンは別格だった...。
なお「失われた世界 (The Lost World)」は恐竜ものの元祖であり、映画「キングコング」誕生などにも大きな影響を与えたと共にあの「ジュラシック・パーク」へと繋ぐ原点となっている。ちなみに余談ながら私は先般イギリス国営放送が2002年に映像化した同名作品を観たが、実に面白かった...。
進化論を信じない牧師役にあの刑事コロンボのピーター・フォークが演じていたのも印象深かった。

さて本稿は作品の講釈の場でないからこれ以上深入りはしないが、ドイルも1人の人間であり表向きは快活で正義感が強いスポーツマンだったものの子供の頃からの家庭環境は決して恵まれたものではなかった。
父親がアルコール依存症を発端として精神病院へ入院を余儀なくされ、一家の家計を助けるため大学在学中に捕鯨船の船医として働いたりする...。その後級友と診療所を共同経営するも喧嘩別れし、あらためて眼科を学んで診療所を開設するが繁盛しなかった。

こうした若いときの状況は以前ご紹介したDVD5枚組の「コナン・ドイルの事件簿~シャーロック・ホームズの誕生秘史」にも恩師ベル博士との交遊を軸にドイルの苦悩が描かれている。
またこれまた余談ながら今般本書「コナン・ドイル伝」を読みあらためて「コナン・ドイルの事件簿」に登場するストーリーがフィクションとはいえドイルの史実を上手に捉えていることに感心する...。
ドラマには父親を精神病院に入れる苦悩や恩師ベル博士がドイルの診療所が上手くいっているかを心配する場面がある。
特に「死者の声」ではドイルが後年心血を注いだ心霊学といったものがテーマになっているのも興味深い。
事実ドイルは近親者の死をきっかけとしたとしても晩年心霊学にのめり込み、有名なコティングリー妖精事件において妖精が実在する立場を取ったためにその評価を大きく落としたことは事実である。なにしろ1922年3月にドイルは「妖精物語:実在する妖精世界」という本まで出版した。
「.....わたしたちはわたしたちの色のスペクトルを構成する範囲内で対象を見、この世にもあの世にもわたしたちが使わない霊気が無限にある」とぶち上げた。これで心霊主義者の仲間さえドイルから離れていく...。
アメリカの友人で縄抜けの名人だったあの奇術師フーディーニーも仲違い後に「それにしてもサー・アーサー(ドイル)も老いぼれたものだ。簡単に欺されている」と言わしめたほどドイルの心霊学傾倒は深まるばかりだった...。

そうしたことも影響してか1902年にナイトの称号を受けた人物にしては、そして聖書の次に世界中で読まれているといわれるシャーロック・ホームズ物語の作者にしてはその作家としての評価が低いと思わざるを得ない。
ともあれドイルとてひとりの生身の人間であり完全無欠の神ではない。そして多くの人々と同様に長所と短所を兼ね備え、他人に知られざる苦悩を背負って生を受けているわけで心霊現象を信じる立場にいたとしてもその全人格を否定するのも酷ではないだろうか...。また功績は功績として認めなければならないと思う。
心霊学傾倒を「ドイルは狂ったのか?」とか「老いぼれたのか?」と切り捨てるのは易しいが、ドイルは実際に持ち込まれた事件を解決し無実の罪に問われた人物を助けたりと騎士道精神にあふれ、自身でチューバを演奏する音楽好きでもあった。そしてホームズの相棒であるワトスン博士とオーバーラップする正義感あふれるキャラクタの持ち主でもあり総じて常識人で好人物であったようだ。

面白いといっては語弊があるが、科学的思考を基本とするホームズを生み出して名声を得たのも、そして心霊学で名声を失ったのも間違いなくアーサー・コナン・ドイルその人だったのであり、人間とはそんな矛盾した生き物なのであろう...。
そして本書「コナン・ドイル伝」によりドイルの人生を深く知ったいま、ホームズ物語のあちらこちらに意識・無意識はともかくドイルの人生が刻まれていることをあらためて知り興味深い。

コナン・ドイル伝

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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員