ラテ飼育格闘日記_825
ラテを亡くしてからYouTubeやインスタ、Twitterなどでワンコの映像を好んで拝見している。それらは文字通り様々な犬種、それぞれの気質を持ったワンコの姿がオトーサンを慰めてくれるが特にラテが保護犬だったこともあり、捨てられたりしたワンコがレスキューされ後に笑顔を見せる姿や、「虹の橋を渡りました」といった報告を飼い主さんが涙ながらに報告される姿を見る度にラテが倒れてから亡くなるまでの71日間がフラッシュバックされてまたまた涙する。

ラテが倒れてからもこの「ラテ飼育格闘日記」で毎週主な出来事をご報告してきたが、そのリアルな毎日の姿をお伝えするのは難しいし、憚れることも多く書けないあれこれも多いのが現実でもある。
でも最近、ラテの死に際…死に様にきちんと向き合うことはラテと過ごした15年3ヶ月という長い生活の決算報告を見つめることではないかと思うようになってきた。

※2021年12月24日から寝たきりになった…
とはいえ会計報告のようにすべて数字で、バランスシートで、物事の良し悪しや苦楽を推し量るというつもりはなく、オトーサンたちの思い出の中にきちんとコンプレッションして忘れないようにしようという試みのひとつなのだ。
無論このバランスシートはオトーサンたちにとっての良し悪しとラテにとっての良し悪しがある。繰り返すがワンコを飼った経験も無く、運命と言えばそれまでだが、ワンコの里親会でたまたまリードを預けられたワンコを家族に迎えて15年3ヶ月、文字通り24時間狭い空間で一緒に寝起きし、近隣を駆けずり回った…。
そして雨の日も台風の日も大地震の後も欠かさずラテと散歩に出た。
オトーサンにとっては毎日がそれこそひとつひとつ新しい経験として身に着け覚えていかなければならないことばかりだった。なにしろ事前に7冊ほど買い込んだマニュアル本がほとんど役に立たなかったし、早くも三日目には肩と膝に支障が生じた(笑)。
そんな時期にはご多分に漏れず、ラテが死ぬなんてことは絵空事でしかなくこの日々が永遠に続くような錯覚もあった。
2021年の12月24日、そう…クリスマスイブにラテが倒れた。それまでにも足腰は大分弱っていたからそんな日がいつ来るのかという漠然な恐怖があったが、それが現実になった。丁度女房も仕事が休みで一緒に散歩に出た夕刻だったが異変に気づいてそのまま動物病院に担ぎ込んだら注射や点滴、そして酸素吸入を施すことになった。
医師曰く、このまま放置していたら死んでいたよ…と。
ともかくその日から初めての本格的な看護が始まった。まったく食事もできず、オトーサンは注射器でチュールや流動食、人間用のゼリーなどを少しずつ口に流し込む毎日だったがほとんど受け入れない。つしてついに自宅で点滴を必要と診断され、オトーサンはラテの首筋に点滴の針を刺す日々が続いたし勿論排泄も自力では出来ないからと初めてオムツやパンツをはかすことになった。そして横になりっぱなしの常として骨盤に床ずれもでき、体の向きを変えるタイミングも重要だったしその治療も続けなければならなかった。

※自宅で点滴を打つ毎日が続く…
その時期、正直オトーサンたちは先は長くなく新年を迎えられたとしても死期は近いのではと覚悟せざるを得なかった。なにしろ、ろくに水はもとより餌も食べないので…。
12月27日の午前3時半…。15分ほどの間隔でラテの鳴き声に起こされる。特に息が荒いわけでもなさそうだがどこか痛いのか苦しいのか…。その度に寝返りをうたせ姿勢を変えるとまたしばらくは大人しく寝る…といった繰り返し。
12月30日の明け方「ギヤーッ」といった悲鳴を上げたのでいよいよ最後かと動揺したら結果寝込んでから初の💩だった。粗相することの無かったラテはオムツしたままの排泄が気持ち悪かったのだろう。後始末がメチャ大変だったが処置が終わったら天使の笑顔になった。

※オムツを取り替えたらお腹を出して戯けた(笑)
年が明けた1月8日、なんと…10gのドッグフードを牛乳に浸して与えたら完食してくれたのだ。固形物を口にしたのは2週間ぶりだが、ダメ元でオトーサンがドッグフードのミルク浸けをマズルの側に置き続けたのが功を奏したのだった。ラテも生きたかったに違いない!
1月12日のこと、ラテは食欲が出て来たのと同時に自分で動こうとするが立てない…。そこでオトーサンはその日から少しずつ四つ脚立ちのリハビリを始めた。といっても腹を支えてやり、四つ脚の力具合の感覚を甦らせたいということだが、その甲斐があってかその日、7秒ほどだが二十日ぶりに立つことができオトーサンたちを喜ばせた。
そしてその日の夕刻、オトーサンたちが食事をしていると、何と言うことか奇跡が起こった。ラテがよたよたしながらも自力で寝床から立ち上がりオトーサンたちが食事している場所まで歩いて来てくれたのだ。

※ラテはよたよたながらも自力で歩き、オトーサンたちのところまでやってきた!
その後は食欲もほぼ戻ると同時に大分痩せたもののゆっくりと歩き回り笑顔を見せてくれるようになった。そのまま元気になるとは思わなかったがオトーサンたちの喜びようはお察しいたただけるものと思う…。
結局亡くなる3月6日までの1ヶ月少々、ラテ最後のサプライズだったのだろうが元どおりとは言えないもののラテと最後の一時を楽しむことが出来たのは幸いだったと思わなければ罰が当たるに違いない。
ともあれ、オトーサンたちにとって今年、2022年最大の出来事は間違いなくラテが亡くなったことだ。

ラテが倒れてからもこの「ラテ飼育格闘日記」で毎週主な出来事をご報告してきたが、そのリアルな毎日の姿をお伝えするのは難しいし、憚れることも多く書けないあれこれも多いのが現実でもある。
でも最近、ラテの死に際…死に様にきちんと向き合うことはラテと過ごした15年3ヶ月という長い生活の決算報告を見つめることではないかと思うようになってきた。

※2021年12月24日から寝たきりになった…
とはいえ会計報告のようにすべて数字で、バランスシートで、物事の良し悪しや苦楽を推し量るというつもりはなく、オトーサンたちの思い出の中にきちんとコンプレッションして忘れないようにしようという試みのひとつなのだ。
無論このバランスシートはオトーサンたちにとっての良し悪しとラテにとっての良し悪しがある。繰り返すがワンコを飼った経験も無く、運命と言えばそれまでだが、ワンコの里親会でたまたまリードを預けられたワンコを家族に迎えて15年3ヶ月、文字通り24時間狭い空間で一緒に寝起きし、近隣を駆けずり回った…。
そして雨の日も台風の日も大地震の後も欠かさずラテと散歩に出た。
オトーサンにとっては毎日がそれこそひとつひとつ新しい経験として身に着け覚えていかなければならないことばかりだった。なにしろ事前に7冊ほど買い込んだマニュアル本がほとんど役に立たなかったし、早くも三日目には肩と膝に支障が生じた(笑)。
そんな時期にはご多分に漏れず、ラテが死ぬなんてことは絵空事でしかなくこの日々が永遠に続くような錯覚もあった。
2021年の12月24日、そう…クリスマスイブにラテが倒れた。それまでにも足腰は大分弱っていたからそんな日がいつ来るのかという漠然な恐怖があったが、それが現実になった。丁度女房も仕事が休みで一緒に散歩に出た夕刻だったが異変に気づいてそのまま動物病院に担ぎ込んだら注射や点滴、そして酸素吸入を施すことになった。
医師曰く、このまま放置していたら死んでいたよ…と。
ともかくその日から初めての本格的な看護が始まった。まったく食事もできず、オトーサンは注射器でチュールや流動食、人間用のゼリーなどを少しずつ口に流し込む毎日だったがほとんど受け入れない。つしてついに自宅で点滴を必要と診断され、オトーサンはラテの首筋に点滴の針を刺す日々が続いたし勿論排泄も自力では出来ないからと初めてオムツやパンツをはかすことになった。そして横になりっぱなしの常として骨盤に床ずれもでき、体の向きを変えるタイミングも重要だったしその治療も続けなければならなかった。

※自宅で点滴を打つ毎日が続く…
その時期、正直オトーサンたちは先は長くなく新年を迎えられたとしても死期は近いのではと覚悟せざるを得なかった。なにしろ、ろくに水はもとより餌も食べないので…。
12月27日の午前3時半…。15分ほどの間隔でラテの鳴き声に起こされる。特に息が荒いわけでもなさそうだがどこか痛いのか苦しいのか…。その度に寝返りをうたせ姿勢を変えるとまたしばらくは大人しく寝る…といった繰り返し。
12月30日の明け方「ギヤーッ」といった悲鳴を上げたのでいよいよ最後かと動揺したら結果寝込んでから初の💩だった。粗相することの無かったラテはオムツしたままの排泄が気持ち悪かったのだろう。後始末がメチャ大変だったが処置が終わったら天使の笑顔になった。

※オムツを取り替えたらお腹を出して戯けた(笑)
年が明けた1月8日、なんと…10gのドッグフードを牛乳に浸して与えたら完食してくれたのだ。固形物を口にしたのは2週間ぶりだが、ダメ元でオトーサンがドッグフードのミルク浸けをマズルの側に置き続けたのが功を奏したのだった。ラテも生きたかったに違いない!
1月12日のこと、ラテは食欲が出て来たのと同時に自分で動こうとするが立てない…。そこでオトーサンはその日から少しずつ四つ脚立ちのリハビリを始めた。といっても腹を支えてやり、四つ脚の力具合の感覚を甦らせたいということだが、その甲斐があってかその日、7秒ほどだが二十日ぶりに立つことができオトーサンたちを喜ばせた。
そしてその日の夕刻、オトーサンたちが食事をしていると、何と言うことか奇跡が起こった。ラテがよたよたしながらも自力で寝床から立ち上がりオトーサンたちが食事している場所まで歩いて来てくれたのだ。

※ラテはよたよたながらも自力で歩き、オトーサンたちのところまでやってきた!
その後は食欲もほぼ戻ると同時に大分痩せたもののゆっくりと歩き回り笑顔を見せてくれるようになった。そのまま元気になるとは思わなかったがオトーサンたちの喜びようはお察しいたただけるものと思う…。
結局亡くなる3月6日までの1ヶ月少々、ラテ最後のサプライズだったのだろうが元どおりとは言えないもののラテと最後の一時を楽しむことが出来たのは幸いだったと思わなければ罰が当たるに違いない。
ともあれ、オトーサンたちにとって今年、2022年最大の出来事は間違いなくラテが亡くなったことだ。