“Apple University” は成功するのか?!

相変わらずAppleに関連する情報には事欠かないが、最近の情報の中で個人的に興味を持ったのは“Apple University” すなわち「アップル大学」に関する情報である。それは「Apple流のやり方を整理してまとめ、次世代に伝える努力が進行中」だということらしいが、こうした試みが本当だとしても私はその成果には懐疑的である。                                                                                     
情報が確かであるなら“Apple University”はスティーブ・ジョブズ自身の依頼によってイェール大学マネジメントスクールのジョエル・ポドルニー(Joel Podolny)が2008年以降に立ち上げたプロジェクトだという。
ジョエル・ポドルニーがAppleに引き抜かれたとき彼の使命がどのようなものであるか、我々には想像ができなかった。文字通り教育機関を設立するのだとか、それはオンラインの大学になるのでは...といった推測もなされたが最近になって再び注目を浴びる記事が目に付くようになった。それによるとどうやら社員教育のカリキュラム作成がジョエル・ポドルニーにより組まれているとのこと。ただしそれはどこの会社にもあるような新人教育向けではなく、Appleが次世代に向けジョブズのDNAを守り続けることを意図したものだという。

どうやら“Apple University”はジョブズそのものともいえるApple経営のノウハウを後継者に残そうとするのが目的らしい。
Appleには独特な管理スタイルはもとより意思決定プロセスがあるようだし、その歴史もすでに伝説が折り重なって事実が見えない傾向もある。それらを明確に再構築してメソッド化することで後継者たちに役に立つものとなるだろう...という考え方だ。
確かにAppleはスティーブ・ジョブズらにより創業され、そしてまた1996年末に奇跡的なApple復帰後、瀕死の重傷だったAppleを生還させたのもスティーブ・ジョブズである。その後のApple社の躍進はあらためて記す必要はないだろうが、問題は類を見ない強烈なリーダーシップとカリスマ性により成功を収めてきたジョブズだが健康問題の発覚からこのかた、彼が退陣した後のAppleが果たして輝き続けることができるのか...に株主ならずとも気をもめることが多くなった。

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※Apple,Inc. スティーブ・ジョブズ CEO


そのことは我々が気にする以前に当事者であるスティーブ・ジョブズ自身痛いほど分かっていることに違いない。
自身が退陣を余儀なくされた後、自分が心血を注いできたAppleはどうなるのか...について当然のことながら考え続けてきたのだろう。
これまた最近のニュースによればスティーブ・ジョブズの伝記がオフィシャルに制作されているという。
ジョブズがそうであるかはわからないものの、人はいわゆる社会的に成功すると最後は名誉と共に自分の名を後世に残したいと思うものらしい。だから伝記の制作をOKしたのもそうした心の動きの一環なのかも知れないと邪推したくなる。

とはいえスティーブ・ジョブズがまさか本社前に自身の銅像を建てさせるような俗物だとは思わないが(笑)、自分の心血を注いで育てたAppleを後の世まで成功裏に続いていくようレールを引きたいと考えるその心情は痛いほどよくわかる。だからジョエル・ポドルニーを中心にしたチームがAppleの意志決定のプロセスや管理ノウハウなどをケーススタディとしてまとめ上げ、次世代のトップ経営陣や管理者層に直接参考となるようにシステム化することに興味を持ったのだろう。
ただし結論めくが、こうしたニュースに接したとき私は少々憂鬱な気持ちになった。なぜなら「気持ちは分かるが成果は疑わしい」と直感したからである。また「ジョブズらしくないな...」とも思った。
不世出のカリスマ経営者なら...そして若かりし頃から仏教に強く影響を受け瞑想に浸った彼であるなら世の儚さを悟り、自身の命が尽きるとき、例えば織田信長の「是非に及ばす」とはいかないまでも「僕のAppleはこれまでだ。後は君たちが好きにやってくれ」と突っ張って欲しい気もする。
あるいは勝海舟が福沢諭吉へ反論した言葉「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張、我に与らず我に関せずと存知候」といった類の捨て台詞を吐いて欲しいのだが...。
ちなみに「行蔵は我に存す...」の意味だが、「運命を含んだ我が身の出処進退の決断は自分にしか下せず、そのことを他人がいかように批評しようと関係のないことである」といった意味だ。でないとスティーブ・ジョブズは自分が培ってきたApple成功の理論をきちんと学べば誰でもが同じ成果を期待できるのだと信じているかのように思ってしまう。

ある特定人物の思想やカリキュラムは確かに後継者へと伝達できるだろうが、それを上場企業のルールによって運営されている会社組織内に取り入れることには無理があると思うのだ。
ご承知のように歴史を紐解くまでもなく世の中には特定の思想やその活動を広め、後世に伝えようとする働きは多く現在も存在する。例えば松下電器産業(現在のパナソニック)の創立者、松下幸之助により1979年に設立された「松下政経塾」もそうしたひとつである。事実そこから政治家や経営者あるいは大学教員などを多々輩出しているが当然のことながらこれらと“Apple University”の性格はまったく異なる。

なぜなら「松下政経塾」などは企業内に組み込まれたものではない。しかし“Apple University”の問題はそれがAppleという企業内に存在し、Appleのためだけに運用あるいは活用されることを目的としている点だ。
いや、私は自社内にノウハウを囲い込むことに異を唱えているのではない。
そもそも企業とはなんなのかを考えるまでもなく、それをそのまま未来永劫輝きを失わないように存続させるようと考えること自体無理がある。だからもし“Apple University” が報道されているようなものであるなら何だかスティーブ・ジョブズのデジタル・クローンを作るようなイメージが湧いてきて違和感を感じてしまう..。
そして企業は生身の人間により構成され支えられているわけで、社会情勢をはじめ多くの不確定要素の上に存在する。
極端な話し、もし第三次世界大戦でも始まればコンシューマ製品メーカーとしてAppleの存在価値はほとんど無くなるだろう。要は志の高い経営の目標があり、過去の実績そして優秀な人材が存在したとしても厳密な意味では予測不可能なファクターによりいくらでも企業の状況は変わるからだ。また良くいわれるように同じ事をやったとしてもスティーブ・ジョブズだからこそ第三者は耳を傾け、交渉事が上手くいくということは当然あるわけで、残されたカリキュラムに沿って例えばティム・クック最高執行責任者(COO)が同じ事をやっても同様の成果は期待できない...といったこともあり得る。

そして経営者が変われば企業の価値観は一変するだろう。第一後継者といわれているティム・クックが本心スティーブ・ジョブズのやり方を理想と考えているという根拠もないし、ティム・クックならずとも次世代の経営者はかつてのAppleであのジョン・スカリーがそうであったように成功すればそれなりに自身のカラーを表に出したくなるに違いない。その結果極端な話し、スティーブ・ジョブズのカラーが強く残っている“Apple University”の存在そのものを疎ましく思うかも知れない。人とは、組織とはそんなものなのである。
経営だって不変な形で長期にわたり存続するのは難しい。例えば経営の神様と称された松下幸之助がもし現在のパナソニックの経営トップの座にいたとしても我々が知っているかつての成功と同様な成果は望めまい。それはソニーの創業者である井深大と盛田昭夫であっても同じであろう。事実ソニーは一時の光を失っているし盛田昭夫のファンだった私から見て現在のソニーはすでに違った会社になってしまったと思っている。
人は良くも悪くも限られた時代、限られた場所と時間内で光り輝くものであり、どのような時代、どこの世界でも通用するセオリーなどあるわけはないのだ...。と私は思っているのだが。

”法人” と称される企業も本来、長い短いはあっても限りある命の存在と考えるべきで、生き残るためには時代時代に即した新陳代謝すなわち迅速な変わり身が必要だと考える。無論 “Apple University” のカリキュラム、あるいはその運営方針や方法論がどのようなものであるかは興味のあるところだが、時代背景や具体的なターゲットを抜きにしたマニュアルやノウハウを信奉することは危険を招くのではないだろうか。
まあ、誤解のないよう記すが私は決して“Apple University”が失敗することを願っているのではなく最初期からのAppleユーザーとしてスティーブ・ジョブズ退陣後もその輝きを失わないことを心から願っている。そして可能な限りスティーブ・ジョブズがAppleのCEOの座に留まって陣頭指揮にあたって欲しいと思っている1人だ。しかし “Apple University”という方法論で自身の生きざまを後世に残そうと考えるそのこと自体、彼がこれまで意図的に過去を葬り去り、後ろを振り向かずに生きてきたことに矛盾するのではないかと危惧しているのだが...。
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Author:mactechlab
主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。また直近では「木挽町お鶴捕物控え」を発表している。
2018年春から3Dプリンターを複数台活用中であり2021年からはレーザー加工機にも目を向けている。ゆうMUG会員